第3話 荒れる現場 ☆
『そりゃ無理ですよ。清原さん』
『何故だ!』
『直近の出撃における電磁警棒の無許可での形態使用、連続して三回もお咎めされたでしょう』
『今は緊急事態だろが、間抜け!!』
『あのですね。テーザーガンの使用許可が出た事自体、隊長の裏の手なんです。ヒートサーベルなんて無理言わないで下さい』
『今は緊急事態だぞ!』
『自分達の遂行目標は、あくまでも敵主力の誘導にあります。鎮圧は努力目標ですから、テーザーガンが精一杯ですよ』
『井端ぁ!そこをどうにかするのがお前の』
琵琶湖の水滴がGDMを濡らす。電磁警棒を振り回す亨のスリズィエは、あたかも涎を撒き散らしているかのように、コバルトブルーの外部装甲を、湖面に反射させていた。
『亨君。ここは一つ、隊長への貸しとして我慢しておくんだ』
『ラーマさん、それはないでしょう!』
『ここだけの話だが、隊長の中では、亨君にはこのまま許可を出さずに、戦ってもらう算段らしい』
『冗談か?!』
GDMの股関節部に電磁警棒を差し込み、こじ開けるが如く捻りあげる。亨は一気に機体を加速させた。巻き起こる波が辺りの機体を飲み込み、戦場を混乱の渦に変えていく。
『君は制限があっても出来る漢だ。隊長はそう見込んで、君にこの任務を与えた』
『…』
『やれるさ。君なら』
『……うおおおお!』
考えも無く敵の中心部に突貫する亨を、早苗が援護していた。正確無比な連続射撃が、水上ボートで左右に展開する敵GDMの関節部を、的確に損傷させていく。
『流石に慣れていますね。僕では嘘だと見破られてしまう』
『何、立場の違いがあるだけだ。井端君、よくやってくれた』
『見事なもんだ。帰ったらラッシー奢ってやらなきゃな』
『今の台詞、録音しておきました』
『へっ。頑張り次第じゃ、マンゴーラッシーにしてもいいぜ』
ジュニアの鼻を鳴らす音がした後、早苗のMP5が怒号の間隔を狭めた。仲間の援護を尻目に亨との距離を詰める秀は、テーザーガンのバッテリーを交換しつつ、一人多量に伝達されるデータの海に溺れる。
「ラーマさん」
『要望は何かな』
「自衛隊とSWATの本隊出動は、何分ほどですか?」
『井端君』
『はい、えっと…』
『右手にある赤枠のファイル。開いたら上から二番目だ』
『ああ、はいこれですね。はい』
『ラーマさんの手助けなきゃ何もできんのか!』
『…索敵とレーダー観測の結果から、4分後に主力部隊が高島と大津の陸上より、敵の駐在地を攻撃しますね』
「水上部隊は?」
『同じく南北から挟撃作戦に出ています。後5分後には、援護部隊が作戦開始ですよ』
秀は鼻から息を吸い込むと、口の中で舌打ちを打った。
「隊長は随分ときな臭い話に乗っかったみたいだ」
『何の話です?』
『八代ぉ!!!お前まさか、俺達が囮になったとでもいうつもりか?!!』
『秀がボカシた意味無いじゃん、亨さん』
「ラーマさん、ジュニア。一旦退避します、囮を続けるにはバッテリーの残数が心許ない」
『そうだね、了解した。井端君、ジュニア。二号機・三号機の退避誘導を。モニター切り替え』
『了解、兄貴。トオちゃん少しお休みの時間だ』
それぞれ整備第一・第二班の班長を務め上げ、野村真智子の龍虎と謳われるインド人技師、ラーマとジュニアは手早く誘導準備を進めた。
通信で怒鳴る亨を宥める篤郎を横目に、二人は手早く必要な情報を、秀達へと転送していく。
『秀!』
「早苗、MP5の残弾はどれぐらい?」
『あー、250。ごめん、脚部のウォーターフロートが2本動作不良なの』
「了解、殿は俺がやる」
『八代ぉぉ!格好つけるなこの野郎!』
『電磁警棒全部折った人が言っちゃダメですよ』
『え、馬鹿なの?』
「二人は遠隔誘導のタイミングでスモークを。タイミングは井端さんとジュニアに任せても?」
『八代君、それぐらいやらなきゃ割にあいませんよ』
『了解』
クリュザンテーメの頭部に備え付けられた警告灯が二回鳴り、バックパック内のコンテナから、煙幕弾が射出される。ECS効果も付与された煙を利用して、早苗は亨と共に後方へ退避していった。
「さぁ、PDR。行こう」
【秀。何故囮を】
「清原が喚いているだろ。あんなのは早苗の方が上手い。第一俺達なら狩る側に回れる。違うか?」
【行動予測による簡易目的の達成率・48%】
「運も実力。行くぞ」
【٩( ᐛ )و٩( ᐛ )و】
バイザーに浮かぶ馬鹿らしい表示が、今から繰り広げられる綱渡りの行動を、後押ししてくれた。緩む頬を引き締めた秀は、若干身体を前方に傾け、ウォータージェットポンプの出力を最大にまで上げる。
「そらきた」
視界の両端から警告音が鳴り響く。琵琶湖中央に位置する竹生島を軸とみるように、プロメテオが一気に加速した。
「PDR!!」
【軌道演算・予測データ算出】
三次元的に投影されるデータは、降り注ぐ鉄の雷雨の未来図である。構成物質から燃焼剤、炸裂剤や金属片に至る、ミサイルのあらゆる情報が秀の視界にあった。その一切の情報を瞬時に判断した彼は、コンマ数秒の世界で迅速な対応を実行するのだ。
「ふ…」
軽く膝の力を抜くと、感知した機体が膝関節のシリンダー動作を調整する。敢えて不安的になるGDMの機体は、水面上で脚を取られたような格好となった。
『秀!』
早苗の悲鳴が、臨時行動隊の面々にも届く。
「奴なら平気さ」
一人乗りの水上ボートの上で、深々と肺に水蒸気を溜めた千恵が呟いた。
「ふん。俺達は飾りものか?いい気になりやがって」
補助AIの自動操縦に切り替えた亨は不服そうにシートベルトに体重を預け、足組みをした。
『清原さん、作戦行動中ですよ』
「やかましい!」
『僕に当たっても意味がありません…』
『ハハ!怒るなトオちゃん』
『美味しい所は君が持っていく寸法になっている。脚はペダルに下ろしておく事をお勧めするよ』
ラーマとジュニアの励ましを受け、亨は渋々脚を下ろす。そっぽを向く様が隊の通信で共有されている事を忘れている彼は、機内通信のみにして安心してしまい、乱暴な愚痴をぶちかましていた。
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