第205話 世界の始まり

その日、地球上の人類全てが一人の男、史上初の地球皇帝となる武田鉄郎に注目していた。

街からは人の姿が消え、TV中継が見える所に人が群がる。

ここ最近はどこに行っても、誰もかれもが鉄郎の話題で盛り上がっていただけに、今日と言う日を楽しみに眠れない夜を過ごしていたのだ。

まぁそれもしかたない話だ、なにせ前代未聞の地球全体の195カ国を統べる皇帝だ、1国だけを統一するのとは規模が違う、長い人類の歴史でも初めての快挙、当然反対勢力もあったが現在は何が有ったか知らないが沈黙を守っている。世界各地で黒夢シリーズの目撃情報は噂されたが肝心の映像はどこにももこっていなかった。

鉄郎王国に来れなかった人々はTV中継が始まるのを、モニターの前に集まり今か今かとワクワクした気持ちで待っていた。






午前8時 武田邸出発。


コロンボの武田邸からキャンディにあるバベルの塔の前に作られた祭壇までの約3時間の道のりは、沿道を観客に隙間なく埋め尽くされており、先頭を行く鉄郎を乗せたメルセデスのオープンカーに続くように1km近い長い車列がゾロゾロと付いて行く。

最後尾のエボラ教授が乗っている、黒塗りの大型トラックの30台の威圧感がやけに凄い。





午前11時 会場到着。


バベルの塔の根本から猿の腰掛けのように扇状に建てられた真っ白な祭壇、中央には赤絨毯が轢かれ演説台まで伸びている、白と赤のコントラストが実にめでたい、かなり大きなステージなのだがバベルの塔が巨大すぎるために小さく感じられる。

心配されていた天気もバベルの塔を中心に、貴子が雨雲を消滅させて天候操作してあるため、雲一つない青空が広がっている。

屋根がない為に本来であれば炎天下では暑いかもしれないが、今は島全体を覆うバリアが会場を適温を保っていた。


中央通路の左右にはそれぞれに彩鮮やかなドレスで10体づつの黒夢シリーズが等間隔で並び、マーチングドラムを微動だにせず構えている。


そこに鉄郎を乗せたメルセデスが会場に到着した。運転手を務めていた麗華が先に降りてドアを開き一礼する。


ザッ


祭壇に向かう通路に横付けされたメルセデスから、白いタキシード姿の鉄郎が降り立つと空を見上げ巨大なバベルの塔を眩しそうに仰ぎ見た、やはり昼間にこの距離で見るとその巨大さが良くわかる、塔の先端なんか見えやしない。


ドォワァァーーーーーッ!!


キャンディの街を埋め尽くす観客から大歓声が、いや国中から、それどころか地球上のTV中継がされている全ての地から響き渡った。

空気が震える、有史以来、人類が初めて真に1つになった瞬間である。



タカタッ、…タカタッタ、タカタタン、タカタタタタタタタタタ!


黒夢シリーズによる軽快なマーチングドラムが会場に流れ出すと、観客のボルテージは一気に膨れ上がった。


ボンボンボンッ、ボンブベキョベキョ!


翡翠が愛用の緑色にペイントされたメイワンズ・プレステージ5弦ベースをはじき始めた、それを合図に鉄郎が赤絨毯の上をゆっくりと歩き出す。

その後にはケーティー貴子が、次に住之江真澄と東堂親子、ジュリアとアナスタシアと現在妻の立場の者が純白のドレス姿で続く。それを守るように左側には武田春子と児島が、反対の右側には武田夏子と李麗華が並び、その後からは親衛隊とメイド姿の学園の生徒が続いている。まさに本国開催ならではのフルメンバーだ。


コツコツコツ


鉄郎が一歩歩くたびに歓声が徐々に静かになって行く、声を上げるより新たな皇帝の姿をその目に焼き付けようとしているのだろう、祭壇の端に作られた演説台に鉄郎が着く頃には会場では誰一人声を上げる者はいなかった。


シーーーーーーーーーーン、ゴクリ


鉄郎のバックには貴子や春子達幹部がズラリと並び、約2400mの超高層、電力消費量10兆9千億kWhを賄える夢の発電システム、バベルの塔がそれに合わせるようにうっすらと発光を始める、上空から塔の冷却の役目を終えた霜が雪のようにサラサラと舞い踊り陽光に照らされキラキラと輝いている。

鉄郎の背後でまるで後光がさしてるように眩しい。まさに神演出だ。


鉄郎が演台に立ち静寂に包まれた会場をぐるりと見渡すと、ゆっくりと口を開く。




「お集まりいただいた方々、そしてTVでこの中継をご覧の皆さま。この度史上初の地球皇帝となりました、武田鉄郎です」


その言葉と姿は雪の結晶のスクリーンに複数の言語で同時翻訳され映し出された。


ウワァァァァァァァーーーッ!!


