第186話 チャイニーズエンジェル・フルスロットル
ズドドドド、プゥアーン、ドゥラタタタ
延々と続くストレート、遥か先の地平線が見えるほど真っ直ぐ道が伸びている、視界を遮る物は皆無だ、夏子とジュリアはカウルに頭を伏せ空気抵抗を下げ少しでもマシンに負担をかけないライディングを続けていた。
焼けるような日差しの中3台のオートバイが爆音を響かせかっ飛んで行く、先頭を走るルーシーのV-RODは流石にアメリカ産だけにこのコースと相性が良かった、車線が広く、超ロングストレートばかりの道のりは、ワインディングの多い日本やヨーロッパで生産されたNSRやドゥカには不利な勝負だ。
「くそぉー、いつまで続くのよこの真っ直ぐな道!!もう、飽きた〜っ!」
「流石にずっと全開と言うわけにはいかないわね、エンジンが逝っちゃう」
二人でポジションを交代しながら先頭のルーシーを追走する、ギアは6速に入りっぱなしだ、スタートから延々と続くストレートはエンジンにはかなり負担がかかる、いかに空力が優れたカウル付きレーサーマシンでもこのペースではエンジンが焼き付くおそれがある。
オクラホマまでは気温の高い乾燥地帯だ、マシンだけでなくライダーにとっても厳しい環境と言えた。
「フン、
ズドゥ!!
ルーシーはチラリとミラーに視線を向けると1500ccの大排気量にまかせてアクセルを開ける、前傾姿勢のレーサーマシンの夏子とジュリアと違い椅子に座ったような姿勢は長距離では疲れ方が違う、アメリカンバイクはこの地でそうなるべくして生まれたツアラーマシンなのだ。(ちなみに夏子のNSRは500cc、ジュリアのドゥカは1000ccです)
直線に飽きていた夏子達は反応が遅れた。
ルーシーは元々カリフォルニアのロサンゼルスで生まれ育った華僑の娘だった、この地には男性特区があり、それゆえに人口は多かった、その分治安はあまり良く無かったが。
親から習った拳法の腕前は天才的だったので中華街の犯罪組織のリーダーに20歳と言う若さで昇り詰めた、その頃加藤貴子捜索でアメリカを訪れていた春子と偶然出会ってしまう、50は過ぎていたが現役の頃の春子だ、今と違って殺気を隠すような事はしていない覇気ダダ漏れ、まんまヤクザの親分だ。
治安維持の名目で春子の部隊がロスの街に投入された、圧倒的、世界政府の精鋭軍隊と街のマフィアでは勝負にもならない、彼女の組織はあっさりと壊滅させられる、手も足もでない惨敗だったがルーシーは春子のその圧倒的な強さに衝撃を受けた。
武の
ルーシーは夏子とジュリアを引き離し余裕が生まれたのかそんな過去を思い出していた、目の前に迫る左コーナーに備えブレーキレバーに指をかけた時だった。
ガツン!!
「何っ!!」
夏子のNSR500がインに強引に入って来た、カウルが激しくぶつかりアウトに一車線分ふっ飛ばされる。
ブゥウン!
大外からはジュリアの真っ赤なドゥカがかぶせるようにまくり差して行く。油断してたとは言えさっきまでミラーに姿は無かった、このコーナーで自分の減速ポイントを狙われたのか?
「なに腑抜けた走りしてんのよ、もう勝ったつもり!」
「くっ、貴様らがあまりに遅いから待っててやったんだろうが!」
ルーシーが慌ててアクセルを開ける、今度は夏子達が追われる立場になった。
太陽が沈みかけ気温が少し下がって走りやすくなる、3台のバイクは早くもオクラホマ・シティに迫っていた。
「はっ、やっぱり直線だけよねハーレーって」
「そうそうコーナーが続くととたんにクソ遅いものね」
「アメリカは直線だらけだからこれでいいんだよ、チマチマナヨナヨ曲がってられるか!」
街道沿い、日本でもおなじみビザハットでたむろす柄の悪い女3人、店の外には3台のバイクがキンキンと音を立てて停まっていた。
「それにしても、やっぱりこんなのピッツァじゃないわ、分厚すぎるし色々乗せ過ぎよ、これだからヤンキーはわかってないのよ、一度ナポリで修行するべきよね」
「うるさいイタ公、ここじゃこれがピザなんだよ、そんな上品な物が食いたきゃとっとと国に帰れ!」
「おねーさん、バドまだぁ!」
「夏子さん、よくそんな薄っすいビール飲めるわね、私ワインがいいな」
「こんなのお冷がわりよ、後、ジュリア、鉄くんはマルゲリータピッツアが大好きよ」
「マジ!!絶対食べてもらう、絶対よ!!」
「なんなんだお前ら、あ、ねーちゃんビールこっち!!」
夏子、ジュリア、ルーシーの3人なのだが、流石に真っ直ぐな道を1日中走って飽きたのか一旦休戦となったのだ。
3人共細かい事は気にしない性格なのか、さっきまでバチバチのレースをやってたのにこうしてテーブルを囲んでいた。
「それにしてもあんた、どこ行こうとしてたの?ニューヨーク?」
「シカゴよ、そこに春子様が居るんでしょ」
「「春子様!!」」
「何よ」
ルーシーは照れたように夏子とジュリアを睨む、耳が少し赤い、憧れの人だから思わず様付けしてしまったのだ。
「いや〜、あの変態ババアが、敵であるあんたから様付けで呼ばれたもんだから、ププ」
「何、あの化物と闘おうっていうの? やめときなさい、死ぬわよ、真っ二つよ、命は一つよ」
どうにも敵味方の誰からも恐れられる春子である、ひどい言われ様だ、年寄りはもっと労わるべきである。長寿国日本。
「あの方がお強いのぐらい知ってるわ、でもチャレンジしてみたいのよ」
続けて「これでも私強いのよ」と小さく呟くルーシー、そんな彼女にため息をつく夏子、思わず声をかけてしまう。
「残念だけど、婆さんとはやれないわ、私がいるもの」
「……へぇ〜、じゃあまずはあんたを倒せばいいのね」
ルーシーがニヤリと夏子に向かって笑みを浮かべる、そんなルーシーを見てジュリアが「うへぇ」と嫌そうな顔をした。
「ま、とりあえず食べちゃいましょ、ピザが冷めちゃう」
ヴァア〜〜ン
「いや〜、流石アメリカだね、道は広いし真っ直ぐで運転しやすいね」
「あっ、鉄郎くん、ホテルがあるよ休んでこうよ、大丈夫何もしないから、先っちょだけだから」
「えぇ〜、駄目だよ、婆ちゃんが手配した軍の施設以外で泊まっちゃいけないって言われたじゃん」
「チッ」
「そこで舌打ちしちゃうからいつまでも信用されないんだよ」
鉄郎の運転するS2000がアメリカ大陸をのんびり走る、目的地はラスボス エボラ教授のいるエリア51。
邪魔者はいないデート気分満開の貴子だった。
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