第194話 50年の重み

春子がジリと前に出る、その腰帯には朱色の刀が1本差されている。


「ちっ、足元がでこぼこだね」


貴子ちゃんの衛星レーザーの雨が作り出した惨状に悪態をつきながら愛刀を抜き去るとダラリと右手1本で持ちながら歩を進めた。そんな婆ちゃんにエボラ教授が声をかける。


「武田春子、悪いがあんたの剣じゃ私のバリアは斬れないよ、ニューヨークで斬れなかったのを忘れたのかい」


「ちゃんと覚えてるし、まだボケちゃいないよ。でもね、私に斬れないものはないんだよ」


寒気すら覚える笑みを浮かべまた一歩進む、しゃべりながらも春子は歩みを止めない、エボラ教授は若干呆れたように言葉を投げる。


「ま、それも私に近づけたらの話だがね、そんな時代遅れの鉄の板切れ1本でこれが防げるかな」


エボラ教授が指をパチンと鳴らすと左右に黒いトレーラーが迫り上がってきてパネルが開いた、荷台いっぱいに敷き詰められた銃口が春子に向けられ、間髪いれずに発射される、一番逃げづらい十字砲火が豪雨のように春子に迫る。


ズドドドドドドドドドドドドドドーッ!!


「ふん、そんな遠くから撃ったんじゃ当たるもんも当たんないよ」


ギン、ギギン、ギギャギャギャン!ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!


春子の身体が振れたように見えると弾丸がすり抜ける、身体に当たりそうな弾だけは刀で斬り落とすのだが、とても人間の出来る動きじゃなかった。


「なっ、バリアも無しにこれを防ぐのか……化物が次から次へと」



「婆ちゃん、凄え!」

「本当に人間かあいつ?」


婆ちゃんの動きを見て貴子ちゃんが本気で首を傾げる、確かに人間離れしてる。

貴子ちゃんやエボラ教授のバリアなんかとは違う人間の極みを感じる。


ジャリリ


「ほら、間合いに入ったよ」


「くっ」


エボラ教授が強化した筋力まかせに後ろに飛ぶが、春子はそれを逃さない、ピタリとその動きについて行く。


「遅いね」


ヒュオ


一見無造作に放たれた片手突き、エボラ教授は自分のバリアに絶対の自信を持って迎え撃った…だが。


ヒュパ


「ぐおっ!!」


春子の刀の切っ先はエボラ教授の頬を掠め耳たぶをぱっくり2つに裂いた。血飛沫が舞う。

エボラ教授が咄嗟に間合いを取る、貴子の攻撃にも耐えたバリアが貫かれた事にショックを隠せない。その表情には驚愕を浮かべていた、白衣には耳から垂れた血がジワリと赤く広がって行く。


「武田春子ォ、何をした?たかが剣ごときでこのバリアを…」


「ふん、今日は気合いが乗ってるからね。言ったろ、私に斬れないものはないって」





そんな二人を見て貴子ちゃんが何か気づいたように口を開く。


「ねぇ、鉄郎くん。春子だったらあのババア殺しちゃってもいいの?」


「えっ」


「だって今の、軽く突いたように見えるけど本気だよ、春子のあんな攻撃なんて私50年ぶりに見たけど、斬撃じゃなく突きを出すほどだから手加減する余裕はないんじゃないかな」


「そうなの?」


「まぁ、勘だけど」


貴子ちゃんの勘は当たるからなぁ、ゴクリと唾を飲み込む。





再び睨み合う春子とエボラ教授、流れは春子に傾いた気配だ。切っ先をエボラ教授に向ける。


「次は外さないよ」


「くそっ、加藤と言い春子といいこれだから天才は嫌いなんだよ、こっちが血が滲む苦労で手に入れた力をあっさり無駄にしやがる」


エボラ教授がギリギリ奥歯を鳴らし凄まじい形相で春子を睨みつける。


「だが貴様が何十年と剣を振っていたように、私もこの50年間ずっと真剣に科学に向き合ってきたんだ!舐めるなぁ!!!」


エボラ教授が思いの丈を大声で叫ぶ、貴子は興味なさげに聞いていたが、鉄郎の心には妙に響く言葉だった。

だが、鉄郎は春子が毎日欠かさずに刀を振っているのを知っている、それでもエボラ教授が言いたい事はわかる、秀才と天才が同じように努力しても決して立場が逆転することはないのだ、その事実は凡人にとってなんと無常なものか。


鉄郎は考える、こんな色々な思いがこの世の中には溢れている、自分は皇帝となった以上その思いをどれだけ汲み取ることが出来るのか、せめて100年は争いのない世の中にしたいと強く思った。



エボラ教授が指をパチンと鳴らす、すると身体を覆っていたバリアが消え白衣がユラユラとボケて見えた、空気の密度をさらに上げたのだ。


「無駄だよ、私に斬れないものはない」


「やってみろよ」


ドンッ!!


地面を抉り突進しながら突きを繰り出す春子、今度は確実に身体を捉えている。エボラ教授の頭脳がフル回転する、刀の切っ先が触れる瞬間を見極める。


「ここだぁ!!」


切っ先が触れた部分、白衣の摩擦係数を0にする、それだけで春子の突きを受け流すことに成功した、エボラ教授の執念が奇跡を呼んだ瞬間だ。


「なっ、刀の軌道を誘ったのか!」


「ふふ、捉えたぞ、春子ォ!!」


一撃目と同じように放った春子の突きをエボラ教授はギリギリかわし、自身の白衣に突き刺させ刹那の瞬間動きを止める事に成功させた、尚且つ袖に仕込んでいたコンバットナイフを刺さった刀めがけて振り下ろした。


パッキィーーーン!!


「ちっ!」


「特殊加工のチタン合金に高振動ブレードだ、たかが鉄程度では耐えられまい、これが科学の力だ恐れ入ったか!」


エボラ教授の勝利宣言、だが春子は刀を折られると即座にナイフに向けて裏拳を放つ、刃物と言うものは横からの衝撃には弱い、ましてや春子の本気の裏拳だ、その威力は想像するのは容易い。


ペキョン!!カラン、カラーン


「なっ!!嘘ぉ!!」


「ふん」



「「……………」」


お互いの獲物を破壊され沈黙が流れると、お互い無手の婆さんが再度対峙した。





「嘘でしょ、春子が刀折られるなんて初めて見た……」


貴子の呟きが鉄郎の耳に届く。

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