第8話 騒動の余韻
「膝の姿勢制御モーターがイカれているか。あんな無茶したから当然と言えば当然だけども」
「五体満足で帰ってきただけでも褒めてくださいよラーマさん」
「勿論、一個人としては諸手を挙げている。しかし整備隊第一班班長としては、ため息をつかざるを得ないかな」
ラーマは頭をかきながら、手にしたタブレットを指で操作している。GDMプロメテオの側で整備班の指揮を取る彼は、逐一転送される機体の現状データを分析しながら、今回の作戦について振り返りも行っていた。
「PDR、ラーマだ。跳躍時のバランス・アクチュアレーターのデータを」
【データスキャン】
「ありがとう。そうか、シュウ君。踏み込みの時、少し屈み過ぎだろうね。膝の角度はもう3℃ほど浅くてもいい」
「あー、まぁ、そうですね」
「演習が少なかったから仕方ないけどね。細かい調整はまたPDRと擦り合わせる事にする。ただ君自身が確認する事が」
「大事なんですね。分かってます」
ラーマと同系統のタブレットを眺める秀は、耳に付けたイヤホンから叱咤を食らう。
『お疲れだな。そんなんだと母ちゃんに絞られるぜ』
「どうせ絞られますよ」
『そんな口聞くと酷い目あっちまうぞ。お前さんの苛立ちもデータに残っちまうんだ』
「はいはい」
『何だ、トラック練習増やしてぇのか』
「いや、その、善処します」
『へっ、少し頓珍漢だぜ。だがご苦労だった』
臨時行動隊・野村正彦専属医は、モニター越しに睨みを効かせる。整備隊隊長を務める妻・真智子と共に秀達の育成にも関わる彼は、特設の医療テント内で、作戦を終えた搭乗員の精神分析を行っていた。
「それよりも俺のチップはどうなんです。炎症とか起こしてないですよね」
『んー。どっちに賭ける?』
「冗談でしょ、やめて下さいよ」
『けっ。ノリ悪いぜ』
「頭の中に電子部品埋め込まれてないから言えるんだ」
『言うようになりやがって。ま、何もない。至って正常、見事なまでに鎮静化している』
「それはまた何とも」
ラーマの呟きに、秀は複雑な心境になる。彼の脳内には、バイオチップが埋め込まれている。
日韓中三カ国の教育ベンチャーが違法に開発し、秀に違法手術で実用化させた、次世代を見越した教育用ICチップ。
実態は対象の反射神経や大脳基底核を強制的に活性化し、GDM操縦技術を飛躍的に発展させる強制習得用バイオチップである。
『帰ったら念の為スキャニングしておく。基地に着いたら医務室に直行しろ』
「はい、言われなくてもそのつもりです」
『元気そうで結構なこった。おいラーマ、PDRとの連携データ早く送ってくれ』
「あいよぉ、大将。すぐに送りますぜ」
『八代に関しては、繰り返すが問題はない。寧ろ清原の方が、さっきから煩ぇのなんのって。ワシの管轄外の話だぜ?』
「メンタルドクターの役割ですよ。亨の怒りを聞くのも」
『楽じゃねぇんだけどよ。全く、こうもな。ったく』
空中に投影されたビジョンが切断された。ラーマと秀は肩を竦めると、プロメテオの解析に気を回す。
『だからよ、何勝手に興奮しているんだ』
「それは隊長の変な策略に巻き込まれたからでしょうが!」
『千恵の悪巧みは今に始まった事じゃねぇだろ。八代の経緯も正統じゃねぇぜ』
「それとこれとは別です!」
警視庁配備型GDM・
最大稼働を繰り返した機体の内部は多量の熱を帯びており、何も防護手段の無い人間が近づくと、危険がある。
しかしこの近未来に於いて、心配はなかった。電子部品の点検と簡易整備を行うのは、独立稼働型の点検ロボットなのだ。スキャニングやプログラムテストを行うロボットは、愛くるしい見た目の丸みを帯びたフォルムから、赤外線や電子コードを伸ばしている。
だからこそ、亨と正彦の痴話喧嘩が成立するのだ。一昔前なら、搭乗員も整備員と共に機体に張り付かなくてはいけなかったが、点検ロボットの全面導入に至り、作業員の安全と負担は大幅に軽減された。
何故二人が言い争うか。警視庁に配属されるGDM鎮圧用装備である電磁警棒は、認証を得れば高温による熱断機能が使用可能だ。
今回の作戦において認証が降りなかった亨は、認証不受理の理由である正彦の精神鑑定について異議申し立てを行っている。
「アンタァ現場に出んからそんな事言えるのです。今回のような現場で、
『そういう元気な台詞はな、もう少しメンタルチェックに引っかからんようになってから言えや!こちとらお前の要望聞いてチェックの基準をどうにかこうにか配慮したのに、何でこう毎回危険域に達しやがる!』
「AIが馬鹿なのです!」
『お前が馬鹿だ!』
「元気ですねー」
「毎度毎度…ハァ」
「反動制御とウォータージェットパックの連動、難しいですね」
「今回はぶっつけ本番だったからな。それにあれはGDM用の仕様だぜ。GPM用の奴もあったが、スパイダータイプには対応していなかった。これは俺らのミスだ、悪い」
「仕方ないですよ、私にはどうしようも出来ないし。でも機能はしてた、かな?」
「そりゃ女将さんに仕込まれた俺よ。想定しないケースも想定して。女将さんからも聞くだろう?」
「それもそうか。失礼しました」
早苗は小さく敬礼すると、マンゴーラッシーを口にする。電解質等の栄養剤を混ぜ込んだ特製ドリンクは、多量のカロリーを消費した彼女の肉体に、適切な栄養素を補給していった。
「プロメテオの背部接続グリップ、ギア交換必要よ」
「アイアイサー!用具ロボ呼ぶね!」
「どこだ?…んー、これは?ピストンか?」
「いや合金の歪みだろ、この警告。前も言ったぜ忘れたのかよ。内部骨格の方見てねぇの」
「スリズィエの発電槽の充填口、留め具に緩みあるじゃねーか?!点検ロボット何番だ!」
「あー、えー、あー、三番、です……。ああくそ、こ、こいつまた拡大カメライカレてるよ……」
「クリュザンテーメは本体の簡易点検終了ー。キャリーへの移行用意いくよー」
作戦が終了した後こそ、整備隊の真骨頂なのかもしれない。激戦を終えたGDMとGPMもまた、搭乗員と同じように適切な補給を受けていた。
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