第7話 神話の再現 ☆

 GDMの稼働時間は、概ね10時間前後とされる。全長六メートルを超える巨体を動かすには、十分すぎる時間ではあった。

 しかし悲しいかな、電力の源を昆虫に頼る以上、外気の条件には多少影響を受ける。ましてやGDMのような多量の電力を必要とするならば、発電を促す発電音波もまた強力であった。

 そして今、琵琶のうみに浮かぶ二足機械は、最大稼働を継続している。発電虫の負担は、予測を遥かに超えていた。


【湖面波形パターン変化・爆破物の落下と予測】

「あー、なるほど……?!」


 バイザー画面右上では、湖上を浮かぶ偵察用ドローンによる、担当範囲外の状況が投影される。

 HQ12が放つロケット弾の放射が、崩落しかけていた琵琶湖大橋を機能停止に追い込んでいた。コンクリートの塊が次々に湖面に落下し、水面が不規則に揺れる。


「くそ、ったくよ!」


 脚先を細かに上下動させ、ウォータージェットポンプの排水出力を微調整した。PDRによるリアルタイム・アップデートも手助けとなって、荒れた足場の上でもプロメテオは一応の安定感を保ち続ける。


 その代償として、バイザー左上に表示されるゲージは、目に分かる早さで減少していく。発電虫の発電効率・発電量そのものは減っていくのに対し、消費される電力は反比例していた。

 秀は酷使させる発電虫とプロメテオに内心で謝罪をしつつ、更なる負荷をかけていく。


「うおお!」


 大型の牛切り包丁を模した武器で襲いかかるHQ12の右腕を、左腕の防護盾で下から突き上げた。関節部の負荷ゲージが警告ラインを超えるが、PDRに警告を無視させる。

 斜め上に持ち上げて体勢を崩すと、右手に携えたテーザーガンを、ナイフのように刺した。


「眠れ!」


 特殊合金性短刀が、複合圧縮装甲の隙間を貫き、電極を回路へと繋げる。バッテリーが排出され、HQ12は錆びついた玩具のような挙動を見せた。


「ぬぅ!」


 突如腕を引っ張られる感覚に、秀は歯を食いしばる。PDRが自動防衛システムを作動させ、接近するHQ12の大型斧を電磁警棒で防御したのだ。


「ありがとうよ」

【……】

「帰ったら、修正するぞ」

【Σ੧(❛□❛✿)】


 感情があるのかないのか、兎に角多彩な表現を見せてくるPDRに呆れつつ、伸びきった腕をほぐした秀は、また距離を詰める別のHQ12に、電磁警棒の先端を突きつけた。


「そろそろか?!」

【予備バッテリー残数3個】

「足りないってか、クソォ?!」


 苛立ちが操作を鈍くさせたか、灼熱の電磁警棒は、敵の小楯で綺麗に流される。体勢の維持に神経を集中させた秀は、手放した電磁警棒が湖に着水した事で発生する水蒸気に紛れ、敵の膝関節部を防護盾で薙ぎ払った。


「っあ…」


 だが演習の時のようには、上手くいかない。体勢の崩しが不足する分、敵機体の重量がのしかかる。連続稼働で疲労が蓄積した秀の身体には、それだけでも不快感が生じた。


「…ああクソ…」


 脚部にチクリと何かが刺さる。PDRが精神モニターを通じて、向精神薬と増強剤を投与したのだ。薬の効き目はまだ無いが、注射針の刺激はかなり効いた。秀は己の限界が近い事を自覚せざるを得ない。


「早苗!清原!どう……」

『もってけ泥棒ー!』

『まぁだまぁだ!!』

「元気だなぁ」


 片やMP5の制圧射撃で牽制をかけ、片や千切れたHQ12の腕部を振り回す。文字通り暴れる二機の姿に、自然と秀の口が緩んだ。



『皆さん。目標数到達です!作戦開始します!』


 篤郎の通信の後、


「了解」

『了解!』

『了解だぁ!』

『皆よくやった。こちら松島。臨時行動隊及び水陸機動隊総員に伝達する。作戦を開始せよ』

『作戦開始!』



 強硬型環境保護活動団体・「EARTH gardians」は、飛来したロケット弾の意味が理解出来なかった。首都圏の抗争に数を割かれてはいるものの、琵琶湖には彼等の精鋭がそれなりに集まっている。その精鋭のGDM搭乗員達は、何故か機体の側を通過して着水する爆弾の雨に、どうしようもない違和感を覚えた。

 敵方の何らかの策であるのは確かであるが、そこが読めないのである。本来なら数機を情報解析に回すのだが、防衛側、特に臨時行動隊の獅子奮迅の活躍により、索敵を行う余裕が無かった。


『fu○k!!!』


 そしてJapan policeの意図は、理解した搭乗員の怨念の詰まった叫びによって、彼等に伝えられた。



 環境問題に熱が入る2040年代は、警察が使用する用具そのものにも、環境配慮が求められた。制服の素材は完全リサイクル可能な化学繊維が義務付けられている。

 そして武器自体も、リサイクルを念頭にしなくてはならないのだ。例えばプロメテオを初めとする警察配備GDMの標準装備、テーザーガン対GDM用電気麻酔銃のバッテリーは、後に回収できるよう主要構成素材の簡略化と軽量化が図られている。水上でも使用できるよう、水に浮きやすくして。


 今、自衛隊専用GDM・63式『梅花』が射出したロケット弾は、湖上に浮かぶ空のバッテリーを狙っていたのだ。湖上には他にもHQ12が不用心に消費した空弾倉が、同じように漂っている。

 その殆どが爆発によって砕かれ、水中に沈むことなく浮上していった。


 湖上で稼働しているGDMの多くは、湖水をポンプで吸引排出するウォータージェットパック方式か、歴史あるスクリュー方式の何れかで高速移動している。どちらにせよ、湖を埋めていく小さな破片は、機能の妨げにしかならないのだ。

 結果として濾過フィルターが瞬時に詰まり、「EARTH gardians」の面々は身動きが取れなくなった。

 立ち往生する彼等は、対処の仕様が無い。足裏に装着した浮遊装置のみで湖上にいても、敵の的になるだけなのだ。

 それでも察しのいい機体は、破片群が湖上に広がるよりも前に移動をしていた。


『what,a,fuc○in j○sus!!!』


 プロメテオが先ず防護盾を廃棄する。続けてウォータージェットポンプを最大噴射させ、機体を水面から浮かせた。最高到達点に達した時、何とウォータージェットポンプと足裏の浮遊装置すら廃棄される。

 着地点は、立ち往生していたHQ12であった。それすらも足蹴にして、行動可能な敵にプロメテオは襲い掛かる。電磁警棒を突き刺しては、飛び乗った機体を使って跳躍した。

 ギリシア神話の名を冠する巨躯が、日本の伝承を再現する。


「f"uckin返しだクソやろう!!!」


 蹴り飛ばしされたGDMは、クリュザンテーメのMP5によるゴム弾制圧射撃に晒されて、活動を停止する。

 なす術もなく新たな伝説の語り部とされるGDMの憐れな光景は、搭乗員全てが降伏するまで続いたのだ。

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