第188話 夏子vsルーシー

「くっ、1気筒死んでるんじゃないだろうな、これじゃとても追いつけない」


ルーシーの目の前でじわじわと距離を離しに掛かる2台のバイク、悔しいが認めざるを得ない。

ライディングテクニックもだが自分とバリモアが仕上げたこのハーレーではこいつらには敵わないと。


NSR500とドゥカティスーパーレッジェーラV4、2台のモンスターバイクが甲高い咆哮を上げる、リアタイヤでブラックマークを路面に刻みながらマシンをスライドさせ2台並んでコーナーを立ち上がる、直線ストレートだけでなくコーナーが時折現れるようになってからは夏子とジュリアの本領発揮だ、直線番長のルーシーのV-RODではもはや距離を詰めることは出来なくなっていた。



プゥアーーーーン、パンパン


「こんにゃろ!どんだけ飛ばすのよ、この私のドゥカがついていくだけで精一杯じゃない!」


NSR500の4本のチャンバーから吐き出されるカストロールの白煙を浴び続けるジュリアも愚痴る、ルーシーに追いついてからは夏子が一度も先頭を譲らない、それどころかコーナーを抜けるたびにじりじりと速くなっている気がした。


「進化してる?」


セントルイスを抜け、ルート70を走っているとゴールであるインディアナポリス・モーター・スピードウェイの案内が現れる、直線距離約1,500kmのアメリカ大陸横断レースも終わりが近づいていた。

ここまで来れば勝負はもう決したとばかりにに夏子はギアを落としながらジュリアとルーシーが追いつくのを待つ体制に入った、ジュリアはピタリと後ろに張り付いていたがルーシーはかなり引き離したのでかなりペースダウンするはめになる。

ヘルメットのシールドを上げた夏子がジュリアに笑いながら話かける。


「さっすがジュリアね、このペースについてこれるの貴女ぐらいよ」


「そりゃ、こんな気狂いなペースじゃね、あの娘も途中から全然ついて来れなくなったしね」


ジュリアがチラリとバックミラーに視線を向ける。夏子のNSR500にはバックミラーは当然ついていない。


「当然、NSR500(この子)が負けるわけないじゃない」


「私は1回勝ってるけど」


「じゃ、1勝1敗で引き分けじゃない、これで負けてないわ」


ズドドドドドドドド


「あっ、やっと来た」


夏子とジュリアが並んで流しているとルーシーがようやく追いついてきた、その顔は怒りの表情だった。





ゴールであるインディアナポリス・モーター・スピードウェイ、そのパドックにNSR500を停めるとヘルメットを脱ぐ。


「どうする、ここならモトGPのコースもあるわよ決着つける?」


「ふざけるな!もう勝負はついてるだろう、悔しいがバイクでは私の負けだ!あれだけの差をつけられて認めないほど落ちぶれちゃいないわ!」


「バイクでは?ふ~ん、じゃあ次はこれでいいかしら」


夏子は腰に挿していた正宗の脇差をスラリと抜いてルーシーに突きつけた。


「ふん、サムライソードか。そう言えば医者のくせにやたら強いとデータにあったな、だが所詮チンピラ相手にだろ、私とでは勝負にもならんぞ」


ルーシーはニヤリと笑うとV-RODから2本の柳葉刀 (中国刀)を引き抜き両手に構える。

分厚い刀身に陽光がギラリと反射して光った。




その光景を見て嫌そうに顔をしかめたのはジュリアだった。


「ちょっと、あの娘馬鹿じゃないの、格闘でしかも斬り合いで夏子に敵うのなんか春子お婆さまだけよ、そんなこともわからないの?」


夏子の実力を知ってるだけにルーシーの選択が自殺行為にしか思えなかったが、世界的には夏子は医者としてしか有名じゃない事に気づいた、しかも夏子は今闘気を抑えている、あれでは誤解しても仕方ない。これなら麗華の殺気の方がよっぽど相手にわかりやすい。


