第206話 ある情報部員が見る鉄郎王国
フランスでのいきなりの皇帝宣言とは違い、今回は全ての民衆に鉄郎を受け入れる心の準備が出来ている、この差は観客数と歓声の大きさが表していた。
貴子は大歓声に手を振っている鉄郎を後ろから見て、貴子らしくない長い人生で初めて優しい慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
それを横目で見た春子がギョっと驚いた顔をして呟いた。
「えっ、誰こいつ?気持ち悪い」
「……春子ぉ、人が珍しく感動していれば、今度寝てる時に足の指に白癬菌塗りたくってやる」
舞台上でそんなしょーもない事が起こっている中、とある観客席では。
まさに歴史的瞬間に私は立ち会っている、感動で先ほどから体の震えが止まらない。
パリ宣言の時はまだ戦争直後でアメリカを始め各国の情勢が不安定だっただけに、今回あらためて本国での正式な世界統一宣言だ、アメリカでのゾンビテロを制圧した活躍を見た以上はもう誰も反対する者はいないだろう?
世界統一を宣言した皇帝鉄郎氏が演台で手を振っている、その光景を私はフツフツと湧き上がってくる感情が爆発してしまわないように抑えながら見つめる。白のタキシードに漆黒の髪と瞳、まだ幼さを残す甘い顔立ち、あぁ。
「エクセレントォ!!パーーーーーフェクト!!」
いけないいけない、立場上目立つわけにはいかない。
私の祖国はこの世界統一宣言に唯一含まれない国、ザ・ユナイテッドキングダム、皇帝鉄郎氏の祖国ジャパンではイギリス?と呼ばれているらしい。そのジャパンで行われた各国の重鎮を集めた国際会議で我が国のエリザベス女王陛下はなぜか鉄郎王国への加盟を拒否した、その事を知った国民は大半の者は妙に納得していたが、私を含む一部の者は強く反発した、今我が祖国にはそれほど余裕はない、一向に増えない男性人口、食糧問題にエネルギー問題、軍事的に考えても彼の国への加盟、従属は当然ではないか、なぜエリザベス女王はそれがわからないのだ。
しばらくしてエリザベス女王に皇帝鉄郎氏からお茶会の招待状が届く、女王はそれをまるで愛しい孫からの手紙のように微笑みを浮かべながら目を通すと、いそいそとジェット機をチャーターしてアフリカ?まで出かけてしまった。行動力あるなババア。
そしてかなりの量の食糧物資援助の契約を取ってきた、あれ?電力も分けて貰えるんですか?それって事実上…。
私が所属する秘密情報部、通称MI6に皇帝の就任式典に潜入する任務の命令がおりた、我が国のエリザベス女王は加盟を拒否した立場上、式典に参加しない旨が007のコードネームを持つ私に伝えられた、入国手続きの際に噂の黒夢シリーズの一人と目が合う、青を基調としたゴスロリドレスにさらりと青髪が揺れている、たしかこの色は
本来なら1体でも世界征服が出来ると言われている黒夢シリーズ、それが現状24体もいる事の意味に気づかないような鈍感な思考の持ち主では情報部や国のトップ、組織の頂点はつとまらない、あの可愛らしい人形のような外見に騙されては痛い目をみる。
事実、火力でも電子情報戦でも現在この国と戦争して勝てる国なんかこの地球上に存在しないのだ。
ザワッ
「おぉ!あれが武田春子様、世界政府の武の象徴!カッコいいィ」
「え、春子様って今何歳だっけ、おばあちゃんのくせに綺麗過ぎない」
皇帝鉄郎氏が世界統一宣言を終えると新政府の幹部を紹介を始める、最初は軍事のトップを務める武田春子か。
式典で皇帝の次、対外的にもっとも目立つ存在は武田春子だ、一時期は旧世界政府の軍部のトップに立って刀を振るっていたカリスマは、やはりオーラが違う、彼女には今も熱狂的な信者が世界各地に大勢いるし知名度は抜群、少なくとも武田春子が生きている間はその信者達は動く事はないだろうし、あの立ち姿を見る限り当分はその地位を務めることが出来るだろう、その春子の後継者とまで言われたナインエンタープライズのエヴァンジェリンの姿も隣にあり氾濫を企てる組織に睨みをきかせるには十分だ。
