第209話 最終回

誕生パーティーの途中、貴子ちゃんに誘われてバベルの塔の特殊加工のアクリルで覆われた頂上展望台に来た、そう言えば塔の天辺まで来たのって初めてかも。

360度、見渡す限りの空と海と大地のパノラマ、遮る物の何も無い天空の塔、まるで世界の支配者になった気分にさせられる。

実はこのバベルの塔、年々増築を繰り返し高くなっているのだ、建設当初は高さ2,400mだったが今では3,000mを超えているらしい、この塔も10年間で僕達と一緒に成長したかと思うと感慨深いね。


「凄い眺めだねぇ〜、これだけ高い所から水平線を見ると本当に地球って丸いんだなってわかるね」


「ハハ、それは地球が丸いって先入観もあるかもね、成層圏から見ると本当に丸いって実感出来るよ」


それでも地上3,000m超えの景色だ、感動的な事に変わりはない、けど富士山の高さって3,776mだっけ、エベレストは8,848mだよな、この塔より高いじゃん、そう考えると自然って凄いな。



「私はここからの景色が好きなんだ。下界を見下ろして…フフ、ほら人がゴミのよう…」


「貴子ちゃん、目が危ないよ」


「ジョーク、ジョーク。まぁ、この景色が好きなのは本当だけどね」


「うん、それはわかる気がする」


二人でしばしこの景色を黙って見つめる。前にグリーンノアで海底の美しい景色を見せてもらった事を思い出す、貴子ちゃんには本当に色々な世界を見せてもらっているなと感じていると、その静寂を終わらせるように貴子ちゃんの少し硬い声が響く。



「鉄郎くん」


「何?」


「この世界は好きかい」


突然の問い。でもこの問いには即答出来る。


「うん、大好きだよ。まさか世界の王様になるとは思ってなかったけどね、貴子ちゃんのおかげだよ、ありがとうね」


貴子ちゃんだけじゃない真澄先生、李姉ちゃん、婆ちゃんにお母さん、学園の生徒達、この国に協力してくれる大勢の人々、僕だけじゃなにも出来なかったんだから全ての人に感謝だ。


貴子ちゃんの言葉は続く。



「私は別にこの世界は好きじゃないんだ、鉄郎くんが存在するから私は辛うじてこの世界に居られる」


「貴子ちゃん…」


「だから私より先に死なないと約束して欲しい、でないと私は…」


そう言って下を俯いて拳をギュっとさせる貴子ちゃん、常人には理解できない頭脳の持ち主である彼女にとって、僕はこの世界と彼女を繋ぎ止める鎖のようなものなのかもしれない、そう考えると貴子ちゃんが世界を滅ぼす夢が正夢になってしまわないように頑張らないといけないな、幸な事に僕は人よりちょっと寿命が長くなりそうだし丁度良いだろう。


あれ、でも貴子ちゃんって成長が止まってんだよね、まさか不老不死なんて事は…無いよね。

もしかしてそれで不安になっちゃった?

いざとなったら京香さんやエボラ教授に相談だな。


「大丈夫、貴子ちゃんよりは長生きできるように、が、頑張りゅよ」


あ、最後ちょっと噛んだ。



「けど、私いつ死ぬかわかんないよ」


「それでもだよ」


そう言って僕は屈んで目線を合わせると貴子ちゃんにそっとキスをした、約束の意味を込めた誓いのキスだ。


「んっ」




「……鉄郎くん、私もう世界を滅ぼしても良い…」


酔ったように真っ赤な顔して物騒な事を口走る貴子ちゃん、お願いだからやめてね。







「鉄郎くん、世界を滅ぼすのなんか本当に簡単なんだよ、それこそボタン一つポチッとするだけでね」


「貴子ちゃん…」


あ、これ確実にそのボタン隠し持ってるな。衛星か毒ガスかどっちだ、黒夢は知ってるのかな明日聞いてみよう。







「貴子ちゃん、そろそろ皆んなの所に戻ろうか、多分首を長くして待ってるよ」


貴子ちゃんの手を取ると向日葵みたいな笑顔を僕に向けて来た、少しは貴子ちゃんの不安を解消出来たかな。











若返って成長が止まったおかげで寿命がわからなくなった貴子だが、この30年後にポックリとこの世を去る、身体は若くなっても生き物としての寿命だったのだろう、享年108歳だった。

