第160.5話 歓喜

「これより100年間、皆さんの国は僕の支配下とさせていただきます」



「……今、神は私達をお支配するとおっしゃった……このわたくしを」


壇上に立つあのお方から紡がれる心地良いバリトンボイス、そのお言葉を聞いて私の中から湧き出ててくるのは抑えようのない歓喜だった。





会場のスピーチ台の前でわなわなと身体を震わせるのは、メアリー亡き後アメリカ大統領に繰り上げ就任したキャロル・シェルビーだ。元々副大統領として国政にたずさわっていた彼女だが、約1年前に運命を変える出来事が起こる、加藤貴子の復活である、10年以上その消息が知れず、もうそろそろ死んでるんじゃねと噂されていたが、昨年突然その存在を世界に知らしめた、なぜか幼女の姿になっていたが貴子の討伐を偽装し世界に発表してしまったアメリカとしては姿形が変わっているのは都合が良かった、いざとなったら貴子は本当に死んでいて、この幼女は別人と言い張れるのだから。


問題は加藤貴子がまた表舞台に戻ってきた理由だ、極東の島国日本、加藤貴子出生の地、世界崩壊始まりの場に再び足を運んだ訳を調べないといけない。

前大統領メアリーの命令でシェルビーは情報収拾に当たることになる、最恐最悪のテロリストの目的、所在、装備を調べるうちにシェルビーは貴子のターゲットにされている武田鉄郎の存在を知る、部下から送られてきた写真にシェルビーは大きな衝撃を受けた、今の世で見たことが無いまさに傾国の美少年というのにふさわしい男の子、これならばあの加藤貴子でなくとも入れ込むのもわかる、シェルビーにとって鉄郎はどストライクで一目惚れだったのだ、悪魔に魅入られた美少年を救うべく彼女は副大統領の権限を発動、アメリカが誇るデルタ部隊を日本に派遣し貴子暗殺を謀るが、逆にペンタゴンを人工衛星落としで潰された、わけがわからん。


貴子の逆襲にブチ切れたのは前大統領メアリーだ、敵対関係が決定的となったせいでアメリカはこれ以降多大な被害を受けるようになる、度重なる軍へのハッキングを始め最新鋭の戦艦までも沈められ、潜入した精鋭部隊も誰一人帰ってこない、ある意味貴子による被害を一番被っているのがアメリカかもしれない。


この頃からメアリーとシェルビーの仲はぎくしゃくし始める、どんな犠牲を出そうとも貴子を殺そうとするメアリー、その犠牲の中に鉄郎が含まれているのだけはシェルビーとしては許せるものではなかった、いつしか彼女は自分が大統領となることで鉄郎を守ろうと考え動き始めた、大統領と副大統領の仲違いはアメリカに悪影響をもたらした、シェルビーは鉄郎の個人情報を集めるのに執着するあまり本来必要な貴子や鉄郎王国自体の情報がメアリーのもとに届かなかった、情報不足の状態でメアリーはフランスとインドと組んで貴子に戦争を仕掛ける、核すら持ち込んでの殲滅作戦。

だが結果は一夜にして歴史的な大敗、自害か他殺かわからないままメアリーはこの世を去った。


もしシェルビーの情報収拾が鉄郎に偏っていなければアメリカの未来も変わっていたかもしれない。

そして鉄郎狂信者のシェルビーにとって、先ほどの鉄郎の一言は決して聞き逃せないものだった、気がつくと満面の笑みでシェルビーは鉄郎に向かって高々と右手を挙げていた。



「ミスター鉄郎、発言をよろしいでしょうか!」


「ええと、貴女は確か…プレジデント・シェルビー」


「ハ、ハイ!キャロル・シェルビー31歳独身です!趣味はベースボール、好きな男性のタイプは年下です!」


鉄郎が自分の事を知っていた事に舞い上がるシェルビー、鉄郎と言えば副大統領の名前までは覚えていなかったが、耳の裏に貼り付けた骨伝導スピーカーで黒夢が音声アシストしていたのがカラクリだ。黒夢は秘書としても優秀なのだ。


「そ、そうですか、で、プレジデント・シェルビー、何か?」


鉄郎はシェルビーの勢いに若干引き気味になるも、次の言葉を促した。


「あ、はい、私は…いえ、アメリカは貴方に支配される事を望みます!」


ザワッ、ザワッ


今まで鉄郎王国と一番敵対していたはずのアメリカ、その手のひら返しに会場の空気が明らかに変わった。

G9から降格の噂があるアメリカだが、未だその力は決して無視できないものだ、ロシアとイタリアはすでに鉄郎についている現状でアメリカまで鉄郎王国に準じるとなれば、それは世界のパワーバランスが完全に崩壊する事を意味する。


