第187話 チェイス

「じゃあ、先に行くよ、本当にいいんだね?」


「ここからはコーナーも増えるし、ハンデぐらいあげるわよ」


「ふん、後悔するなよ」


「しないわよ、せいぜい遠くまでお逃げなさい」


バドワイザー片手にヒラヒラと手を振る夏子、それに応えるルーシーはニヤリと口角を上げた。

夏子の横ではジュリアが二人を交互に見ながら、オロオロしていた。



ドドドドドドドドドドド


ルーシーが出発するのを見送った夏子達、ピザハットの店内に戻り一切れ残っていたピザを口に放り込む、ジャケット代りの白衣とヘルメットを掴むと朝日が眩しい外に出る。ちな、アメリカだろうと飲酒運転は禁止されてます。

眠そうにあくびをつくと愛機NSR500にまたがってギアを1速に入れると前方に軽く蹴り出す、クラッチレバーをパッと離せばV4エンジンがパルンと元気良く目を覚ました、ジュリアもセルを回して素早くエンジンをかけた。


「もう、同時に出ればいいじゃない面倒臭いな」


「ハンデよハンデ、それにここの払いあの娘にさせちゃったじゃない」


「貴女の油断に私を巻き込まないで、逃げられるわよ」


「油断?」


本当に分からないとばかりにきょとんと首を傾げる夏子、まぁいいかとヘルメットのインカムに話しかける。


「黒ちゃん、ルーシーどっちに行った?」


『ザ、ピッ、セントルイス方向、ナビゲートを開始スル』


「サンキュー。ほら、そんな小細工する女じゃないわよ、行くわよ」


NSR500のフロントを軽く浮かしながらかっ飛んで行く夏子、それを追うようにジュリアもクラッチを繋ぐ、第2ラウンドの開始だ。






プァーーーーーーーーン、パンパン



「居た!」


出発してしばらくすると、黒夢の正確なナビのおかげで苦もなくルーシーに追いつく夏子達、長距離だけにずっと全開ではいられない、ジュリアとスリップストリームを繰り返せば単独で走るルーシーを捉えるのは十分可能なのだ、ルーシーのハーレーを視界に入れると即バトルモードに気持ちを切り替えた。


ヒュン


「ぬるいわ!」


ルーシーのインにウルトラレイトブレーキで飛び込む夏子、後ろから見ていたジュリアですらあまりのオーバースピードに絶対曲がれないと確信し目を見開いた。

フルブレーキで荷重を無くしたリアタイヤが浮き上がっている、フロントタイヤだけの接地感を右手に添えたブレーキレバーで探る、突き出した左のつま先を支点に車体の向きを変える、このマシンコントロールはまさに天性のものだ、真横でこれを見せつけられたルーシーもこれには流石に度肝を抜かれた。

先頭におどり出た夏子はリアタイヤを大きくパワースライドさせて加速して行く、加速勝負なら2ストマシンの独壇場だ、みるみる距離を引き離す。



置いていかれるハーレーとドゥカティ、最後尾となったジュリアがシールドの奥で呟いた。


「ブラーヴォ……凄いわね、前より速くなってる。でもまだ負けてられないわね」


格闘ならともかくバイクではとにかく負ける気がないジュリアも続けてルーシーに襲いかかる。










バラバラバラバラバラ


その頃1000km離れたシカゴ、ルート90沿いのパーキングに停まっているのは1台の黒いポルシェターボ、水平対向エンジンが野太いアイドリングを続けている。


「どうぞ」


「ありがとうございますですわ、児島さん」


リカはポルシェターボの助手席で児島からホットドッグを受け取る。手に取って思わず目を見開く、ずっしりと重たい何これ?


