第160話 英雄の凱旋

会場にエレキベースの低音が鳴り響き、白煙が床に広がる中で入口に立つ大小二人の人影。

黒のゴスロリに身を包んだ黒夢と、これまた漆黒のメイド姿の児島が縦並びで現れる、黒黒コンビだ。

揃った動作でスカートの裾をつまみ一礼、カーテシーを会場に向けて行う。

下げた頭を戻すと黒夢の後ろに立つ児島のポニーテールが揺れる、そして第一声を放った。


「鉄郎王国国王、武田鉄郎様及び女王ケーティー貴子様の入場です。道を開けなさい!!」


児島が凛とした声で鉄郎の入場を宣言すると、ザワ付いていた人波が左右に分かれ会場の中央に一本の道が出来た、モーゼか。


キュ~ウウウン、ボン、ボン、ボン、ボン、ズダッダダー


翡翠の曲調が変わる、ベ○ダーマーチからベルディの凱旋行進曲 (アイーダ)、見事にベースアレンジされた迫力の演奏、それに合わせるように黒夢が一歩を踏み出すと会場に響き渡るソプラノを紡ぎ出す、まるでオペラの一幕のように。


「王に喜びの賛歌を高らかに歌おう~♪」


黒い妖精の歌声に会場から「ほぅ」と感嘆の声が上がる。


ターン、タタタタ、タッタラタン、タタタターン、タタターッタタター


突然、翡翠のベースと黒夢のソプラノにピアノの音が加わってくる、音の方向に顔を向ければイギリスのエリザベスがいつの間にかピアノの前に座り鍵盤に指を走らせていた。

これには先ほどまで隣にいたドイツのラウラも呆れ顔を見せる。


「クイーン、いつのまに…」


中2階のオーケストラボックスにいる翡翠は一瞬ムッとした顔をすると、右手の親指を弦に激しく叩きつける、スラップで怒涛のゴーストノートから2プルのソロパートをかますがエリザベスがそのリズムに見事に合わせてくる、お互いの高い技量がなせる技、この演奏に会場がさらに沸いた。


ここ羽衣の間にはグランドピアノが1台置いてある、フランス、エラール社の白地に優雅な装画がほどこされたとても美しいピアノだ。


「ふふ、こんな東の果てでエラールのピアノが弾けるとは思わなかったわ」


皺のある目元に笑みを浮かべるエリザベスは流れるような鍵盤さばきで、翡翠のベースアレンジされた曲にも楽しそうに体を揺らし付いて行く、端から見ればイギリスの女王が鉄郎を歓迎して演奏していているようにしか見えない、大国イギリスに歓迎されている、それだけで世界各国の鉄郎を見る目も変わることだろう。

実際にはエリザベスが何かと理由をつけてエラールのグランドピアノを弾きたかっただけの事ではあるが。





黒夢と児島の後ろに控える鉄郎が隣の貴子に小声で話しかける。


「ねえ、貴子ちゃん、本当にこんな演出が必要なの? なんかイギリスの女王様までピアノ弾いちゃってるんだけど」

「この世界舐められたらおしまいだからね、これぐらい派手でいいんだよ、私としては出来ればウエディングマーチを流したかったんだけど」チラッ

「それは、ちょっと」

「グスッ……さぁ、鉄郎君行くよ」


カツン、カツカツ


若々しく遊びを持たせた短い黒髪、イタリア製の高級スーツにナチュラルメイク、児島渾身のコーディネートで鉄郎が会場中央を歩き出す、これほど大勢の視線が集中されるなかで鉄郎に緊張した様子はない、これは学園生活で行事のたびにステージに立たされた経験が生きている、そのおかげで実に堂々とした雰囲気を醸し出していた。


「キャー、生鉄郎様よ、本当にかっこいい」

「やっぱり生はいいわ、画面越しとは神々しさが違う、そそるわ~」

「実在したんだ、CGだと思ってたわ」


「…ちょっと私お花摘みに行ってくる」

「あ、私も…」


会場の中央を鉄郎と貴子が並んで歩く、スーツ姿の鉄郎に対して貴子はシンプルな白のAラインドレス、白髪も相まって黙って歩いていれば雪の妖精のような可憐さ、その正体を知らない者からは賞賛の声が囁かれる。中にはその見た目と身長差から国王の子供か?と首を傾げる者もいたが。

その後ろには真っ赤なスーツのイタリアのジュリア、水色のマーメイドラインを着たロシアのアナスタシア、その後ろにはシルバーのカーニバルマスクで顔を隠したクレモンティーヌ、殿は今日は珍しく黒のスーツ姿の麗華が続く、結構統一感のないメンバーだ、春子はこの派手な入場の仕方を嫌がってここにはいない。


会場の突き当たり、ステージ中央まで来た鉄郎と貴子が来賓にクルリと振り向く、左右に児島と麗華、後方にはジュリア達が並ぶ、貴子が台に乗ってスピーチ台のマイクを手に取ると演奏が止み会場に静寂が訪れる、自然と皆の視線が貴子に集まった。



「え~、皆さんには今から”ちょっと”殺し合いをしてもらいます」


シ~~~~~~~ン


貴子の発言に静まり返る会場、皆どういう反応をしていいか迷っている、その中で加藤貴子を良く知る楊夫人とエリザベスとラウラは「マジか!」と緊張と警戒を高めた。


コツン


「あうち」


「貴子ちゃんが言うと信じちゃう人もいるんだから、そう言うこと言わないの、メッ」


「いや、ジョークだよ鉄郎君、会場を和ませようとだね」


「真面目にやらないと駄目だよ、これから皆んなにはお願いしなきゃならい事があるんだから」


貴子の頭に鉄郎がコツンと軽く拳骨を落とす、その一見イチャイチャしているようにも見れる光景にある者は羨望を、またある者は苦虫を1ダースほど噛み潰した表情を作った。


「男の子に頭コツンって、私もやってもらいたい」

「鉄郎様ぁ、私にもメッって叱って!」


「調子に乗っとるな、あいつ、後でお仕置きだな」


ざわつく会場に貴子が仕切り直しとマイクを構える。


「コホン、今日ここにいるのは現在世界政府に加盟している各国の代表達だ、わざわざ集まってもらったのは他でもない、大変重要な事をお前達に直接伝えるためだ、私の婚約者である国王鉄郎からの玉音、心して聞くがいい!」


貴子のどこまでも上から目線の物言いに隣で鉄郎が苦笑いを浮かべる、会場の反応は貴子の正体を知る者と知らない者で分かれる、前者は顔をしかめ、後者は子供が背伸びしてるんだなと温かく見守った。そして貴子が一歩下がり、鉄郎がスピーチ台に立つと皆が注目した。


「皆さんこんばんわ、鉄郎王国国王 武田鉄郎です、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」


鉄郎が一礼して一人一人を見つめるように視線を走らせる、それだけで顔を赤らめる者も多かった。


「実は皆さんに僕からお願いしたいことがあって、今日はこのような場を作らせてもらいました。

え~、これより100年間、皆さんの国は僕の支配下とさせていただきます」



「「「「「「「………………」」」」」」


「「「「「「「は?」」」」」」

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