第5話 撤退の一手 ☆

「自由だな」

「はっ…?」

「何もない。独り言だ」


 松井は覗き込んでいた遠隔拡大小型機を仕舞い込むと、腰裏にあるスイッチを押す。格納されるシートに腰を沈めつつ、ホッと息を吐いた。



 彼の眼前では、警視庁と自衛隊のGDMが、いよいよ敵主力部隊を壊滅させんとしていた。複数に渡る交戦と補給の連鎖の中でも目立つのはやはり、中央最前線で派手な乱戦を披露している、GDM・プロメテオだろう。


(…女狐の敷いたレールを、まんまと走ってしまった)


 今回の臨時行動隊の出撃は、そもそもプロメテオの性能披露の意味合いが強いと松井は読んでいる。

 GDMに関する犯罪全てを担う、警視庁の新設部署が次世代機械対策本部だ。その傘下の中で注目される部隊が「臨時行動隊」である。

 今回の騒動は公安部がマークしていた環境テロリストと極右組織が逮捕対象である以上、本来なら警視庁の一部署が出張る隙はないのだ。


(映像では何度も見てきたが、な)


 ある筈が無い隙を生み出す、プロメテオの特異性は理解できた。何を隠そう、プロメトは設計からしてGDMの中では異質中の異質なのだ。

 愚かとも称される趣味的嗜好の強いモデリング、必要以上の電力を供給する脚部・背部搭載型発電槽、人間の骨格を元に設計された独自フレーム。

 特筆すべきは、あまりの操作難易度から夢物語と称されたFBCSFull・Body・Control・Systemの実装と、最低限の対G緩衝機構であろう。


(凡そ人間が載るべき代物では無い)


 GDM業界の新鋭企業・ジェネラル・ビジョンが秘密裏にした機体は、その他のGDMを凌駕する運動性能を実現可能にしていた。

 その引き換えとして本来ならば、リアルタイムに流れ込む操縦に関する過大な情報量と殺人的Gにより、搭乗員の身の危険は保証できないのだ。


(着任して半年ほどの、四十路の未経験が。アレに載っている…)


 工場に派遣社員として在籍時に巻き込まれたジェネラル・ビジョンへのテロ攻撃の際、偶発的に乗り込んだと警察の記録には残っている。松井は真偽の程は興味がなかった。

 重要なのは、秀はプロメテオを乗りこなしている、その事実だけなのだ。


(臨時行動隊の特異性・重要性は否が応でも認めざるを得まいな)


 プロメテオの圧倒的な機動性は、模擬機で再現できる代物では無い。となれば連携や距離の把握具合は、プロメテオを所持する臨時行動隊のみが情報と経験を蓄積出来るのだ。

 GDM関連企業からの技術援助が顕著である臨時行動隊は、存在自体を疑問視される不安定な立場にあった。

 だが少なくとも警視庁と自衛隊に限って言えば、黙認の継続を決定するだろう。


(…もしも、もしも…)


 松井は61式の、狭すぎるコクピットで夢想した。普通の人間が操縦できる常識の範囲内に留まる、量産型に大きな不満がある訳ではない。

 しかしあの自由自在な外部骨格があれば、我が国の防衛は根本から変わるかも知らないのだ。


(いや、馬鹿はやめよう)


 最初期からGDM搭乗員を務める松井は、自分が子供じみた思考に陥っていると気がつき、自嘲してしまう。


(プロメテオ…確かエスペラント語でプロメテウスを意味するのだったな)


 ギリシャ神話において、人類に火を与えた神。操縦席の簡易ボードを叩き、一次資料を呼び出した松井は、画面に表示された西洋画に目を通した。

 岩壁に両腕を括り付けられ、臓物を鷲に食いちぎられる男が描かれている。


(…やはり、アレは一つだけでいい)


 ゼウスの与えた罰として、腹を鷲で喰い千切られるプロメテウス。もしやすると、プロメテオの若きパイロットも同じような運命が待ち受けているのかもしれない。

 何故かそう思った松井は、画面を閉じる操作を完了させた。画面が切り替わると同時に、少し古臭い電子音が、作戦状況の伝達を開始する。



【敵機体確認・計測2機】

「ちょっと待てっての…?!」


 FBCSが伝える外部の振動が、秀に焦りを生み出していた。周辺に着水するロケット弾の算出結果をバイザーの端に飛ばすが、新たな数値が彼の視界を妨害する。


「おい、おかしいだろこれは!!」

『全くだこんちくしょう!!!』


 焼け爛れた防護盾を廃棄したプロメテオの隣では、オーバーロードを引き起こした電磁警棒を解除する亨のスリズィエが一時退避してきた。

 手短に互いの装備残量を共有した二機は、同時に信号弾を射出する。補給目的の退却を合図した訳であったが、味方の援護は予想外だった。


『特殊弾頭全弾発射、行くよ』

「と、特殊っておいおい」

『待て待て』


 慌てて秀と亨は、各自スイッチを規定通りに切り替えた。頭部を覆うバイザーから空気が抜けるような音がすると、連動したGDMの外部センサー全てに、遮断フィルターが被さっていく。


『クリュザンテーメ、特殊弾頭の発射準備完了!』

『井端から行動隊へ。プロメテオとスリズィエが遠隔誘導で補給地点まで先に後退。そしてクリュザンテーメが特殊弾頭を使用します。発射合図に合わせて、各員ショック体勢を取ってください』

『ラーマから各整備班に伝達。聞いた通りだ。そして他二機も残弾が極僅か。予備装備の準備を開始せよ』

『ジュニアだ!第一班は発電槽の培養液交換がある、遅れるなよ!

 第二班は電磁警棒全部引っ張りだせ!余らせても意味がねぇぞ!第三班は特殊弾頭の移動に注意!女将さんの指示に従うんだ!』


 ラーマ等の注意喚起に、叫ぶような返答がある。ただでさえオーバーワーク寸前の彼等であるが、追い討ちをかけるが如く自らの身を守る必要性まで出てきたのだ。

 部隊通信に集中しつつもトレーラーから予備弾薬等を用意する彼等は、篤郎のか細い声で耳を塞ぎ口を開けた。


『片岡さん、目標が効果範囲内に全機侵入です!』

『確認したよ。行きます、全弾発射!!』


 クリュザンテーメの上肩部と胴体部後方に搭載されたオプションパックから、十数にも及ぶ白煙が伸びていった。風船から空気が抜けるような音がして、琵琶湖上空で弾頭が炸裂する。

 音響ノイズ閃光フラッシュ振動シェイク等の特殊弾頭が、AIによってモデリングされた順序に従い、段階的に効果を発動させた。


 大気と水面が、揺れて光りて轟く。

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