第6話 出撃の意味とは ☆
「何?!?!冗談だろう!!」
湖東に位置する彦根湾、平時は湖央に浮かぶ竹生島への観光船が停留する簡素な港は、臨時行動隊の補給地点に姿を変えていた。今や大掛かりな機械と多量の人で溢れている。
急造された桟橋の上で、GDM搭乗員の亨が篤郎の襟を掴んでいた。
「舐めた事抜かすな!」
「で、ですからこれは僕の想像と言いますか、予想で」
「んな事はどうでも良い!隊長は何処だ!」
「ここだよ戯け」
普段は胡麻粒と馬鹿にされる小顔を膨らませた亨は、上司である千恵に失礼なほど詰め寄る。
「隊長!本当なのですか!」
「質問をするなら主語を省くな」
「今回の出撃が、臨時行動隊の利用価値を確かめるためのデモンストレーションだと、こいつは抜かしたのです!」
「で、ですからそれは僕の不確かな憶測……」
「まぁ、そうだね」
「えぇ……」
「隊長!ただでさえ実弾を使えんのです!俺達に嬲り殺されろと言うのですか!」
「清原。今回に関して貴官の怒りは最もだ。責めは作戦が終わってから、私が受ける。今は指示に従ってくれ」
「隊長」
有無を言わさない雰囲気を出していた千恵は、一人桟橋から降りて湖岸に腰を下ろした。幼少期を過ごした砂浜の感触は、掛けられた声にかき消される。
「慰めは無しだよ」
「無論求める気はありません」
「当たり前だよ。話は後で聞くが、褒められた真似じゃないからね。アンタがふっかけたのかい?」
「まさか。私でもここまでの博打を、打つ真似はしません」
「琵琶湖大橋は四割ほどが崩落したようだね。ミサイル弾頭の直撃が多かったらしい」
「全く、田舎の橋だからと好き勝手に壊してくれる」
真智子は左腕に装着した小型デバイスを叩きながら、教え子にして上司でもある千恵の背中を叩いた。
「良い教訓にしなきゃね。政はそう簡単に上手くいかない」
「身に沁みました。今回は痛すぎる教訓です」
「課長がよく納得したね」
「私は何も聞かされてはいません。ただ痛い点を使われたようです」
「心当たりがありすぎるねぇ。私ら」
「致し方無いでしょう」
付き合いの長い真智子だけは、千恵が弱気な顔つきをしていると気がつく。だが弱気な面は直ぐに消え、切れ長の目が獰猛さを帯び、爛々と光を携えた。
「出動準備は後何分で?」
「予想では10分」
「8分後に搭乗員はGDMを稼働させて下さい。次で最終出撃にさせます」
千恵の指示に、真智子は敬礼でもって返答した。
「防護盾は各機二枚重ねで行く。予備バッテリーも二つ増やした」
「了解です」
「早苗ちゃん。MP5は今後狙撃モードは使わない可能性が高い。速射モードで待機させている」
「はい!」
「清原さん。電磁警棒が2本背部追加パックに追加されました。盾裏側と腰部を含めて合計6本ですか。思う存分使い捨ててくれと、女将さんからのお達しです」
「おお、太っ腹だな。隊長も罰が悪いのか?」
「いえ作戦でしょうね」
「何だと?」
「いやはや、環境テロリストにこうした手を使うとは。皮肉染みているというか、あの人らしい」
篤郎は薄型デバイスから投影される空中ディスプレイを拡大し、半ば呆れた表情をした。搭乗員の三人は、己が隊長が立案した作戦の内容に疑問を待つ。一体どういう意味なのだろうか。
「全員準備を終えたね」
踵を鳴らした千恵の一声が、港に響いた。
「これより作戦を共有する」
【敵炸裂弾頭・琵琶湖大橋に直撃】
「了解、被害報告は省略」
【理解】
「バッテリー交換」
【テーザーガン・新規バッテリー接続良好】
「PDR、敵の残存機数は?」
【算出中】
「そうですかい?!くそ、キツイ……」
左腕に響く重い衝撃に、マウスピースを噛み締める力が強くなった。四回目の出撃となった現在、秀は敵残存主力部隊と、真正面から交戦している。
防護盾で防ぐ大型機関銃の弾丸は、プロメテオの外部装甲に護られた彼を噛み砕かんと、悪の意思でもって来撃していた。
『弱気だなぁ?!八代ぉ!』
「清原ほど単純じゃないんだよ」
『所詮は機体に頼り切っているからだろう。ふん!』
同じく敵主力と近接戦闘を繰り広げる亨は、スリズィエを全速力で稼働させながら、すれ違い様に電磁警棒を叩きつけている。
格好つけと称される二刀流を披露する彼は、連戦の影響を感じさせない機体操作を見せていた。武器の扱いに注意を割かずに済むからだろう。
『骨のある奴はいないのか!!』
『清原さん、出力を下げてください!ウォータージェットパックの吸引が強すぎます!』
『知るかぁ!』
『警告表示を確認して!その辺りは』
突如スリズィエが挙動不審になる。背部ウォータージェットパックから霞んだ煙が立ち込め、排出される水流に勢いが無くなった。
『ああ馬鹿。間抜けですか。水草の残存分布図は更新したでしょう?貴方の目は陶器で出来ているのですか、それとも脳の代わりにヘドロでも詰めましたか?』
『井端ぁ、お前いい機会とばかりに…』
『僕は知りませんよ。警告したのに自己満足でただ脚に力を入れているのだから』
水上で急減速したスリズィエは、格好の的となる。包囲する中国量産型GDM・HQ12がGDM用AKMの銃口で、亨の座るコクピットを狙いつけた時だ。
『…貸し借り無しだ!』
全速力で急行したプロメテオが、防護盾による突進を喰らわせ、二機のHQ12を吹き飛ばした。ひしゃげた防護盾の一枚を廃棄したプロメテオは、スリズィエを庇うように敵の間を縫うように攻撃する。
そしてスリズィエの後方から、GPM用MP5で牽制射撃を敢行するクリュザンテーメも到着した。
『秀。亨さんの援護に回るね』
「了解。作戦はどうだ」
『んー、まだ足りないんじゃないかな』
『八代さん、隊長の案は残弾が無いぐらいで、丁度いいと思いますよ』
『考えずにぶっ放せ馬鹿野郎が!!』
『脳筋は無視して下さい、ですが多少の無駄撃ちは許容して貰いましょう』
「了解」
もう一度千恵の立案した作戦に目を通した秀は、固まった首回りをほぐしてプロメテオを加速させる。
「もうちょっと付き合え!!」
テーザーガンが火を吹いた。
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