第196話 テッペン獲るぞぉ!

『大阪女』




「「「はぁ~!?」」」


黒夢にスピーカー越しに告げられた人物に僕と貴子ちゃん、それに婆ちゃんが声を上げる、それって真澄先生の事だよね。

今回の世界巡業は真澄先生は妊娠中の為に本国で留守番組になってるはず、それなのになんでアメリカに、えっ、長距離動いて身体は大丈夫なの?


キュァオォォォォォ!ズバォウ!


空を見上げれば、いつの間にか光学迷彩を解いた黒夢のB-2スピリットの腹にショッキングピンクのF-35が張り付いている、まるで小判鮫のように速度を合わせて並走していた、本来かなりの操縦技術が必要な事だが黒夢達にとっては騒がれるほどの事ではないのだろう、実に見事だ。

F-35には誰が乗ってるんだ、翡翠ひすいか?


しばしB-2に張り付いていたF-35だがその場でホバリングで止まると、そのまま静かに地上に降りて来た。F-35だと垂直着陸が出来るのが楽だ。

キャノピーが開くと中から飛び降りてくる緑の髪は翡翠、その腕にお姫様抱っこで納まっているのは愛する妻、真澄先生その人だった。相変わらずスカートが短いが、身体はこうふっくらと、少し丸くなった?そんな早く体型は変わらんか。


真澄先生をそっと降ろすと翡翠が背負っていた緑色のエレキベースを構える、あ、やっぱり弾くんだ。


ズギャギャギャ、デデデン、デン、デデデェ!!


地球全体を震わせるサウンド、F-35の機体に設置されたハーマンカーンのスピーカーが重低音を響かせる。正直五月蝿い、こいつ式典以外では弾くの禁止にしたほうがいいかな?近所迷惑だし。


「危ない領域」トップ銃のテーマ曲がベースアレンジで演奏される、本当に翡翠はギターが好きなんだな、黒夢シリーズでは一番楽器が上手いんじゃないか。(鉄郎はベースとギターの区別がついていません、後、黒夢シリーズは常に共通でバージョンアップを繰り返しているので、前期型も後期型も性能に差はありません、それでも自我はあるので個性みたいなものは生まれるようです)


カラカラカラ…カラ…カララララララララ、ガララ


翡翠の曲に合わせるようにコチラに歩き出す真澄先生、かけていたレイバンをペイッと投げ捨てる、手に持つのはアルミ製の金属バット、引きずるたびにカラカラと音を立てる。妙な迫力があるな、まるでカチコミに来たヤのつく職業の人かお母さんみたいだ。

あれ?もしかして真澄先生、怒ってらっしゃる? あ、止まった。


「この中に鉄くん舐められて、ひよってる奴いるぅ!!」


真澄先生はギロリと僕達を見る。


「いねぇよなぁ!!江募羅(エボラ)潰すぞぉ!」

「おぉ~っ!!」


真澄先生が叫ぶとお母さんがノリノリで合いの手を打つ。なにこの茶番劇、ヤーさんじゃなくゾッキーの方だった。

あれ?真澄先生って自転車派だったよな、じゃあ特攻服なんか持ってないか?


改めて真澄先生が僕に近寄って来る、相変わらず綺麗だ、しばらく見ていなかっただけについ嬉しく思ってしまうのは惚れた弱みか。


「まったく、身重の妻をほっぽり出して、フラフラと。日本だけや言うてたのにロシアやフランス観光と、……今度こそ帰ってくるかと思えばアメリカなんぞでヤンキー相手にゴチャゴチャと……」


あ、いけね。最初の予定じゃ日本の後に1度帰る予定だった。


「いや、そ、それはですね真澄さん」


慌てて言い訳しようとするが、真澄先生に右手を上げて制される。


「まぁ、ええわ。あの婆さんぶっ飛ばせば家に帰れるんやろ、ならウチがやったる。と、その前に」


グイッ


「んん…っ!」


住之江が鉄郎を引き寄せ唇を奪う、こいつ奪われてばかりだな。

10秒は経ったか、夏子は冷たい笑顔を向け、アナスタシアはパガーニの助手席で目を見開いた、隣の貴子は顔を赤くしながらも顔を覆った手の隙間からバッチリ見ていた。


「ぷあっ、よっしゃー愛の充電完了や!」






「……私達は何を見せられてるんだろうね」


「まったく若いもんは拙僧がなくて駄目だね、人前ではしたない」


エボラ教授と春子も呆然とそれを見ていた。




このタイミングで明らかに格下の住之江の登場だが、エボラ教授にとって、とてもじゃないが楽観視出来るものではない、貴子、春子のモンスター相手に2連戦、反撃出来る武器弾薬も尽き、バリアの電力も残りわずかだ。貴子も春子も自分を殺せないのは薄々気づいていた、しかもアイツらは手加減がド下手ときている、そこに勝機があったのだが、一般人の住之江では今のエボラ教授には戦闘力で五分と五分、釣り合いの取れた相手だ、妊婦とは言え体力のある住之江なら、むしろ疲労が限界に近いエボラ教授の方が不利ともいえる。


