第146.5話 負けられない戦い

カ~ンと戦いのゴングが高らかに鳴らされ二人は再び構えをとる。


鉄郎は目の前で構えるアナスタシアを見つめる、両手を前に出し腰を落とした姿勢はレスリングを想像させた。


それにしても綺麗な人だ、ブロンドのショートヘアにエメラルドの瞳、それに長くスラッとした白い脚、藤堂会長もそうだけど、外人さんってなんで皆んなあんなに脚が長いんだろう、腰の位置が違うよね。

それにキリリとした表情がなんともカッコイイ、って見惚れてる場合じゃないな、でもこんな綺麗な人を殴るのはやっぱり気がひけるな、どうやって戦おう?


一方、アナスタシアも鉄郎にじっと見つめられドキドキしながら考えていた。

こうして真正面から対峙してみると違和感がある、鉄郎様の構えが随分と様になっており、思いの外隙が無いのがわかる、素人じゃ無い?


彼女としては男性が格闘技をする事自体を想像していないため故の先入観、ましてやこんな美少年に怪我をするかもしれない格闘技を教え込んでいるなど考えもしていなかった。

これは春子と貴子と黒夢の三人による情報統制で国外に鉄郎の情報が漏れていないことが原因だ。


「じっとしていても始まりませんね、まずはタックルで倒して関節を取り、そのままギブアップを狙いますか」


先に動いたのはアナスタシア、低い前傾姿勢で狙うは鉄郎の脚、鉄郎が半身に構えてるために少々やりずらいが強引にタックルを仕掛ける。

脚を捉える瞬間、鉄郎が後ろに引いていた左足を右足を支点にクルっと半回転、アナスタシアの側面に身体を持って行った、ちょうど背中を向ける形となり、アナスタシアの手は虚しく空を切った。


「えっ?」


「アナスタシアさん、ごめん」


ズダムッ!!


鉄郎の力強い震脚の音がスタジアムに響く。

次の瞬間アナスタシアは側面から強い衝撃を受ける、横から受けたために咄嗟に踏ん張る事も出来なかった。

1mほど宙に浮く身体、かろうじて受け身を取ってマットの上をゴロゴロと転がった。


八極拳でもっとも重要とされるのは体重移動だ、自分の体重を肘や拳に乗せた体当たりと思ってもらえばわかり易いと思う、鉄郎が得意としているのは鉄山靠てつざんこうと言う背中での体当たりの技だ、こう言うと語弊があるかもしれないが八極拳にはあまり派手な技がない、接近短打が多く飛んだり跳ねたりしないのが特徴だ。

基本的に麗華は鉄郎にあまり技を教えていない、套路(型)はやらせているが基本それ以外は単純な突きや先ほどの鉄山靠を十年以上繰り返し練習させている、これは別に麗華が面倒臭がって教えないわけではない、かつて八極拳の達人として名高い李書文と言う人物がいた、彼の言葉に「千招有るを怖れず、一招熟するを怖れよ(多くの技を身に付けるより、ひとつの優れた技を極めよ)」という言がある麗華はこの言葉を、ようは一つでも技を極めればそれだけで足りるんだから、細かい事は覚えなくても大した問題じゃないと解釈、実践している。



派手に吹っ飛ばされて驚愕するアナスタシア。


「何今の? まるで重いサンドバックをぶつけられたみたいな威力、今の攻撃を男性である鉄郎様が……」


アナスタシアも吃驚したが、実は技を放った鉄郎も同じく吃驚していた。

今までの稽古で相手をしていた麗華や春子、黒夢の面々ははっきり言って鉄郎の技などまるっきり効かない連中ばかりだったので、自分の技であそこまでアナスタシアが吹っ飛んだ事が信じられなかった。

ちなみに師匠である麗華がこの技を打った場合、相手は大型トラックや電車に跳ねられたようにズタボロになる。


ここで夏子が言った「ちょうどいいから鉄くんが相手しなさい」の意味がわかる、鉄郎とアナスタシアの実力はかなり拮抗しているのだ。





「こ、これはまずいですね、鉄郎様に勝つには手加減なんてしていられる状況じゃない、本気でいかないと…」


額からツーっと冷や汗が落ちる、負けられない戦いがそこにある、だが。


「しかし、しかし、しかし、しかし、それって鉄郎様に本気で攻撃しなきゃならないってことでしょーーっ!!」


ジレンマでアナスタシアが天に向かって吠える、それに反応したのはセコンドで付いてきた麗華だ。


「鉄くんは私が十年以上の歳月をかけて磨きあげた完璧男子よ!! 女の夢が沢山詰まってるの、イワンなんぞに負けるか!!」


鉄郎を今の状態に育てたのは麗華と春子だ、世界中の女性に感謝されてしかるべくなことだが、それに勝てと言われている当人としては恨み言も言いたくなってくる。


「くっ、今は試合に集中です、後の事は勝ってから考えましょう」


立ち上がると素早く駆け出す、今度は油断もなく鉄郎に接近すると前に出されていた右腕の袖を掴む、鉄郎は咄嗟に腕を引いて払おうとするがその引く力に合わせてアナスタシアは素早く懐に飛び込んだ。