バタムッ


「シカゴ風はとにかく具沢山ですからね」


自らもポルシェのドライビングシートに腰を下ろすとリカに話かけた。

シカゴ風ホットドッグ。

ケシの実を振ったバンズに牛肉100%のソーセージ、トッピングに玉ねぎのみじん切りにマスタード、薄切りトマトにデッカいきゅうりのピクルス、ちなみにケチャップはかけないしソーセージは茹でるのが基本だ。


お嬢様育ちのリカはそのボリュームに一瞬だけ躊躇ちゅうちょするものの、好奇心は抑えられないのか、大きく口を開けてかぶりついた。



シャクリ


「あら、見た目より意外とあっさりした味ですわね」


「ソーセージを焼かずに茹でてるせいで油っぽくないんですよ、それにそのピクルスはリカさんの口には合うんじゃないですか」


「ええ、私はこの味好きですわ」


児島の言葉に素直に頷くリカ、フランス人は意外とピクルスが大好物なのだ、そのせいかリカは信州名産の野沢菜の漬物も好きだ。


思わず感想を漏らし、児島を見れば軍用腕時計をチラリと見ながらコーヒーを口にしていた、ポルシェの車内に美味しい匂いが漂う。


「黒夢によるとターゲットは後32分でここを通るそうです、早めにお食べくださいね」








アメリカの男性特区をロックダウン状態にしているバリアを解除するには、バベルの塔からの電力供給を止める必要がある、制空権を黒夢によって奪われているエボラ教授陣営としては地上からゲリラ工作をしかけるしか手が残されていない、航空機の方が撃ち落とされやすいのは鉄郎王国で学習済みだ、ニューメキシコのカートランド空軍基地で分かれたエボラ陣営はそれぞれの仕事を果たそうとしていたのだ。



ドロドロドロドロ


キャメロンが今時の車ではすっかり見なくなったシガーライターを口にくわえたラッキーストライクに押しつけて火をつける、煙を吐きながらコーベットの細めのハンドルを左に切った。視界を遮っていた高層ビル群を避けると空高く伸びる巨大な白い巨塔が目に飛び込んで来た。


「おぉ、近くで見ると大きいなんてもんじゃない、周りの高層ビルが小さく見える!あんなの本当に壊せるの?」


天を突かんばかりにそびえ立つバベルの塔目指して、インディアナ・トール・ロードの片側四車線の広い道をキャメロンのドライブする真っ赤なコーベットが高速で突っ走る。シフトチャンジの度にサイドマフラーからホゴォと炎が吐き出される。

キャメロンの愛車1972年製C3コルベットは前後にアイアンバンパーを装備するマニアの中でも人気の高いモデルだ、コークボトルのようなグラマラスなボディにフルチューンされた350ユニットは排気量7400cc最高出力430馬力、トルクは53キロを絞り出している。


イエローの調光サングラスを中指でクイと押し上げバックミラーを除けば、後ろから物凄いスピードで追ってくる黒い車が見えた。


「やっぱり、こうなるわよね!!」



フボォ、ガロロロッローーーーーーーーーーッ!!



キャメロンが笑顔でコルベットのニトロのスイッチを入れれば、ボンネットのエアインテークが右側に引っ張られるように揺れて薄く白煙が上る、リアタイヤがキャラキャラと鳴り、身体がシートに沈み込む。サイドマフラーから派手に炎が噴き出した。




逃げるコルベットの丸い4つのテールランプを見ながら児島が呟く。



「ふふ、悪いけど、そんなV8クラシックじゃ、私のポルシェターボの敵じゃないわ」













ヴァガァアアアアアアアアアア


背中から聞こえるV12サウンドに満足気にうなづくと、春子は前方をターボブースト全開でカナダ方面に逃げる黒いトランザムを睨む。


「ほう、本当にアメリカ人はNOS(ニトロ)が大好きだね、だけどこのパガーニからは逃げられないよ」


春子が踏み込むアクセルに即反応するのはF1マシンにも負けないAMG製V12エンジン。ナイト2000が時代を先取っていたのはもう何年も前の話だ、最新のパガーニには走行性能ではとても敵わない、これも時代の流れと言えよう。

最高速度は同じようなものでも加減速のあるバトルスピードとなると違いがでてしまう。




北アメリカ大陸の広大な地で追いかけっこが、あちこちで行われている。制空権を持っている貴子達だが、なぜか地上戦に挑んでいた。

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