第203話 お祭り前夜

カッコーーン


鹿威ししおどしの音が響く畳敷きの和室、スリランカにいながらここは日本か!と錯覚を起こす純和風の春子の自室。

部屋の主人である春子は、質の良い紫檀したんの文机を前に筆を走らせていた。


今、武田邸では明日の式典の準備でおおわらわであった、なにせ予定してた到着日より3日も早く鉄郎達が帰ってきてしまったのだ、これに関しては中々帰ってこない鉄郎にしびれを切らした夏子が、グリーンノアのAIであるヤマトに勝手に到着を急かす催促を入れた所為せいだった。


その程度なら当初の日程通りにすればいいではないかとの意見も出たのだが、帰ってきた皇帝である鉄郎を歓迎しないわけにはいかない、しかもその光景は全世界にTV中継されるのだ、ならばその興奮を冷ます事なく間を置かずに式典を行いたいのが、鉄郎を支える者達の心情である。


そのような事情もあり、急に慌ただしくなった武田邸において落ち着いているのは既に自分自身でやる事のない春子のみの現状なのだ。


「さて、鉄の様子でも見てくるかね」


アメリカで別れて以来久しぶりに顔を見たのだ、本人が一番忙しいと分かっていても会いたくなってしまう、やはり孫は可愛いのだ、春子の足取りは自然と早くなる。



「キャー鉄郎君カッコいいィ!今度はこっち着て見て」

「うわっ、こっちも似合う!駄目、これは迷う」


カチャ


「いやに騒がしいね、まだ衣装合わせが終わんないのかね」


「「「あ、春子お婆様」」」


「婆ちゃん!助けて~」


衣装が散乱した部屋で、リカ達学院組の女性達に囲まれた鉄郎が疲れたような表情で春子に助けを求める、屋敷に帰って来てからこっち、そのまま部屋に連れ込まれ着せ替え人形にされていたのだ。


「いざ本人に着てもらうと、どれもカッコよくて迷ってしまうんですの」


婚約者のリカが頬に手を当てながら首を傾げる、事前に準備はしていたのだが本人を前にして迷いが出てしまったようだ。


「春子お婆様はこっちとこっちどちらがいいと思います?」


元副会長の平山智加と元委員長の多摩川忍が春子にタブレットを見せつつ意見を求めて来た。

次々と表示される衣装を着た鉄郎の姿 (HPに載せる予定なので結構な枚数がある)、なるほど我が孫ながらどれも良く似合っている、確かにこれなら迷うのも無理がない、孫馬鹿全開の春子も思わず一緒になって頭を捻った。


「えぇ〜!もう今着てる奴でいいじゃん」


いい加減に疲れてきた鉄郎は涙目で訴えるが、そんな愚痴など誰も聞き入れない。愛する男の一世一代の晴れ舞台だ、絶対に悔いを残すわけにはいかないのだ。


「鉄くぅ~ん、お母さんはもうちょっと露出が多めのエッチな方がいいと思うなぁ~」


「いたのかい、あんた!」


後から聞こえた声に春子がそちらを見れば、ソファーでグラス片手にヘラヘラと気分良さげな夏子がいた。出来上がってやがる。

やばい、こんなのに決定権を任せたらどんな衣装にされるかわかったもんじゃない、春子は真剣に考え始めた。









観客席の椅子の下をヒョイと覗き込み頷く、広い会場だけにカメラの死角はどうしても発生してしまう以上、こういう場所は人間の目で確認が必要になるのだ。


「なぁなぁ、何で私が会場の安全確認をせにゃならないんだ」


「うるさい、きりきり働け!ルンバが出払ってて手が足りないんだ仕方ないだろ、私だって鉄君の所に行きたいのに働いてるんだ我慢しろ!」


この王国ではまだ新人扱いのキャメロンが麗華にボヤくが、逆ギレされる。麗華としては夏子に命令されれば従わざるをえないのだ、中間管理職はつらい。


「お前らもさぼってないで動けよ」


ルーシーが麗華とキャメロンに声をかける、こう言う時は麗華よりもよっぽどたよりになる女である。


「「うぇ〜い」」










武田邸の医務室では。


「ほら、動かないでくださいます、測定が出来ないじゃない」


「せやかて、くすぐったいんやコレ」


超音波エコーをお腹から離すと京香は呆れたように住之江を睨む。黒夢から随時データが送られて来てるために、念の為の診断だが、住之江はこの測定作業が好きになれないようだ。


