第204話 眠れない夜

カチ、カチ、カチ


「ね、眠れない」


普段は気にならい時計の音なのに一度意識してしまうと、凄く耳障りなのってなんでだろう。

ふと目覚まし時計を見れば針は11時をちょっと過ぎた辺りを指していた。


「う~ん、明日の事もあるし、早く寝た方がいいんだろうけど寝られないもんはしょうがない」


自分で思うよりも興奮しているのかな、今日は隣に黒夢も居ないし思い切ってベッドから身体を起こした。

廊下に出るとまだ人がどこかしこで忙しく動いている気配がある、こんな時間なのにまだ働いてるんだ。

水でも飲むかと階段を降りてロビーに行くと、お母さんが一人でお酒を飲んでいた、あれ?昼から飲んで無かったっけ?


カラン


「あら、鉄くん。どうしたの、寝られないの?」


「あぁ、なんか目が冴えちゃって」


「そう言う時はお酒……あ、温かいミルクとか飲むといいらしいわよ」


おや?お母さんが珍しくまともなアドバイスを……。


「あっ、お母さんが添い寝してあげようか♡」


やっぱり気のせいか!


「全力で遠慮します!」


そんなの色々な意味で余計に寝れなくなるわ、思春期の息子舐めんな、まったくこの人は。


「それか、バイクでちょっと外を走ってくれば頭の中もスッキリするわよ」


あ、それいいかも。ちょっと頭の中を整理したいし丁度いいね。





ガラララッ


「どうする?こっちのカワサキの方が1000ccで速いけど」


お母さんが自分のガレージのシャッターを上げながら聞いてくる。なんか奥の方に一杯カバーがかかったままのバイクがずらりと並んでるんだけど。

手前に置いてあるガンメタと緑のツートンカラー(H2)といつもお母さんが乗ってる白と青のバイク(NSR500)、どちらかを僕に貸してくれるらしい。


「えっ、あんまり速いのは怖いからいいよ、いつものお母さんのバイクで、500ccでしょソレ」


バイクの排気量で速さを判断する鉄郎だが、夏子がこのマシンでジュリアのドゥカティ(1000cc)と互角のレースをしていたのは夏子の運転が上手いせいだと思っていた。それに免許を取る時に市販の750cc (CB750F)のバイクに乗った経験があるのも勘違いを助長していた。


「う~ん、まぁいっか、お母さんのバイクの方が軽いし余計なものがついてないから運転は楽でしょ」


夏子はそう言ってエンジンをかけた、パリィーンと元気よく化物マシンが目を覚ます。


「モンキー乗ってるし、操作はわかるわよね」


「うん、大丈夫。前ブレーキは右手で後は右足でいいんだよね」


「うん、この型はサムブレーキじゃないからそれで良いよ、こまかい事は乗ってれば感覚でわかるから」


サム?、グローブをはめながら返事をする、まぁ、そんなに飛ばすつもりはないけど速いバイクに乗る時は手袋とヘルメットはつけないとね。


パンパンパパン


「よいしょ、おっ、前傾姿勢きっついね」


お母さんのバイクに跨る、なんか車体が軽い?これなら取り回しも楽でいいか。

(黒夢が色々なパーツを素材から変えているので、本来の物より10kgは軽量化している、市販の125クラスのバイクより軽い)


「じゃあ、お母さんバイク借りるね、ちょっとバベルまで行って戻って来る」


夜の街を走るにはお母さんのバイクはちょっとうるさいから山道の多いバベルの塔方面を選ぶ、モンキーじゃスピード出ないからバベルまで行ってたら朝になっちゃうしね。


プゥァラララン


僕はアクセルをゆっくりと開けると屋敷の外に走り出した。




「くっ、お酒飲んでなきゃ一緒にツーリングに行けたのにィ」


鉄郎を見送ると夏子はくやしそうに呟く、そして何も見えない夜空に向かってヒラヒラと手を振った。


「しゃーない、もうちょっと飲むか」





ズギャアァァ


「な、な、何、このバイク速いけどまともにまっすぐ走らないぞ!おっとと、アクセル開けると後のタイヤがズルズル滑る!」


そりゃ、200馬力超えのレーシングマシンですから素人の鉄郎には手に余る代物です、けど、武田の血が成せる業なのか鉄郎は器用にも急坂をかけ登って行く。


ズルルゥ


「ああぁ、もう!なんなのこのバイク、ちょっとアクセル開けるとすぐ滑る、お母さんちゃんと手入れしてないんじゃないの」


想像以上の苦労はしたが鉄郎は無事バベルの塔が見える所までたどり着く、最後の方では慣れたのか結構普通に走ることが出来ていた、やはり蛙の子はおたまじゃくしだ。



「ふぅ、やっぱこのバイク速いのか?まだこんな時間じゃん」


カシオの安っぽいデジタル腕時計を見ながら鉄郎が呟く、思ったより時間が経ってない。見上げれば煌々こうこうとライトに照らされたバベルの塔が聳え立っている、まだ作業してるようなので邪魔になるかと思い近くまでは行かなかったが、ここまで走って来たおかげで随分と頭の中は空っぽにする事が出来た。