その一言で鎮まり返っていた会場に歓声が戻るが、鉄郎が手を上げて鎮まるようにジェスチャーするとすぐに静かになった、この世界の女性がいかに男性の言う事を素直に聞くかわかる一幕だ。


「今日の就任式、僕は今からこの世界の皆さんに、重大な事をお知らせしなければなりません」


鉄郎の言葉に観客のほとんどが首を傾げる。



「我々人類は、後100年で絶滅するところでした」


ザワッザワッ


世界が一つになっためでたい日にいきなり何を言うんだと、観客がザワザワと騒ぎ始める。

人類滅亡の事情を知っていた人達は表情を引き締めた。


「だけど、安心してほしい!これは文字通り過去の話にすることが出来ます、人類を絶滅から救うには、原因である狂ってしまった今の男女比を修正する必要があります」


パリでもそうだったようにこの話題になると皆が真剣な表情になる。男性不足でまともな恋愛が出来ないこの歪な世界に耐えるのに、50年と言う時間はあまりにも長過ぎたのだ、もはや我慢の限界だったのだ。


「現在この国では約10万の女性が妊娠状態にあります、そして年間目標である70万人を目指し人工授精を今も施術中です、これにより1年後には約50万を超える数の男子がこの世界に誕生するでしょう」


50万人の男性の誕生の言葉に一瞬喜ぶも皆の頭に?マークが浮かぶ、あれ、計算間違ってねぇ、70万人だったらいいとこ20万に届けば御の字だろう。


「1年間はこの国での施術のみの出生率ですが、来年度からは傘下の各国でも男性出生率50%を目指して行けるでしょう」


ザワッザワッ


見目麗しい皇帝陛下のお言葉には、妙な説得力があった。


「最終的には1:1の男女比を目標に、世界を動かしていきます。そうですね、具体的には世界各地の男性特区の開放を段階的に実施致します」


混乱した頭に追い討ちをかける男性特区開放の言葉に観客がゴクリと唾を飲む、嬉しいけど信じていいのかわからず、会場もTVの前の人々も次の言葉をじっと待った。


「そしてそれを実現するには全人類の協力が必要となります、そのために…」



鉄郎は一度、深呼吸をした。




「皆さん 僕はこれから生まれてくる子供達に明るい未来を見せてあげたい」


「皆さん 僕は笑顔が好きです、悲しい顔は好きになれません」


「皆さん 僕は戦争が好きじゃありません」



「だから…」



「今、この時より100年間、この地球上での全ての戦争を禁止します!」






息を飲み鎮まりかえる会場、観客の視線がそんな事は絶対に無理だと訴えてくる、そんなもの歴史が証明しているじゃないかと。不安を見せた観客を黙らせるように強い意志を込めて鉄郎が見つめる。


「戦争を確認した瞬間、僕がただちに仲裁・鎮静に向かいます、これは昨日さくじつのアメリカで起きた事件を見ていただた方なら、わかってもらえると信じています」


まだ人々の記憶に新しいアメリカでのゾンビ事件鎮圧は鉄郎の言葉に真実味を増してくれた。

生活が変化するのだ多分争いは起こる、だけど、たとえどこの国や組織が相手だろうが黙らせてみせる、そんな意志を込めて再度集まった人々を見渡す、今度は返ってくる視線に熱い意志を感じた、うんうんと頷く人もちらほら見えた。


「僕の国にはそれだけの力があります!今やらなければ取り返しのつかない事になるんです!何度でも言います、もう人と人が争っている暇はないんです!今から皆さんの50年の行動次第で人類の未来が決まるんです!」


いつぞやも世界会議で政府のお偉いさん(G9)を前に同じような事で啖呵を切った、いまではそのお偉いさん達も仲間になっている。


なにより、後を振りからないまでも燃えるような気配でわかる、貴子ちゃんとお母さん達がその覇気を隠す事なく解放している。

そう、今この国には世界最高の頭脳と世界最強の武力が揃っているのだ、まさに奇跡とはこの時代の事を指すのだ。


鉄郎は再度会場をぐるりと見渡す、会場の人々全員と目が合った気がした。その瞳には希望の灯が灯っている。


ならば言おう。



「ここに地球の人類全ての統一を宣言します!」



ドワァァァアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーッ!!


歓声が爆発する。

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