「貴女、妊婦の自覚がありますの?じきにお母さんになるんですのよ」


京香がお小言を言い始めた、住之江は随分と大きくなった京香のお腹を見ながら口を尖らせる。


「京香はんのほうが先やないか」


京香は一瞬キョトンした顔をすると、お腹に手を当てて優しく微笑む。


「ふふ、そうですわね。わたくしが一番ですわね」ドヤァ


「イラッとくんなこの女!」




「タダイマ」


「あら、お帰り真紅しんくちゃん、もう姉妹会議は終わったの?」


「常にお互いリンクしてるから問題ナイ、顔を見るダケ」


「リンクって、まるでSF映画のロボットみたいやな」


「ロボットじゃないアンドロイド」








煌々とライトで照らされたバベルの塔の下では。


「よ〜し、機材チェックもう1回やるぞ!」


仮面をつけたクレモンティーヌがスタッフに檄を飛ばす、それを後で見ていたジュリアがいきなり抱きついた。


「わっ、なんだジュリアか、邪魔するな私は忙しいんだ」


「ふふ、元フランスの首相の貴女がそんな必死になって働くなんてね」


「そういうお前らだって国をあげて協力しているじゃないか」


クレモンティーヌは舞台上で同じく忙しなく動いてるアナスタシアを見つめながら呟く。


「そりゃあ、愛する旦那様の為だもの。ねぇ、羨ましい、羨ましいでしょ」


「うるさいラテン馬鹿!お前も働け!」








武田邸の地下室では幼女2人と女子高生姿の女が1人、モニターを覗いていた。


「ほぉ、いけるんじゃないかコレ」


「うむ、良い反応だな」


「流石は薬学の天才と言われたエボラ教授ですね、これほど早く完成の目処めどがつくとは思いませんでしたよ」


「お前らのデータの蓄積があったからな、それにしても50年も前にこんな毒ガス作るなんて本当に化け物だな貴様、いったいどんな頭の構造してたらこんな発想にいきつくんだ」


「ハッハァー、褒めるな、褒めるな」


「褒めとらんわ!テロリスト!」


「でも、これで明日の式典では鉄郎様に良い報告が出来そうですね」


「そのためにグリーンノアでは遊びもせんと研究室に篭ってたんだ、当たり前だ」


「貴様は、自分の尻拭いをしただけでわないか」







とある場所では色取り取りの幼女達が集まっている、3期以降にロールアウトを果たした黒夢シリーズを含む22体だ、色違いの髪と服装だが同じ顔が並んでる光景はちょっと怖い。


「「「「「「黒夢姉様」」」」」」


「フム、準備は出来たカ」


「「「「「「完璧DEATH」」」」」」








港に浮かぶナインエンタープライズの豪華客船の一室では一人の老婆が二人の娘を前に唸っている。

中国のやん夫人だ、皇帝となった鉄郎の嫁の座にいち早く収まったロシアやイタリアに遅れを感じた楊夫人は、ナイン以外のルートを持とうと頭を働かす。


「う~む、どっちの娘が皇帝陛下の好みかのぉ?」


楊夫人の鋭い眼光に晒されるのは、一人は麗華によく似た感じの顔立ちをした胸の大きな娘、もう一人はスレンダーで脚の綺麗な娘、二人共楊夫人の孫娘達だ。楊夫人もこのままではアメリカにすら遅れをとる可能性があるだけに真剣だ。


「「ヤンお婆様、いっそ私達二人共差し出してください♡」」


当の娘達はと言えば、とりあえず鉄郎様に会わせろと鼻息が荒い。


「何をやってるんですの、楊夫人」


部屋を訪れたナインの極東マネージャー李が護衛のエヴァを後に呆れた顔でそれを見ていた。








武田邸のロビーでは褐色の肌の女性が忙しさで目を回していた。いつのまにか本国インドが鉄郎王国に吸収されたおかげで色々やらされてる流離さすらいのインド人だ。


「おい、インド娘、チャリタリがこっちに来てるそうなんだが知らんか?」


「知らないわよ、その辺探してみれば、なんなら警察に通報しといてあげるわよ」


「おう、頼む。今はマイエンジェルがいなくてな、迷子にでもなってたら大変だ」


「はぁ、まぁ害は無いからいいのか」


ラクシュは目の前で不思議そうに首を傾げるマイケルにため息をつく、そして休む暇もなく別の者から声がかけられる、もういいだろとシッシッっと払うような手つきでマイケルを追い払った。



「ラクシュミーさん明日の親衛隊の配置はこれでいいのか」


「ラクシュミーこのデッカいスピーカーはどこに置いておけばいいの!」


「あ、ラクシュミー夜食に出前頼んどいて、私ラーメンとチャーハンね」


「私はカレーでいいよラクシュミー」


「ラクシュ、私レバニラ定食」


「自分で頼めよ!!私には食べてる暇なんてないのよ!」



「ラクシュミーさん、発注されてたケーキ全部冷蔵庫に入れときますねぇ」



「あぁ、もう!なんでこの私が雑用係なのよ!宝の持ち腐れだわ!あぁ、紅茶飲みたい」


「ラクシュのお姉ちゃん、これ飲んで元気出して」


母親のチャンドリカとケーキの納品に来たチャリタリがラクシュミーの前に栄養ドリンクの小瓶をコトリと置く。チャリタリちゃん、ここに居るじゃない、どこを探しているんだマイケル。


「ありがと、君は優しいねぇ」


ラクシュが涙ぐみながらチャリタリの頭をやさしく撫でる。


「へへっ、お母さんが関係者の人には渡しておきなさいって、これで私も皇帝陛下のお兄ちゃんのお嫁さんになれるかなぁ」


「……ケッ」



「計算高いガキは嫌いだよ、私のホッとした気持ちを返せ」


ちょっとやさぐれているラクシュミーだった。







それぞれの思惑が交差しながらも皆が一丸となって明日を目指している、まるで祭の前のような熱気に包まれ鉄郎王国の夜が更けて行く。


TVに映る天気予報では明日は晴天となっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る