後ろに並ぶジュリアがアナスタシアに小声で話しかける。


「なにあれ、私の鉄郎くんにいやらしい色目使って、これだからヤンキーって好きになれないのよね」

「ジュリアも似たようなものでしょ」

「私はもっと品があるわよ、あんな危ない感じじゃ無いわ」



「ちっ、あの小娘なにを考えておる」


焦りの色を濃くしたのは中国の楊夫人だった、先の戦争のどさくさにアメリカに勢力を伸ばそうと色々と画策していたのだ、好戦的なメアリーを排除して親中国派のシェルビーを裏から押し上げたのは楊夫人だ、それを大勢が見ているなかで暴走し勝手に属国宣言までするとは計画が狂いまくりである、今までの苦労が水の泡だ。


一方、鉄郎としても最大の難関と思っていたアメリカが即決して来て面食らっていた。


大体が…


「あの〜、まだ僕からの条件を何も言っていないのですけど」


「無条件で貴方に従います! それが私の、いや先の戦争を起こしてしまったアメリカの謝罪であり誠意ですから!」


ザワッ、ザワ


カツン


「まぁ待てシェルビー大統領、それほど結論を急ぐな、まずは鉄郎氏の条件位は聞くべきじゃろ」


あまりに盲目的なシェルビーに、苛立たしげに楊夫人が待ったをかける。

そして老人とは思えない鋭い眼光を鉄郎に向けた。


「のう、鉄郎氏。ここに集まる者にしても流石に無条件でハイハイと首を縦に振る事柄ではあるまいよ」


「当然です、僕からの条件はこれから話す所でした」


二人の世界に割って入られたシェルビーは拗ねたように頬を膨らますと、ゴーデンレトリバーのような豪奢なブロンドを指に絡めてグルグルと弄ぶ。





予想外の展開に会場が再び静まり返る、絶大な軍事力を誇る鉄郎王国だけに次にどんな言葉が発せられるのか、緊張の中固唾を飲んで鉄郎の言葉を待った。



「ここにお集まりの方達なら当然ご存知かと思いますが、このままだと人類は100年もしないうちに絶滅してしまいます」


会場の雰囲気が重くなる。一般市民ならいざ知らず、それぞれ国のトップならば把握している事実だけに、改めて要因である男性の口から聞かされると頭を抱えざるをえない。会場のかしこでヒソヒソと囁く声が聞こえた。


「男性がもっと積極的になってくれないと、出来る物も出来ないじゃない」

「大体、一部の国が男性を大勢囲っているのが問題なのよ、うちには年寄りしか回ってこないじゃない」

「そう言う貴女の国は昨年の出生率はどうなのよ、うちに譲ってくれればもっと多くの男性を増やせるわ」

「くっ、私達だって努力はしている、しかし」


会場がザワつき始める、めいめいが好きな事を言い互いに責任をなすり付け始める、そんな光景を鉄郎は冷ややかな目で見つめスピーチ台をバンッと叩いた。

その音に騒ぎ始めた者達がビクリと身体を震わせる、三たび静寂が戻る。



「努力? 戦争をする暇はあるのにですか? もう人と人が争うような時間は我々には残されていないんですよ。…と言う事で貴方達に任せておくわけにはいかないと僕は判断させていただきました、ですからあえて支配と言う形を取らせせてもらいます」


「なっ、いくらなんでも横暴だ、君の小さな国一つで一体何が出来ると言うのか!」


会場の一人が声を上げる、貴子が隣にいるのに怖いもの知らずな発言だが、ここにいる者全員が全ての事情を把握しているわけではない、当然、こう言った声が上がるのも想定の範囲である、鉄郎は声を上げた女性を見つめながら静かに口を開いた。


「救って見せますよ世界ぐらい、むしろ僕にしか出来ない事だと思っています」


「「「…………」」」



パタン


ピアノの前に座っていたエリザベスが鍵盤の蓋を閉じると、静かに右手を上げた。


「キング鉄郎、イギリスは貴方の支配を受け入れるわけにはいきません」


「「「…………」」」


先ほどまで鉄郎を歓迎するようにピアノを演奏していたエリザベスの発言だけに皆が息を飲む。


「理由をお聞きしても」


「アメリカが賛同する以上、貴方の世界征服はほぼ確実です、すでにロシアとイタリア、アメリカが参加するなら日本もでしょう、中国とて中華圏で絶大な力を誇るナイン・エンタープライズがある以上結果的に傘下につかざるを得ないですね、そしてフランス…」


エリザベスはチラリとカーニバルマスクで顔を隠したクレモンティーヌに視線を向けるが、クレモンティーヌはその視線を逸らした。


「インドは貴方方の隣の国、軍事的にも地理的にも逆らうわけにはいかない。 ほら、もう過半数、すでに世界征服は成ったも同然です」


「ならば何故?」



エリザベスは鉄郎の問いに軽く微笑んだ。

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