第4話 護人の眼差し

 琵琶湖は勿論湖であり、平常時は穏やかな水面が一面に広がっている。だが時折拭く山風などの影響で波が出ると、油断できない規模に水面は暴れるのだ。

 今、その日の本を分つ水が上で、均質圧延鋼装甲の塊が沈黙の見学を続けていた。



(…滑稽だな)


 自衛隊陸上総隊・次世代型水陸機動隊松井泰隊長は、小型遠方拡大機を覗き込みながら、己の姿を自重する。GDM用水上スキーを足場に、自衛隊専用配属機・61式の迫り出した操縦席から頭を出している姿を、だ。


(他にも、いるのか)


 強硬タイプの環境保護団体と極右団体が結合して端を発した、今回の「琵琶湖騒動」。

 国内外の要注意人物の集結とあって、現在琵琶湖を取り囲むように展開する治安維持機構は地方警察だけでも滋賀県警、大阪県警、京都府警。警視庁からはSWATが、無論に陸上自衛隊も参加している。


 しかしテロを行う敵組織は、その中心組織を既に東京都付近へ侵入させていた。今琵琶湖に腰を据えて居るのは、防衛側の戦力を削ぐ為の別働部隊であると、警視庁以下が想像的判断に基づき断定していた。

 にも関わらず、総数は少ないといえ日本が稼働できる治安維持機構の多くが琵琶湖に出張ってる訳は、湖上を見れば明らかである。敵の使用するGDMは、中国に籍を置く企業の新型量産型だ。例の如くテロ組織に横流しされた訳だが、背景を知るつもりは彼にはなかった。


(また使い勝手がいいGDMのようだ。厄介事でしかお目にかかれそうにない)


 松井の関心は、寧ろ味方側に向けられている。彼が視界に収める警察組織管轄のGDMは、一機しかない。その他の機体は補給の為に退却を行っているからだ。


(この状況すら松島巡査部長は想定した……は考え過ぎか?)


彼の都合には良かった。映像やデータだけで見聞きしても、実物で確かめたい職業病でたる。


(…やはり)


 蜻蛉を模したドローンも並行利用していた松井は、未確認のドローンやGDMの反応を検知する。識別番号が不明な機器もあるが、凡そ警視庁のSWAT関係であろう。


(見たくは、なるだろうさ)


 眼下で繰り広げられるは、松井の常識からすればあり得ない光景だった。警視庁が誇る暴君が用意した舞台は、確かに松井らGDM乗りを惹きつけるには、十分である。



 プロメテオのコバルトブルーに彩られた機体が、水面を軽やかに舞う。吸い上げた水を背中に装着した二つのウォータージェットポンプで排出し、勢いで持って機体を持ち上げた。


【KP400・機能停止を確認】

「仕方ないだろ、無理だ!」

【攻撃予測修正・補正データアップロード】

「しつこい…!!!」


 空中で宙返りを打つプロメテオは、上下反転した形でテーザーガンの引き金を引く。接近していた敵GDMの曲線を描く装甲に鋼爪が食い込み、間髪入れずに電流が流された。バッテリー一つを消費する大放電がGDMを沈黙させたと思えば、プロメテオはもう次のターゲットに狙いを定めている。


【1・2・2】

「二列目いくぞ!」

【目標変更・確認】


 水面に着水したプロメテオは、ウォータージェットポンプの排水を調整して、上下動を減らして抵抗なく敵との距離を詰めた。

 GDM用の水上バイクに乗り込む、合計五機のGDMは、大型の移動手段を用いないプロメテオの機動性に虚を突かれたのか、矢印型に展開したまま、それ以上の戦況連携に支障をきたしている。


「うおおお!」


 プロメテオが上半身を僅かに左に傾けた。先頭の敵GDMは釣られて右方向に銃口と機体を向けてしまう。

 プロメテオは、いや秀は脚部を細やかに操作し、急激に左側に機体を傾け、ウォータージェットポンプを加速させた。


 敵の左側に切り返したプロメテオは、後方に並んでいた二機のGDMの間に滑り出すと、右手のテーザーガンと左手のヒートサーベルを両側に突き出す。


「二つ!」


 GDMでは想像できない加速を見せたプロメトに、敵は反応できなかった。ガラ空きとなっている脇に鋼と熱が突き刺さる。


【目標沈黙・確認不能!敵沈黙未達成!】

「次!」

【目標沈黙未確認!未確認!】

「目標強制変更、コードPMX1!」

【強制命令認証・音声コード確認】


 後方でぎこちない動作を見せるGDMに向けられたターゲットを変えさせると、プロメテオは残り二機に襲いかかった。

 容赦なく正面から機関銃を放つテロリストに舌打ちを打ちながら、プロメテオの右手に持ち替えられた電磁警棒が、GDMを袈裟斬りに沈める。


「一つ」


 機能不全となる左腕を庇うように倒れる敵GDMの背後に回り込んだプロメテオは、そのまま敵ごと残り一機と接敵した。

 警告を無視した敵であるが故にオープンチャンネルは開かれていないものの、自分が呪いの対象にされているのは、秀には理解できる。


「一つ…」

【警告!容疑者保護法違反要項に接触!要項成立可能性有り!】

「わったよ…!!!」


 o(`ω´ )oなどと画面に投影されて、秀は己が隊長の悪趣味さを呪いつつ、盾代わりに使ったGDMを側に投げ捨てた。

 正面で機関銃を構えたまま動けなかった敵は、防護盾ごと突っ込んできたプロメテオの加速を、完全に喰らってしまう。


「次!」


 衝突の衝撃を食いしばって耐えた秀は、次なる目標に目を移した。縦横無尽の活躍を見せるプロメテオに恐れをなしたのか、まだ脱出が完了していない仲間がいるにも関わらず、テロリスト達は銃火器の連射を始めてしまう。だが無作為な乱射は無駄な弾数消費にしかならなかった。秀は敵の攻撃を軽くいなすと、引き上げのタイミングをここと見据える。


「PDR、退却するぞ」

【退却開始。撹乱煙幕・展開】


 機体の両肩部のオプションコンテナが扉を開いた。プロメテオは防護盾を全面に使い、左右ジグザグの滑りを披露しつつ、銃火器の雨霰を耐え忍んでいく。



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