アメリカでのエボラ教授による暴動?を収めた事により、鉄郎はいよいよもって全世界を実質的にその支配下に完全に置くことになる、唯一イギリスだけは仲間に出来なかったが女王様とは一応良好な関係は築けている、今度バッキンガムでお茶会の約束もしているし。

明日、いやもう今日か、その式典で鉄郎はこの地球全土に向けて2度目の支配宣言を行うのだ。


バベルの塔をバックに背負いながら鉄郎はキャンディの街の夜景を見下ろす、もう日付も変わったのにまだ灯りがついている家が多くある。


「世界統一か、僕が皇帝って今でも嘘みたいだな」


ただの高校生だった鉄郎があれよあれよと、世界の皇帝陛下様だ、貴子や春子がバックに付いているとはいえ普通ではとても考えられない大出世だ、こうしてゆっくりと一人自分を振り返って考える事が出来るのもおそらく今日が最後と言える。


「このゆがんでしまった地球を本来の形に戻す、多分これは僕だけにしか出来ない事なんだろうな」


この国はいつかマイケルが言っていた通り、鉄郎を中心に動いている、化物である貴子を従える事が出来るのは今地球上で鉄郎だけだ、そこに春子や夏子の武力、旧世界政府のトップ達、そこに最後のピースとしてエボラ教授と言う頭脳も仲間に加えることが出来た。


もはや運が良いだけでは済ませる事など出来ない、何か強い運命の力を感じた。


「でも、ここはスタートに過ぎないんだよな、皇帝になってからもしなくちゃいけない事がいっぱいある」


まずは男性人口の増加と男性特区の解放、これにともなう諸問題を解決することが皇帝となった鉄郎に課せられた使命だ、命の問題だけにどうしても時間がかかる、どうやっても後20年は種を蒔き続けないと芽が出ることはないだろう、その間に一体何人の鉄郎の血が繋がった子が生まれるやら。

幸い貴子ちゃんとエボラ教授から良い報告はもらっている、喜望はあるのだ、後は実行あるのみ。


パチンと気合を入れる様に頬を叩く。


「よぉーっし!頑張るぞぉー!!」


鉄郎は拳を夜空に向けて突き上げる、叫んだ声は闇に浮かんだドローンがしっかり拾っていた。

バベルの塔では麗華やクレモンティーヌ達が窓にへばりついて並んで佇んでいる鉄郎を見ていた、やはりバイクの音でジュリアに気づかれたらしい。







パララン、パン、パン……。カチャ



「オカエリ、パパ」


屋敷に帰って来た鉄郎を迎えていたのは黒夢だった。


「おっ、もう準備は終わったの黒夢」


「無問題(ノーマンタイ)」


「そっか、ご苦労様」



もう、夜も遅い、そのまま部屋に戻る鉄郎、その後からトコトコついて行く黒夢。


「ありゃ?」


ドアを開けるとベッドの横に出掛ける時には無かった黒いギターとスピーカーが置かれていた。


「黒夢、これは?」


「眠れないパパに睡眠用のミュージックをサービス」


バツン、カチカチカチ


黒夢が黒のレスポールカスタムを手に持つとシールドをマーシャルのアンプに繋いでカチカチとつまみを10の位置に回す。

ミドルサイズのギブソン・レスポールカスタムは幼女である黒夢にもジャストフィットだ(そりゃあボッチちゃんも使うよ)。この辺は5弦ベースをこよなく愛用する翡翠ひすいには軟弱者と捉えられている。


ギュアーン!キロキロキロキロ、ギャギャーーーーーーン!!


ディストーションの効いた大音量、まるでエフェクターを通しているようなハード音が溢れ出る。鉄郎は思わず耳に手を当てて塞いだ。


「黒夢、退場ォ!!」


「ムム、フェンダーストラトキャスターの音の方が良かっタ?」


「翡翠に毒されてない?」



いいから早く寝やがれ。








■後書き

2023年シーナ&ロケッツの鮎川誠さんがお亡くなりになりました、トレードマークの黒のレスポールカスタムを弾く姿は本当にカッコ良くて好きでした。ご冥福をお祈りします。


GW後半は私用でPC弄れそうにないので、次の更新は休み明け5/7(火)になります、ご了承くださいませ。

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