盛大な国葬が行われ、棺の中で笑みを浮かべ眠る幼女は実に満足気だったと、貴子に因縁の有った春子に言われていたのが印象深い。


自らこの世界を滅ぼし、自ら再生させたなんとも傍迷惑な不世出ふせいしゅつの天才の波瀾万丈な一生である。





青い空、貴子ちゃんの遺した白い巨塔を、貴子ちゃんに良く似た顔立ちの黒夢と見上げる。後には黒夢の妹達が勢揃いだ。


黒夢クロム、貴子ちゃん逝っちゃたね」


「大丈夫、ママの意志はワタシが引き継ぐ」


「いや、継がんで良いから」




【 完 】


























【おまけ】


誕生パーティーの翌日、武田邸にて。


「あ、李姉ちゃん」


李姉ちゃんが廊下の向こうからナインの李極東マネージャーとラクシュミーさんと三人で話ながら歩いてくる、なんだかんだでラクシュミーさんは元スパイで何でも器用にこなすので役に立っている、とてもお買い得だった。


「あら、鉄くん」


李姉ちゃんも僕に気づいたのか視線が合う。


「やあ、忙しそうだね」


「まったく、春さんがこんな大役押し付けつけるから、暇なしよ」


白のチャイナドレスの上に羽織った軍服の襟章を見せつけてくる、32歳という若さでこの国の軍のトップなのだ当然暇なわけがない。聞けば未だに世界のあちこちで、男性を取り合う小競り合いは絶えないらしい。劇的に増えるには後10年は掛かるからね。


「はは、ご苦労様」



「李極東マネージャーも、お久しぶりです、どうですビジネスの方は順調ですか」


鉄郎の個人資産額は166兆円と言うとんでもない額となっている、当然だが世界1位だ、2番手にはナイン・エンタープライズの李が続いている。


「皇帝陛下、フフ、武器商人としては商売あがったりですわね」


「貴女の会社は武器だけ売ってるわけじゃないでしょう」


「えぇ、我が社はそれこそ爪楊枝からロケットまであらゆる商品を取り扱ってますから、会社としては黒字ですわ」


もともとナイン・エンタープライズは中国マフィアをベースにして貴子ちゃんの科学力で巨大になった企業だ、この国が出来るまでは各国に武器を流す商売をメインにしていた経緯は僕も知っている。


「貴子さんのおかげでこの国の軍事力が桁違いでとてもとてもじゃないけど戦争になりません、おかげで普通の武器が全然売れませんの」


「そうなの?」


李姉ちゃんに視線を向ける。


「まぁ、うちが出かければ大抵の国は戦争やめて、ご飯奢ってくれますよ」


「平和でいいけど、なんでご飯?」


「春さんから総帥の座を受け継いだ時にはもうそうなってましたよ?」


何やったんだろう婆ちゃん?


「李総帥、そろそろ会議のお時間が」


ラクシュミーさんが腕時計を見ながら会話に入ってくる、おぉ、ブロンドの髪に褐色の肌が知的で出来る女っぽい、伊達メガネも様になってる、美人秘書みたい。


「ん、そうか、オバはんどもを待たせるのも悪いか。じゃあ鉄くん、また後で」


「うん、頑張ってね」




李姉ちゃんの去り際、僕は思い出した風を装って言葉を出した。


「あっ、そうだ、李姉ちゃん僕と結婚してくれるかな?」


「へっ!」


「いやぁ、この前に李姉ちゃんが違う男に嫁ぐのを想像したら、なんかどうしても許せなくなっちゃって。どう?」






「……ふっ、いいよ」


李姉ちゃんはニカッと爽やかに笑うと親指を突き出し廊下を颯爽と歩き出した、ラクシュミーさんが僕と李姉ちゃんを交互にキョロキョロ見ると慌てて李姉ちゃんを追って走って行く。

