第159話 迎賓館

シンメトリーな造りの外観に白壁とターコイズブルーの屋根、明治に東宮御所として建てられた迎賓館赤坂離宮、この日本においてこれほど豪華で歴史ある西洋建築はそう多くないだろう。

長い歴史で数多くの著名人や国賓を迎えたこの建物だが、今日はいつもとはいささか雰囲気が異なっていた、張り詰めた空気とでも言おうか、まぁ広大な敷地一杯に蒲郡が連れて来た戦車や装甲車、草色の服に身を包み小銃を担いだ自衛隊員が闊歩しているのも緊張感を高めるのに一役買っているのだが。


宮殿のような玄関を抜け赤絨毯の敷かれた大理石の正面階段を登ると羽衣の間に到着する、舞踏会にも使える広い室内、赤と白を基調とした室内に金のレリーフが随所に施されている、高い天井を見上げれば3基の豪華絢爛なシャンデリアがこれでもかとキラキラと煌めいている、今日はこの豪華な部屋が会議前の待合室として使われている、なんとも豪勢な使い方だ。

滅多に集まることのない世界でも重要なポストを担う人々が、これ幸いと社交に勤しむ、アルコールこそ出されないがまるで貴族のパーティーのような雰囲気が流れている。


今回の世界会議ではG9だけでなく関係各国の代表にも召集がかかった、今話題の鉄郎王国からの突然の呼びかけに、場馴れしていない者はこれから何が起こるのか期待と不安でソワソワしながらその時を待っていた。

そんな中でも流石に落ち着きはらっているのはイギリスの女王エリザベスだ、生粋の王族だけにパーティーの雰囲気には慣れ親しんでいる、優雅にティーカップを手にドイツのラウラと談笑していた。


「クイーン、今日の会議、議題はなんでしょうね」


「そうですね、差し当って気になるのは敗戦国となったアメリカ、フランス、インドの領土の分割でしょうか」


「ふむ、フランスのクレモンティーヌが行方不明というのが気になりますが」


「あら、彼女は案外彼の国に取り込まれているかもしれませんよ」


「あいつがですか?」


隣国のクレモンティーヌをよく知るラウラが、エリザベスの言葉に疑問符を浮かべる。クレモンティーヌの貴子への激しい憎悪を知っているだけに、貴子の軍門に下るなどにわかには信じがたいものがあったのだ。


「でもそうなるとフランスは私達としても扱いに困る領土かもしれませんね、まだアメリカの方がメアリー大統領が亡くなっているだけに簡単に事を進める事が出来るかも、その点マダムヤンはうまくやりましたね」


「中国は、楊夫人は最初からあの戦争が起こることを事前に知っていたと? まさかメアリーが死んだのは…」


カツン


「ふぉ、何やら面白い話をしておるな、私も混ぜてくれんか」


二人の後ろから杖を突く音が聞こえ振り返る。


「や、楊夫人!」


二人の会話に割り込んできたのは中国のマダム楊、その隣にはチャイナドレス姿でナインエンタープライズの李 花琳かりんが笑顔で立っていた。


「あら、楊夫人とナインエンタープライズの華琳さん、お二人がこのような場所でご一緒とは珍しいですね」


エリザベスが薄く笑みを浮かべながら楊夫人と花琳を観察する、先の戦争でアメリカをいち早く包囲し無力化した中国とロシア、だがロシアはナインエンタープライズの傭兵部隊に資金提供という形で体裁を保ったにすぎない、主戦力はやはり中国軍、この会議で宙に浮いたアメリカの領土を声だかに主張するには十分な功績と言える。

エリザベスとしてもフランスよりは旨味の多いアメリカの領土を獲りたかったが、情報を掴んだ時にはすでに中国軍はアメリカの海域に侵入していた、イギリスの諜報部ですらそんなに早い段階で戦争開始の情報を掴めなかったのに何故中国がと思っていたが、ナインの花琳ならば世界中にネットワークを持っているし、何より加藤貴子と深く関わっている人物だ、どこよりも早く情報を得ていてもなんら不思議ではない。


「ふぉふぉ、何やら私の事を噂しておったようだが」


「いえ、ラウラさんと楊夫人の迅速な対応は流石だと話していたのですよ」

(いつから戦争が起こると知っていた妖怪ババア)


「いや、偶然じゃよ、アメリカに合同演習を申し込んでいたタイミングにあの騒ぎじゃ、私もびっくりしておるよ」

(隣に立つ人物を見ればわかるだろう、イギリスのMI6(軍情報部第6)もたいしたことないな)