あ、あの後に並んでる東洋人ってルーシー・リューじゃないの!李麗華もいるし、新旧のツートップが揃ってるなんてとんでもない豪華で強力な布陣ね。
ドヨッ
「へぇ、あれが幼女王ケーティー貴子か、なんか妖精みたいに可愛いけど、色違いで同じ顔がいっぱいいるんだけど…」
「なんか自分で作ったクローンだか、アンドロイドって話だけど、流石世界を救おうって子供はやっぱ頭の出来が違うのかね」
「バベルの設計も彼女らしいわよ、天才幼女ね、けどなんかあの顔見てるとなぜかイラっとくるわね」
「なんでドレスの上に白衣着てんの?」
次に紹介されるのはこの国の幼女王ケーティー貴子こと加藤貴子だ、その狂人的な頭脳は紛れもなく人類最恐、50年前に人類を滅ぼしかけた最恐最悪のテロリスト。
どうやったのか若返って再び表舞台に戻って来た、加藤貴子としてはアメリカが人々の世界政府への不満解消の為に先走って殺害した宣言を出してしまっているので、世間的には死亡している、だから今あそこに立ってるのは謎の天才幼女という事になっている、真実を知る情報部の私としては実に複雑な心境だ。あの場で隣に立っている武田春子の心境は一体どのようなものなんだろうか。
だが、加藤貴子の頭脳なくしては人類滅亡の危機は回避出来ないのが現実だ、壮大なマッチポンプとも言えるが男性出生率の向上、そのうえ上世界の電力事情を一気に解決する頭脳は化物以外の何者でもない。
あのドヤ顔は心底むかつくが。
ザワッ
「何ぃ!あの幼女が皇帝武田鉄郎の妻だとぉ、ふざけるな!!お願い私も混ぜてぇ」
次は皇帝の嫁の紹介だ、嫁は全員純白のドレスを着ているのでわかりやすい、真っ先に幼女の加藤、いやケーティー貴子が紹介されて会場がどよめく。次にちょっとパッとしない女が正妻として発表される、住之江真澄とか言うジャパンの胸の大きな女だ、こいつもにやけ顔がむかつく、第2夫人として東堂京香とか言う色気のある人物、第3夫人として同じ苗字の東堂リカが紹介される、同じ苗字?資料では親子だったがあの見た目、姉妹だっけ?なんか第2夫人の京香をぐぬぬって凄い顔で睨んでるけど。
その次はイタリアの首相ジュアリア・ロッシ、こいつもドヤ顔でむかつくな、だからラテン女はチャラくて嫌いなんだ。
最後はロシアの王族アナスタシアが微笑みながら観衆に手を振った、こいつ、皇帝陛下の腕折っておいて妻になれたのか。
凄え心が広い男だな皇帝陛下。
と言うか第1夫人と第2夫人、妊娠してないか?そんな情報もらってないぞ!仕事しろよ情報部!(MI6)
あれ?、李麗華は嫁にはならないのか?確か皇帝が小さい頃からジャパンで一緒に暮らしてたよな、資料では嫁候補ナンバー1だったはずだが。
貴子の後に立ってる児島鈴が、悔しがってる李麗華を見て笑っている?一体何があった?
ん、次は医療部門のトップとして第2夫人の東堂京香とジョージ・エバラとか言う白人の幼女が紹介される、また幼女?幼稚園児が白衣着てるようにしか見えん。
ま、まさか、…あれがエボラ教授か!加藤といいエボラ教授といい揃って幼女化とはやっぱり科学者は狂ってないと出来ないのか。
ザワザワッ
「えっ、ワクチンの共同開発者、男性出生率50%ぉ!うそ~ん」
この発表には会場が沸く、当たり前だ人類50年の悲願がついに実現しようとしてるのだから、私も思わず叫びそうになった。
おまけとして武田春子の娘である武田夏子と黒夢シリーズの黒い子による模擬戦が披露される。たしかあれが黒夢シリーズの原点、最初の機体だったはず。
ドギャギャギャギャギャギャギャギャギャ、ズガガガガアガ!!!
