第15話 ジェネラル・ビジョン

 株式会社ジェネラル・ビジョンはアメリカに本社を置くGDMの全般を担う会社であるが、ノアは毛色が違う。本社を日本に置く、いわば教育ベンチャー企業であった。

 秀の同僚の何人かが噂していた、知育遊具型教育デバイス(要は知能ゲームだ)の最大手である。



「ですがまだ未来は果てしない。失礼ながら絶対数が減っている皆様の年代の方達は、私達よりも比べものにならない期待と負担を任せられている訳です」


 そう。皮肉な事に、AIの発達による社会の変革とは反比例して、人口問題に解決の糸口は見つけられなかった。発展途上国で人口過多による紛争が激化し、GDM開発が促進されている事実は悲惨であるが、先進国は逆に極端な少子高齢化に悩まされている。

 その原因は人口学者はもとよりAIすら断言できないが、一つあるのは無意識の否定であった。


 人口問題で口に出ない感情として、「経済的価値を産まない若年層は要求されない」というものがある。議論を巻き起こす大人が求めるのは、己が未来を負担させ経済を長期継続可能な人材であり、言葉を選ばなければ生産能力に欠けた人材は換算してさえいないのだ。

 大人達は巧みな言語表現と理論でもってこの感情を隠してきたが、若年層は知らず知らずのうちに思惑を読み取ってしまっていた。その結果労働からの解放が為されても、彼等が子供を持つ事に価値を見出さなくなっている。

 何よりAIを受け入れた社会が意味するのは、合理性と公平性への絶対的な信頼だ。そして非合理かつ非論理の具現化とも言える子供に対して、無意識に拒否しているとも指摘できる。


「長々と説明していても退屈でしょう。これから皆様に、体験をご用意致しました」

「先ずは私から。ジェネラル・ビジョンが提供しますは、開発中の新型GDM『ペネム』の、操縦体験になります!」


 あからさまに参加者の色が変わった。秀ですら身を乗り出したほどで、それは『ペネム』がジェネラル・ビジョンの目玉機体であり、各種メディアにて大々的に取り上げられている代物だからだ。

 GDMに興味がない女性ですら落ち着きを失う所からも、操縦体験の貴重さと魅力度の高さを物語っているだろう。


「しかし全員のご案内が難しい状況です。そこで此方が予めメンバーを選定させて貰いました。選考は完全ランダムで行い、各種条件は設定していません」


 メンタルサポートAIを通して、社員からのメッセージが通達された。忽ち阿鼻叫喚の場と化した広間では、ロボを愛する者の悲鳴と承認欲求を求める者の喜びが行き交っていく。


(外れたな……)


 正直言って、ショックは大きかった。将来から目を背ける無気力な派遣労働者である秀であるが、元の世界より二足歩行機械に夢中になった、ある種典型的な成人でもある。

 この世界において、GDMの操縦免許は20歳にならなくては交付されないのだ。しかも免許習得試験の難易度と費用は高く、普通自動車免許のように大学生がバイト資金で賄うなど、困難になっている。

 その中でこうしたシュミレーションは、当然の如く若年層の人気を博していた。街中に溢れるその手の端末は人だかりが出来、容易に遊ぶ事など敵わない。


(乗ってみてーな……)


 だからこの体験はやりたかった。しかしただの中年である彼が選ばれる筈もなく、あからさまに若く健康的な男女だけが選ばれる。

 不安定な立場の息子の為に嫌々ながらも情報をかき集めただろう父親の苦労も虚しく、秀は別部屋に案内される羽目になってしまった。



「皆様、ノアの体験学習に参加頂きありがとうございます」


 神田の口上は、聞いている者が何人いるか不明だった。彼等にとって、眼前で好みの玩具を取り上げられた理不尽さは許容出来ない。ましてや選ばれた者の大多数が、所謂社会適合者であった事は、口に出さなくても凡そ察するに難くない。省かれた人間にとっては不愉快さを助長させるに過ぎなかった。

 秀を含めた殆どが、審査基準に不信感を覚えていた訳だが、その点も神田は承知していたのだろう。


「皆様。確かにGDMの体験シュミレーションは、貴重な体験になるでしょう。特に免許資格のない皆様にとっては。

 そして……省かれた貴方達には、感じる劣等感もあるでしょうね」

「は……?」


 思わず秀の口から声が出た。


「ですから私達の提供する体験は、皆様にとってうってつけだと思われます。皆様だからこそ、受けて欲しいと考えているのです」


 神田が指を鳴らすと、暗かった部屋のスクリーンが点灯する。


「皆様の夢を、お助けしたいのです」


 スクリーンに映し出されたのは、脳のモデリングだった。桃色の捻り曲がった髄の塊は、呆気に囚われる秀達に、強烈なインパクトを残していく。



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