「あら、てっきりとっても優秀なMSS(中国国家安全部)が情報を掴んだのに私共にお知らせくださらなかったのかと思ってしまいましたわ」

(ナインエンタープライズの力で知ったくせにデカい面すんな、完璧な抜け駆けだろ)


「ふぉふぉふぉ」

「うふふ」


エリザベスと楊夫人の笑顔にドン引きのラウラが華琳に声をかける、こんな妖怪共に付き合ってられない。


「そ、そう言えば李CEOは加、ケーティー女王の招待で?」


「ええ、我がナインエンタープライズはケーティー女王に唯一入国を許されている、クリーンで優良な企業ですから、今回はオブザーバーとして会議の参加を許されたのですよ、とても光栄なことです」


ラウラは、今までは裏で暗躍していた花琳がこのような表舞台に出てくる意味を考えていた、ケーティー貴子とナインが裏で繋がっているのは、政府上層部の一部ではもはや公然の秘密だが一般の市民が知ることではない、ナインエンタープライズが世界最大の企業であるので独占契約もそれほど不自然なことと思われていなかった、最高機密は加藤貴子がまだ生きていてしかも幼女になっている事、大体現在は幼女であるケーティー貴子が加藤貴子と同一人物であると言って誰がまともに信じられるというのだ。


ナインと鉄郎王国の蜜月の関係、もはやそれを隠す必要がなくなった? ラウラはアメリカの領土問題よりももっと大きな事がこの会議で起こるような予感がしてきた。




カツン


「ふぉ、それにしてもメアリー大統領の暴走には困ったものじゃ、若い男性国王を武力で強奪しようなど狂ったとしか思えん、それに乗ったクリスティーヌやカンチャーナにはどんな思惑があったものやら」


楊夫人が少し大きめの声で話し出す、あきらかに聞き耳をたてている周りに聞こえるようにしている、エリザベスの目がスッと細められた。


「…そうなんですの、まぁ、キング鉄郎は美男子ですから、舞い上がってもおかしくはありませんが、メアリーさん達ももういいお歳ですのにみっともないですわね」


どうやらそんな嘘のストーリーを今回の戦争の落とし所として押し通す気らしい。貴子の正体をおおやけに出来ない以上なにかしらの理由を用意する必要がある、エリザベスは咄嗟にこの茶番に合わせるが、軍人気質のラウラとしては顔をしかめ心の中で思う。


「死んだメアリーに全部責任を押し付ける気か、普通ならそんな馬鹿な理由があるかと一笑にふされるが、鉄郎の嫁争奪戦が世界中でTV中継され、イタリアとロシアが動いたことから真実味が出てしまっている、本当の理由を知るだけに苦笑いしか出てこないわ」





バツン!


その時、突然照明が落ち、部屋が闇に包まれる。


「えっ!」

「むっ」

「何事だ!襲撃か!」



「大丈夫です、心配いりませんよ、ほら」




花琳が落ち着いた声である方向を指差す、するとスポットライトが中二階にあるオーケストラボックスを照らした。


スポットライトの先にはエメラルドグリーンのツインテールを揺らし、全てを見下みくだすように立つ翡翠の姿があった、濃いめのサングラスにライトが当たりビカリと反射する。

翡翠の姿に会場がザワつく、髪型と色は違うが鉄郎の嫁争奪戦のTV中継で見た幼女4人と同じ顔と服装、いやが上にも鉄郎の登場を予感させた。


どう見ても幼女が持てる大きさではないアンプをゴトリとステージに下ろす、メイワンズ・プレステージの5弦エレキベースとアンプをシールドでズコンと繋ぐと、パチカチと電源を入れる。

翡翠は来賓に背を向けながらベースを構えると、5本の弦に一気に右腕を振り下ろし掻き鳴らした。


ガギャァァァァァァァァァーーーーーーーーーーン!!アン、アン、アン


いきなりの大音量に羽衣の間に集まっていた人々が驚く、舞踏会に使われることも有る会場だけに音響が良い、広い室内に反響した音が余韻のように漂う。


「フム」


翡翠は小さく頷くとアンプのボリュームをカチリと一つ上げた、クルリと向き直ると左手を弦の上でスライドさせ、右手の親指を叩きつた。


ダーーダッダダ、ダダ、ダーダッダダー、ダー


ベース特有の低音が会場に流れだす、どこかの黒い兜をかぶって変な呼吸音を出す人物が出てきそうなマーチのメロディー。


「あら、お上手」


イギリスのエリザベスが小さく呟くと、入口の扉が静かに開きスポットライトが当たる、ドライアイスの白い煙が滑るように床一面に広がり始めた。



主役登場の時である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る