GDMーPOLICE
永野邦男
琵琶湖騒動編
第1話 事の起こりは日の本の央で
鋼鉄の囲いと電子部品で構成される近未来空間は、空虚な怒鳴り声で現実と同化する。フォログラムに投影された男性は、唾を撒き散らしながら画面向こうの相手に対し、苛立ちを隠そうとしない。
『松島ぁ!今ふざけている暇はない言っとんねん!!!』
「ふざけてなどいませんよ。そう苛立ってしまわれては、話は進みそうもありません」
『黙らんかいアホンダラ。せかやらはよな、湖岸からの出動を受諾せい言ってんねん!』
「ええ。ですから再三申し上げた通り、大津方面からの湖上移動は停止している最中です」
応対する警視庁次世代機械対策本部・機動一課所属「臨時行動隊」松島千恵隊長は、画面の下でパンプスの踵を鳴らしていた。
『そないなものは無視せいな!大阪県警等の応援部隊を、早く現場に急行させる必要があるっちゅうに!!!』
「そこまで仰るなら、提示したルートをお通り願いたい。作戦指揮の権限が現場指揮官たる私に譲渡された以上、指揮官の要望は受け入れて下さると助かります」
『ふざけるなタコ!お前みたいなはぐれもんが、何を最高だ抜かしおんねん。何であんなクソ辺鄙をわし等回らにゃ』
「辺鄙ではありますが、古からの伝わりにもあります。是非とも迂回を」
『あのな、奴さんはもう来てんねん?!知っとってそないな事のたまうんやったら、こちとらやり方っちゅうもんがある!』
「…私は忠告申し上げました。そこまで仰るなら、どうぞご自由に」
『最初からそう言っておけばええんねん!んな無駄な事させおってからに、ホンマ』
「念の為申し上げますが、この通話は捜査記録の保存対象に該当し、定時監査のプログラム対象に認定されもします。ご経歴に傷がつきますよ」
『なんや、東に出ても小っこい頃からのしょうもなさは直らんのか?ワシらそないなモノ、気にして仕事せんわ!』
「定時連絡を終了します」
イヤリング型のマイクを切り、一息ついた千恵は、辺りをぐるりと見渡した。
「皆すまない。不快だったろうが、私の我儘に付き合ってもらった」
『へー』
「八代。気の抜けた返事は侮辱と捉えるぞ」
『東京の生まれには、関西のアレコレは分かりませんので』
『あっ君は京都だよね。隊長達の話分かった?』
『俺達分からないんだよ』
GDM搭乗員・八代秀臨時巡査とGPM搭乗員・片岡早苗巡査に話を振られた
「まぁ、関西は京阪神とその他ですから。奈良や滋賀は雑に扱われるんです」
『嫌だなぁー』
「言っておきますが。大阪人皆があんなと思われては困りますよ」
『知ってる、知ってる』
「肩身が益々狭くなります。何ですかあの典型的なステレオタイプは。僕みたいな大阪人の事を…」
『ふん。お前みたいなナヨナヨしい奴など、考える訳無かろう。大体滋賀なんて、見た通り琵琶湖しかないんだから馬鹿に』
「ほう。清原。いい度胸だな」
『じ、自分も先程の通話には断固不快の意を表明するであります!』
GDM搭乗員・清原亨巡査は、狭いコクピットの中で背筋を伸ばして頭をぶつけた。彼のヘッドセットへ整備班長のキツイ叱りが飛ぶ中、千恵は端正な眉を歪ませつつ、香草煙草を口に咥える。
「今時あんなにコテコテの大阪人は珍しい。事前に通達した行動手順を無視しているし、八つ当たりは困るのよね」
『知らないですよ。俺達に言われても』
「自分大阪には知り合い居ないですから」
『やだなぁ、ああいうタイプ。私達にも変な意識持ってそう』
『お前は大阪関係なく弱々しいぞ。みっともない』
「まぁいい。気力に満ち溢れている栄光の大阪府警さんには、是非とも琵琶湖渡りを成し遂げてもらおうか」
違法と合法の反復横跳びをする水蒸気を吐き出した千恵は、正面のコンピュータ機器の前でキーボードを叩く整備士二人に話の矛先を向けた。
「ラーマ、ジュニア。相手の動きはどうだ」
「目標、現在琵琶湖を東方向へ移動。本隊との接敵予想10分」
「魚群退避剤の散布は88%完了。三機の試作ウォーターポンプとウォータージェットパック及びにの調整、いずれも70%以上まで終了」
「八代・片岡・清原。作戦行動準備に移行。
『了解しました』
『了解です!』
『了解であります!』
二機のGDMと一機のGPMが発電槽に電源を入れ、関節部のロックを解除する。
「背部・脚部発電槽、稼働領域内で、音波投射開始。全ヴェロトロニクス起動」
【理解。全ヴェロトロニクス起動まで三十秒、アクチュエーターの起動まで三分四十秒】
「
【理解。ヴェロトロニクスの起動確認、異常検知無し】
『八代。発電槽の温度チェック忘れてないだろうね』
「え?ああ、はい」
『この前、福井県警が敦賀湾で起こした水難事故をレクチャーしただろう?ああなりたくなけりゃ、自分の身は自分で守りな』
整備班長を務める野村真智子の、鋭い睨みが秀の脳内を掠めた。彼女の厳しい指示の声は機体内外に飛び交い、機体の最終調整が着実に進行していく。
「第一班!ウォータージェットパックの調整遅い!第二班は水上バイクのチェック切り上げかかれ!」
「第一班です、後三分下さい!」
「馬鹿言え!相手さんが悠々と待ってくれる筈がないだろう?!奴等は目の前に来てるんだよ?!」
「八割で切り上げれば」
「一号機なら問題ない。二班と三班は準備完了ならドックに移行!」
「「「はい!」」」
「サイバー班は湖図のアップデート。アンタらここが腕の見せ所だ!!」
「「「はい!!」」」
ヘルメットのバイザーを下ろした秀は、薄赤色に染まる視界に浮かぶ、多種多彩なデータに目を通していた。彼のGDM・『プロメテオ』の外部装甲から流れ込む整備班の認証データが、作戦実行のカウントダウン代わりとなっている。
【秀。交感神経が過剰検出。緊張状態】
「そりゃするだろう。初めてだぞ対テロ活動は」
【実戦経験は十分と認識】
「褒め言葉になっているのかそれ、PDR」
【^_^^_^】
秀専属の補助AI・PDRがやけにフレンドリーな返答をバイザーに投影した。顰めっ面をする秀であるが、コクピットを埋め尽くした警戒音に、いよいよ背筋を伸ばす。
【目標対象、警告ラインを無断突破。第一警戒ラインに到達予定】
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