第2話 臨時行動隊、湖面に参る ☆

「臨時行動隊、出動。直ちに予定ポイントまで急行し、迎撃体勢に移行せよ。私も出る」


『『『「はい!!!』』』


 自動操作の小型補助人形が、KP400GDM用水上バイクに接続された充填剤投入パイプを解除する。ゲートの正面に浮かぶボートで、整備班員が蛍光棒を前後に揺らし、ゴーサインを出した。


「プロメテオ、出動します!」


 GDM専用の、八メートルに及ぶKP400が琵琶湖の水を吸い込んだ後に排出する。爆音と共に滑り出した人型機械は、日の本一の湖を颯爽と移動していった。




「予定ポイント到着。テーザーガン構え」

テーザーガン対GDM用電気麻酔銃・セーフティ解除】

『してくれなきゃ怒るよね』

『んな事あるか』

『分からないよ。亨さんはメンタルチェック引っかかってるじゃん』

『ふん。その時はその時、この身使っていくまでよ』

「清原、また女将さんにどやされるぞ」


 前方五キロ程の距離から迫る水飛沫は、合計で十以上にもなる。テーザーガン対GDM用電気麻酔銃の安全機構は解除され、使用可能に切り替わった。

 コクピットの中に否応なく広がる緊迫感が、呼吸を困難にさせている。心拍数と呼吸感覚が正常値を越え始めると、右目の視界端に、警戒表示が微かに浮かんだ。


「っふー」


 初めての対テロ活動であるのだから、緊張するのは当たり前だ。秀は口から漏れそうになった愚痴を、深呼吸の息と共に吐き出した。


【警告!警告!燃焼剤探知!燃焼剤探知!】

「おいおい」


 水飛沫の裏側から、淡い白色の光が発現する。白煙を引き連れて伸びたそれは、秀達に向かって、真っ直ぐ向かっていた。


「っくそ、警告無しか?!」

『当たり前じゃん!』

『何抜けた事ほざく!!』


 亨の荒々しい叫びを合図にして、二機のGDMと一機のGPMは三方向に散り散りとなる。各KP400の後部に増設されたタンクから、フレアの矢が迎撃した。


『きゃあ!!』

「うう!」

『くそぉ!』


 上空でぶつかる武器同士が、周辺に爆ぜた影響を及ぼしてくる。無視できない衝撃がコクピットに響き、全身の毛穴が一気に開いた。


【爆発を検知・検証。……成形炸裂弾頭・データ認証88%】

【警察官職務執行法第七十条・要項達成と判断】


 バイザーに投影されたメッセージに承認の声認識を行うと、秀は手にしたコントロールグリップを握り直す。


『秀君、敵接近!』

「撃ち方始め!」

『待ってたぜこんちくしょう!』


 グリップを前にスライドさせると、GDMの全身が、唸りを上げて稼働した。湖面を滑る三機と前方から迫る水飛沫、つまり鎮圧対象たる環境テロリストのGDMが接敵するのに、そう長い時間はかからない。


「っ!」


 甲高くも重厚な音と、爆ぜるような閃光が瞬く。左腕に装着した防護盾に、鉄の塊が容赦なく打ち付けられた。


(環境大事にする奴が、炸裂弾頭だの使うなっての)


 法治国家の犬僕たる己の身分を呪いながら、秀は全身を傾けて右方向に舵を取る。FBCSFull・Body・Control・Systemを採用したプロメテオは、秀の動作を忠実に再現し、さながらバイクが急停止するかのように、機体を傾けていった。


「悪いのはそっちだからな!」


 警戒通告も使用許可も最早必要なく、テーザーガンは効果を発揮できる。急激な方向転換に戸惑う敵機体の横腹部分が、秀の狙いどころだ。


(効けよ)


 長方形の銃体の先端に取り付けられた、クレーンの鋏を彷彿とさせるような銃口が、空気音を引き連れて飛び出た。鋏の付け根部分に備え付けられた特殊合金性刃が、中国製量産型GDM・HQ12の装甲に、しっかりと食い込んだ。

 刃が貫通を伝達すると、自動的に刃が格納され、代わりに電極が差し込まれる。


『#/&&/&#_&/!!!!!』


外部装甲の裏に張り巡る通信回線が、多量かつ想定外の電力供給による回線不良を引き起こした。イヤホンに流れ込む雑音は、対象の叫びなのかGDMの苦痛であるか、秀には判断できない。

一つ言えるとすれば、今の彼にとって取るも足らない音である、それだけだ。


【対象GDMの沈黙確認】

「次行くぞ…」

【推奨対象抽出】


テーザーガンの電力を補充しながら、PDRが算出した最適ターゲットを、秀は次の対象に選ぶ。

亨の乗る警視庁認定モデル・T-G51「スリズィエが電磁警棒を振り回している隙が、狙いを定めるチャンスだった。


『邪魔だぁ!』


が、スリズィエの搭乗するKP400が多量の水流でもって機体を突貫させると、勢いを利用した突きが敵機体に直撃する。


「嘘だろおい」


何故か電磁警棒が持つGDM鎮圧用形態・熱断形態ヒートサーベルを使用せず、物理的なダメージを与える策を取ったスリズィエは、高価な近接装備の修復不可能な歪みと引き換えに、目標機体を制止させた。


「清原お前馬鹿なのか?!」

『黙れ!高卒に馬鹿呼ばわれする謂れはないぞ!』

ヒートサーベル熱断形態を使えっての!」

『使用許可が降りんのだ!』

「ハァ?!何で?!!」

『知るかぁ!要請が許可されん!!!』

「あっ、このバカが……」

『馬鹿というなぁぁ!!!』


降り注ぐ銃弾の雨を双方の防護盾を繋げて防ぎながら、男二人は尚も口論を続けようとしていた。

彼等の不毛なる喧嘩を止める切っ掛けは、ロケットランチャーなる物騒な武器を肩に携えた敵GDMが、腕の動作機能を喪失する鈍い音だ。


『二人とも喧嘩してる暇はないんだから!早く数減らさないと、私達危ないよ!』


h&k・MP5型GPM用短機関銃を構えながら、早苗の乗る警視庁認定GPM「クリュザンテーメは、メインカメラに装着した精密射撃用バイザーを、月明かりに光らせていた。

下腹部が蜘蛛を模した人型機械の放つゴム弾の雨が、目標を沈黙させる。

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