一人残された李極東マネージャーが僕に一礼してゆっくり歩いて行く、今絶対に笑ってたよな。


「それにしても流石、李姉ちゃんだ、突然のプロポーズでも全然動じてない、本当にカッコ良いね」


けど、あまりにも動じないのは癪に障るな。僕だけドキドキしてるの馬鹿みたいじゃん。








コツコツコツ


「ふふ、李総帥〜、顔がにやけまくってますよ」


素早く麗華の前に回ったラクシュが麗華の顔を見て笑みを浮かべる。


「やばーーーーい、真面目な顔が出来ん!ニヤニヤしてしまう!」


耳まで真っ赤にした麗華が両手で顔を隠して悶える。


「鉄郎さんの前だからって無理してカッコつけるから。ま、いいんじゃないですか、こういうめでたい時ぐらい鬼総帥の仮面を外しても」


「結婚式はナイン・エンタープライズで派手に仕切りましょうか?」










後日



「呼び出して悪いね麗華、そこにお座り」


春子に呼び出され襖を開けると背筋をピンと伸ばし正座する鬼がそこに居た。

いや、錯覚だ鬼じゃない、武田春子。旦那の祖母だった。


「……」


「あの、春さん何のご用で、それとその傍らに置かれた来国長(かたな)は…」


どこか緊張感漂う重い空気に耐えきれず麗華は春子に問いかけた。


「麗華、あんたとうとう鉄の嫁になるんだってね」


「へっ、なんでもう知って…」


シパッ


「くっ」


斬られた。一瞬光が目に入ったかと思えば、ハラリと前髪が1本畳に落ちた、神速の抜刀、冷や汗が背筋を伝う。



「う、嘘でしょ、いくら春さんといえど今の私がなんの反応も出来ないなんて。刀を抜く瞬間がまるで見えなかった…」


「ふふん、この歳になってようやく自分の思い通りに刀を振れるようになってきたよ」


「はは、さようで(本当に化物だなこの人)」


本当に何言ってんだこのババア、死ぬ瞬間まで強くなり続ける気か。

刀を元の位置に置くと、春子がそっと畳に手をついて頭を下げる。

春子がいきなり自分に頭を下げる事態に流石の麗華も慌てた。


「チョ、ちょっと春さん!」


「麗華、鉄の事守ってやっておくれ、あんたに託せるんだったら私も安心してあの世に逝けるってもんだよ」


「春さん」


やっぱり私の一生は間違ってなかった、この最強の剣聖にここまで信用して貰えるようになったのだ。






「ところで春さん…それと私の前髪切る事にはなんの関係が?」


「いや、それは唯の自慢だが」


「……春さんは100歳まで軽く生きますよ」


「あ、後、嫁になった以上は夏子には絶対に勝つんだよ」


「いきなり無茶な事言わんでくださいよ!!」


それは正妻である住之江の役目、いや、確かに強くはなってるが流石に夏子さんと比べたらアリンコみたいなもんか。


「ほら、あのバカ娘、黒夢達相手に遊び放題で凄く腕上げてるだろ、いよいよこの老体では相手がキツくなってきてな」


「いっそ、春さんがまだ斬れるうちに斬っといてくださいよ!!」


この親子どこまで強くなるつもりだ。


「鉄をレイプした時は、真剣に斬ろうと思ったんけどね、あんなんでも一応は鉄の実の母親だしね、ねぇ」


「ねぇ、じゃありませんよ、それどう考えても夏子さんをやるす最後のチャンスだったでしょうが!」




この世界には誰もが危険視する人物が二人いる、一人は天災科学者の幼女、もう一人は戦闘狂の外科医と言われている。

人類は最も危ない存在を滅するラストチャンスを逃したのかも知れない。













■後書き

小説家になろうでは2017年から始めて約6年かかって完結にすることが出来ました、途中コロナが流行ったりしてお話を中断したり(ウイルスで人が死ぬ話だったのでコロナ禍真っ最中にはちょっと)、心臓壊して死にかけたりと6年もあれば想像も出来なかった色々な事が起きます。そんな中でも最後まで読んでくださる読者さんが執筆の支えとなってくれました、もう感謝の言葉しかありません。


本当にこの作品をお読み頂きありがとうございました。

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男女あべこべ?いいえ、これが現実です。 R884 @R884

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