大体が戦力的に大砲しか持たずに喧嘩する貴子と春子が悪いのだ、ボロボロで限界が近い老体に最後の力を込める。





ザッ


一歩、脚を出した真澄先生に思い出したように声をかける。


「真澄!身体は大丈夫なの?」


鉄郎の言葉に住之江が振り返りニカッと笑顔を見せる。


「ん、安定期に入ったし、黒ちゃんがずっとモニターしてくれとるから1発殴るくらい大丈夫や!」


夏子が後ろから鉄郎の肩に手を乗せて顔を寄せて来た。


「鉄くん大丈夫よ、とりあえずアメリカまでは麗華と一緒にグリーンノアで来たみたいだし、何かあっても私がいるわ」


「え、お母さん産婦人科じゃないでしょ」


「外科医でも鉄くんを産んだのよ、知識くらいあるわよ!!」






ジャリ


「春子お婆さま」


「真澄さん……。分かったよ、これからはあんた達の時代だ、年寄りは引っ込むとするよ」


「おおきに」


住之江が深々と礼の姿勢を取ると頭を上げる、住之江と春子が見つめ合う。住之江はこれから先武田の嫁として闘わなければならない、春子は住之江の瞳に覚悟と成長を見て安堵の笑みを浮かべた。


「それでこそ武田の女だよ」


コツンと拳をぶつけ合えば選手交代、旧時代の化け物に引導を渡す時が来た。





春子が下がると住之江とエボラ教授が対峙する。


「さて、自分の男にちょっかい出されて黙ってられるほどこちとら人間出来とらんのや、ボコっちゃる」


コンコンとバットで地面を叩く。


「え、その金属バットでるの?」


「名刀、粉砕バットや!」


金属バットは刀ではない。


「それよりあんた、もしかして妊娠してないかい?」


エボラ教授が住之江の腹部にジトリと視線を向ける、まだわかるような体型ではないのだがなんかピンとくるものがあったのだろう、歳の功。


「ハッハー、やっぱわかっちゃう?ウチと鉄くんの愛の結晶や!人工授精やない天然やで!」


住之江のドヤ顔がうざい。


「えっ、これで闘ったら私、凄い悪役になっちゃうじゃない!妊婦さんはおとなしく家で寝てなさいよ!」


いきなり妊婦と闘うはめになったエボラ教授が慌てる、赤ちゃんの命を奪うほど人間やめていない。


「ゴチャゴチャうっさいわ、うりゃー!先手必勝!!」


住之江がバットを大きく振り上げる。


「ちょ、ちょっと待って!そんな激しい動きは」ボシュ


慌てたエボラ教授が反射的に腕を上げると、白衣の袖に仕込んでいたグレネード弾が発射されてしまった。


「「「「あっ」」」」


パキャーーーーーーーーーーン!!




それは奇跡と言ってもいい、もしかしたら住之江の持つ天性の幸運が世界の流れを変えたのかもしれないし、それか春子やエーヴァの特訓のおかげかもしれない。

振り下ろしたバットにグレネード弾がジャストミート、バットがへしゃげるも快音と共に打ち返された。これがライフル弾だったら貫通するのでこうはいかない。


ゴツ!


「ぶべっ!」


至近距離でゴルフボール大の弾を打ち返されたエボラ教授、バリアがその瞬間限界を迎えた。


パリーン


「一撃必殺!!」


正確には2打目だが、へしゃげた粉砕バットが仰け反っているエボラ教授の顔面を捉える。鼻血を出しながらグルンと1回転したエボラ教授が白目を向いて動きを止める。文章にすれば妊婦による老人虐待の文字ズラになる、なんか酷い。


「っしゃあッーーーー!!」


「「「「………………」」」」


バットを高々と上げて勝ち誇る住之江、そのあまりにもあっけない結末にその場がシ~ンと静まり返った。




ズギャァーーーーーーーーン!


翡翠のベースが試合終了の合図を鳴らしてめくくった。










春子だけはその光景を見て。


「くっ、その迷いのない太刀筋、見事だったよ真澄さん……」


感動して涙を密かに拭っているのだった。

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