「ねえ、もう勝負はついたんだから降参しなさいよ、命は大事よ」


同情したジュリアが横から声をかけるも、すでに戦闘モードになっているルーシーにはもはや戯れ言にしか聞こえない。


「心配しなくても命は取らないわ、ちゃんと手加減してあげる」


「いやあんたの心配してるんだけど」


「ジュリア、もう何言っても無駄よ、この娘スイッチ入っちゃてるもの、らないとおさまんないわよ」


「えぇ~!私あんまり血見るのやなんだけど、絶対殺しちゃダメよ、じゃないと鉄くんに言いつけるわよ」


夏子とジュリアの会話にルーシーは呆れ顔だ。


「なんか凄い舐められてる私?」








「さて、ちゃっちゃとやっちゃいますか!」


刀を右手に腕を引く、ゆっくりと腰を落とした夏子が闘気を解放させる。


ズグワァアアアアアアアッ


ここだけ重力が10倍にでもなったかのように、空間が歪む。


「なっ!?」


ルーシーは一瞬呆然とするもすぐに両手に中国刀を構え、ジリっと1歩下がった。本気の夏子に闘気をぶつけられて尚心が折れずに構えをとれる者がこの世界に何人いるだろうか、これだけでもルーシーは世界で10本の指に数えられる人物と言える。


「いいわね貴女、私の闘気全開でも心が折れてない。最近じゃ黒ちゃん達しか相手にしてなかったから新鮮だわ」


「そ、それが貴様の本気か、春子様より強いなんて言うなよ」


「う〜ん、微妙」


コテリと首を傾げる夏子。


「なんにせよ私も負けられんのでな、戦わんわけにはいかないのだよ」


チャキッ


ルーシーが覚悟を決める、なまじ相手の力がわかってしまう力があるだけにどう闘うか迷うところだ、運が良くて相打ち、明るい結果がまるで浮かばない、まずは一当てしてみるか。


ダンッ!


麗華にも負けない蟷螂拳の箭疾歩せんしっぽで間合いを詰める。


予備動作もなく間を詰めてくるルーシーに、夏子は冷静に対処する、心臓目がけて迫る切っ先を身体を回転させることで流す、それだけでは終わらず回転を活かし脇差で反撃に移る、しかしそれはルーシーの左手に握られてる刀にかろうじて弾かれる。


たったこれだけの攻防でヒューヒューと呼吸が荒くなる、夏子を見れば何が嬉しいのか満面の笑顔だ、変態か?



「いいわ!凄くいいわ!人間で私とまともに打ち合えるのなんて世界で5人もいないのよ、すっごく楽しい!!」


変態だった。




「じゃあ、これはどうかしら」


次は夏子が踏み込んだ。人間の動きじゃない、まるでゴキブリのような低い姿勢とスピード、ルーシーがそれを凌げたのは運が良かっただけだ、夏子の姿を見失った瞬間手元に引いた刀に偶然当たったにすぎない。


ガキィ!



「ウフフフフッフフウッフウフフ、いいわ、いいわ、いいわ、今のも防ぐんだ、麗華と同じくらいかしら」



ハァハァハァ


「この化物が」


ここまででルーシーの中で相打ちすら無理と判断した、あまりにも圧倒的、こんな化物に闘いを挑むなんて自殺行為以外の何者でもない。

全盛期ならまだわからないが今なら目の前の夏子の方が春子より強い、そう考えるとバリモアやキャメロンの方も不安になってくる。


乱れた呼吸を整えつつルーシーは頭を回転させる、なにが正解だ、どうすればいい、どうすれば生き残れる。



「あら?今、生き延びる事考えた?だめよ、闘いに集中しなくちゃ、でないと人間なんて簡単に死んじゃうんだから〜」



夏子の心を読んだような言葉にルーシーは動揺を隠せない、そんな事言われても困る。

まるで魔王を前にした村人の気分だ。1秒が1分のように長く感じる、さっきから汗が止まらない。










「な〜んかどう見ても夏子が悪者ね」ジュルル


ジュリアの呟きが耳に入ってくるが気休めにもならない。パドックにあったビーチシートに寝そべりながらドリンクを飲むその姿にむしろ怒りすら覚えた。

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