ポカ~ン
「……あれに勝てる人類はいないわぁ、心ポッキリ折られた。あれと互角に戦える武田夏子って何者?たしか医者じゃなかったっけ、うちの情報部 (MI6)本当に役立たずだわ、そりゃ女王もこの国を直接見に行ってこいって言うわ、本当にビックリ箱みたいな国ね」
その後に行われた黒夢シリーズによるデモンストレーションも衝撃だった。
黒夢シリーズってハッキングなどの電子情報戦だけじゃないんだ、何よ全員があの戦闘力を持ってるって言うの!人間には分身の術なんて使えないのよ!弾丸を手で弾かれたり避けられたらどうしようもないじゃない!
招待された各国のお偉いさん達も、口をポカ~ンと開けてマヌケ面をさらしている、気持ちはわかるわぁ、自分の目で実際に見たインパクトは文字だけの書類なんかじゃ絶対に伝わらないからね。
でもこれ確実に私達の心を折りにきてるわね、これ見させられてまだ逆らう気が起きるのはよっぽどの大バカか貴子を超える超天才だけよね、この式典のメニューを考えた奴は本当に性格悪い、やはり加藤貴子が考えたのかしら?
ん、児島鈴と目が合った気がしたんだけど、まさかね。
「はぁ、今日は疲れたぁ。マスター、スコッチをダブルで〜」
式典を終えてコロンボのホテルのバーに入る、スコッチをダブルで注文した。とにかく強い酒が飲みたかったのだ。
カチィン ボッ
ポケットからコリブリのオイルライターを出すとロスマンズに火をつけ一服、紫煙をため息とともに吐き出す。
「はぁ~、うちの女王様はこんな国相手に何をやろうってんだろうね」
戦力的に情報戦でも、カリスマでも、この国に対してどんな戦争を仕掛けても現状で勝ち目は0%だ。なぜ女王はこの国への加盟を拒んだ、このまま年月を重ねてもうちの国が不利になるだけで有利になる姿がまるで想像出来ない。
ギシッ
「あら、マッカランの18年があるのね、ではそれをロックで、ついでにお隣の方にも作ってさしあげて」
「へっ」
「ご苦労様、奢るわよ」
ガタタッ
「へ、陛下…いらしてたのですか!」
「しっ、声が大きい、こんな教科書にのるような歴史的瞬間は、やはり自分の目で見ないともったいないじゃない」
女王陛下が変装用の伊達眼鏡を指でクイッと持ち上げながらニマリと笑う。
「それにしても鉄郎さん、やっぱりいい男だったわぁ、やっぱり国のトップはあれくらいルックスが良くなくちゃね〜」
「…それは激しく同意致しますが」
「あら、なにか言いたげね、今はお忍びだから聞いてあげるわよ」
「じょうお…貴女は、あの式典を見た後でも考えを変える気にはならないのですか?」
「ふふ、国というものは恋愛と一緒なの、付かず離れずが基本よ、従順になれば必ず愛されるわけではないの、現に我が国の立場は良い意味でも悪い意味でも世界中からとても注目されているわ、大国のアメリカや中国よりもよ」
女王はグラスをカラランと鳴らしてウインクした、おばあちゃんのくせに妙にかっこいいんだよなこの人。
「でも…」
「現に世界中でうちだけがこの国に意見を言う権利を持ってるの、これ凄く重要なのよ」
確かに他の国の連中は、この国の命令には嫌と言えない、その代わりに生活は保護、保障されて…。
でもそんな依存状態で良いのか?でも人類としては。
「良い女ってのは、少しくらい我儘なほうが男に愛されるものよ、他の女と一緒の扱いにされてジョンブルの淑女が我慢できるわけないじゃない」
「…………。」
ガタリッ
「じゃあ、私は先に国に戻るわね、まだやらなきゃいけない書類が残ったままなのよ」
そう言って明るく笑うと女王陛下は去って行った。
「ふぅ、そんな恋の駆け引きなんて私の年代じゃもう出来無かったんだから、わかるわけないじゃない」
私はとりあえず女王の奢りのマッカラン18年ボトルを飲み干す事に決めた。
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