「おわあっ!」


アナスタシアは鉄郎の上着を掴み背負い投げに持ち込もうとする、柔道着ではない薄手の長袍(チャンパオ)だったので投げる勢いで止め紐がブチブチと弾け飛ぶ、当然胸元ははだける事になるのだった。露わになる胸筋とピンク色のサクランボ。


黒夢がすかさずドローンのカメラで鉄郎の胸元をズームさせる、アンドロイドのくせにサービス精神はバッチリだ。


オオオオオオオオォ、めったに見れないお宝映像に観客総立ちであった。


「なっ、な、生ちちぃ!!」

「ポロリもあるの!!」

「しまったぁーっ! 録画してこなかった!!」


そして至近距離でお乳を目撃したアナスタシアの思考が停止する、投げを打つのも忘れて凝視してしまう。


「あれ?」


投げられるのを覚悟した鉄郎だったが、この隙に振りほどいて距離をとる、服ははだけたまま構えをとり直した。


「アナスタシアさん?」


「て、鉄郎様、ふ、服が…」


「ん、ああ、この服投げ辛かったですか、結構テロテロした薄い素材だから破けちゃいましたね」


「いえ、そう言うことじゃ、あ、あの下に何も着てらっしゃらないのかと」


「はい?」


「せめて下にTシャツでも着てもらえませんか、試合に集中出来なくて」


顔を赤くしながら訴えるアナスタシア、三十路女のくせに意外と初心だったりする、これが夏子やジュリアだったらそのままペロペロしてくるかもしれない、危なかった。


ここに来てようやく状況を理解した鉄郎、かと思いきや「やっぱり投げ技主体の人だと、こんなペラペラの服じゃフェアじゃないかな」と見当違いの事を考えていた。


「わかりました、児島さん、ちょっとタイム。服を着替えます」


その言葉に観客から「エェ~」と残念そうな声が上がる。お茶の間でTVに噛り付いてる女性達も同じようにため息をついた。耳まで赤くしていたアナスタシアはホッと一息ついた、あんなエロいもの見せられながらまともに試合など出来ようもない。


「黒夢!」


「パパ、コレを」


鉄郎が一言呼べば出来るアンドロイドである黒夢は、シュタっと駆け寄り柔道着とTシャツを渡して来た、まさに以心伝心と言えよう。


「お、流石黒夢、わかってるね、ありがとう」


「パパと黒夢は一心同体、ツーと言えばカー」


次の瞬間、鉄郎は破けた長袍(チャンパオ)をあっさりその場で脱ぎ捨てた、引き締まった肉体が惜しげもなく晒される。


「「「「「ウキャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」」」」


「おわぁ!な、何?」


スタジアムが黄色い悲鳴で埋め尽くされる、あまりの大音量に鉄郎は上半身裸のまま吃驚して立ち尽くした。

世界中でTVの前で噛り付いていた女声達も同じように悲鳴を上げた、加藤事変から50年、世界中継で初めて男性の裸が映像として流れた瞬間である。


「コラーーーッ!!鉄郎君、ひ、人前でそんなエッチな格好しちゃ駄目ぇーーーーーーー!!」


放送席で貴子が叫ぶ、春子だけは「そう言えば、そう言う教育はしてなかったね」と冷静に考えていた。

いや、冷静なのがもう一人、レフリー役の児島も静かに胸元からイエローカードを取り出して鉄郎に掲げていた。


「鉄郎さま〜、エッチな攻撃は試合前に禁止と言ったはずですが♡」


「いやだって、家で稽古してる時だってこれくらい普通だったし、李姉ちゃんだって何も言ってなかったよ」


会場が騒然とする中言い訳を始める鉄郎、いいから早く服を着なさい。


アナスタシアと言えば、鼻を押さえてその場にうずくまっている、床にはポタポタと赤い液体が垂れていた。


どうなるんだこれ。

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