第25話 愚かなる提案

「あの」

「はい?」

「あの、あの時現場に居たのですか?」

「どうして尋ねるのでしょう」

「いえ……何となく見覚えがある気がしたんです」

「ええ、いましたよ。貴方の活躍はこの目でしかと見届けさせて貰いました」


 帰路に着く川上と千恵が車に乗り込む直前、秀は慌てて彼等を呼び止めた。あまりの事実に動けない両親を背後に置き去りにして、彼は早口で捲し立てる。


「あの、あの質問なんですが」

「私にでしょうか」

「どっちでも、というかどっちなんですかね」

「一先ず、拝聴します」

「俺には監視がつくんでした、よね?」

「そうですな。やはりつかざるを得んでしょうな。無論、君のプライベートには配慮しますよな。あくまでも危害が向けられそうになった時、私達が表に出る訳で」

「あの、例えばなんですけど。例えば、何かしたらそれが無くなる、とかないですか?」

「ほう?」


 口を開こうとする川上を制した千恵が、秀に続きを促した。


「その。僕、いやあの俺にしか、あのGDMは使えない。違いますか」

「根拠をこの際は、聞かないでおきましょう。その点は事実と言って差し支えない」

「……」

「お、俺人助けがしたいんです。何か、何か手伝えるなら何でもします。その代わり、その監視とかを少なくして欲しいんです」



「いいのかね。君はあくまでも稼働もしていない臨時隊の隊長でしかないのに」

「構いませんよ。それを申し上げるなら、拒む権利をお持ちの方が、何故お見過ごしになられるのです」

「嫌味な言い方は嫌いなんだな、私は」

「言わせておけば。恐らく考えている事は概ねズレてはないと思いますが」

「ん。よくある若気の至りだろうな」

「ええ、自惚れとも言える」

「あの年でな」


 覆面パトカーの運転席と助手席では、三日後の予定について話が進んでいる。彼女達が当日行う行為は、ある種試練に近しいものがあった。


「上から認可は降りると思いますか?」

「私は基本現場にも会議にもいないからな。居たとしても今回のような、刹那的暴力行為の防止が主だからな。どうなるかなど、分からんな」

「ウチの女将さん連中がね。圧力かけてくるのですよ」

「私も日本男子の端くれだからな。言わせてもらうとな。あの映像と実物を見てだな、心が踊らない人種はGDM関係につくべきではないのではないかな」

「しかし非人道的処置がなければ、まともに動かない代物であっても、ですか」

「GDMの抑止力は現状頭打ちの面は否めないと聞くがな。その点については君が一番よく知るのではないかな」

「そこを突かれては、困りますね」


 香料煙草ハーブミストに点火スイッチを命じた千恵は、堂々と紫煙を車内に吹く。


「プロメテオの試験的稼働は必要ですし、彼の言葉通り、彼にしか動かせない点は確かですから。個体識別情報のハッキング解除を行う為にも、一度乗らせなくてはならないそうです」

「本当かな、それは。嘘ではないだろうね」

「次世代機械対応課の整備部からの報告です。私が嘘をつけるとでも?」

「君ならやりかねんな。人員不足の要望をあの手この手でニュアンスを変え、独立部隊の編成にまで持ち込んだ君だからな」

「川上さんもお世辞が上手くなりましたね」


 千恵の言葉に顔を顰めた川上は、無言でパトカーのサイドガラスを開けた。流れ込む気流が香料煙草の煙を車外に吐き出す。


「……当日の動向については、私に一任させて頂きたいのですが」

「私は構わんがな。中島課長の小言が増えるのではないかな」

「小言は覚悟の上です。ただ今回の一件で、本隊の次年度予算が大幅に増額されましたから。その点、干渉まではしてきません」

「おお……。君の手を借りるとはな」

「運動性において、やはり新型機との明確な差が浮き彫りになりましたからね。本人の意見は兎も角、現場からの突き上げが無視できないのでしょう」

「あそこはエリート揃いだったな。あの手の連中に詰められては、流石の中島課長でも厳しいだろうな」

「ラーマの話では、連続稼働に対する耐久性に問題が出始めているそうで。整備云々の領域を超えた話に発展したとか、していないとか」

「本当に、君の部下は君の部下だな」


 川上は溜息をついてハンドルを切った。急激なGに香料煙草を指から落としかけた千恵は、直進に戻った隙に2本目に手をつける。


「川上さんには、ジェネラル・ビジョンとノアの足取りを頼みます」

「頼まれなくてもやるさな。外務省とも連携するから、こりゃ2年は残業祭りだな」

「報道規制はどうするのです」

「上層部の判断次第だが、全面公開の方が面倒ごとが少なくなる可能性は高いな。日中韓に跨る問題だからな。森君が何とかするだろうな」

「手が、足りませんね」

「ああ。全くな」


 過ぎ足りし文明の歪みが、彼女達に降りかかる。沈みゆく日の光が、歪みの体現とばかりの暗闇を、首都高速道路に導いた。



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