第185話 激走1500km!ガムボールラリー

李麗華とバリモアが対峙する。


タコス香るメキシコの熱い風が二人の間に渦巻いていた。


グリーンノアのジャミングで仲間と連絡がとれない今、単独でこの危機を乗り越えなければいけない状況、バリモアが選んだのは筋肉増強剤。

エボラ教授により調剤されたこの薬は3分間通常の3倍の力を出すことができるチートアイテムだ、正直それ以上の長時間使用は筋繊維の負担が大きく身体がもたないのだが。


パシュ


自身の左腕に注射で薬剤を投与、とたんに鼓動が早くなり全身が燃えるように熱くなる、力がみなぎり今ならどんなオリンピック世界記録でもたたき出す事が出来そうだ。

わきわきと手の平を動かし感触を確かめる、普段の倍以上に太くなった腕が力強い。


「時間がないんで早めに終わらすわ」


「能書きはいいから、早く来なさいよ」


麗華は手の平をクイクイと手前に動かして「とっとと来いやワレ」と挑発の意思表示をしめす。バリモアの身体の変化には興味がない様子だ。


「舐めるなよ、美髪公!」


ドンッ!!


低い姿勢から右足で地面を蹴り出す、人間離れしたロケットスタート。凄まじい負荷に筋肉が悲鳴を上げるが今は無視する、卑怯と思われようとこっちのスピードに慣れないうちに初撃で勝負を決める。

一撃必殺、右手のナイフを超高速で麗華の心臓に向けて突き出した、みずからの勝利を確信したバリモアだった。


パンッ!!


「なっ!?」


超高速の領域、バリモアの増強された筋肉と麗華の鍛え上げられた筋肉、優れた動体視力が時間感覚を引き伸ばす、世界がゆっくりと流れだす錯覚におちいる。

麗華は騎馬立ちの姿勢から、ゆっくりとした動きで右手で円を描くように突き出されたナイフの腹を横から叩き折った。

バリモアはその光景を信じられないと目を見開くが、その間に麗華は左足を強く踏み出す、その音がまだ聞こえない?身体がぶつかりそうな距離で麗華の左肘がバリモアの身体を確実に捉える。


ズダムッ!メキョ!グシャ!!


バリモアは麗華の震脚の音と自分の右手と肋骨が折れる音を遅れて聞いた、潰れる肺、口の中から血がゴボリと溢れる。倒れる間際、バリモアの瞳が麗華の姿を映すがもう指一本動かすことが出来なかった。

八極拳に二の撃ちいらず、麗華にしてみれば一見完勝だが、その実バリモア相手では手加減するほどの余裕はなかった。


ドサッ


「遅い、黒ちゃんの攻撃なら避ける事すら出来なかったわよ」


黒夢だったら分身して襲ってくるんだろうなと思いつつ、足元でビクンビクンと痙攣しているバリモアを見下ろす、2年前だったらいい勝負になっただろうが、この世界で”たられば“を語っても仕方ない結果が全てだ、麗華はため息をつくと胸元のマイクでバベルの塔に居る黒夢に話しかける。


「こちら麗華、終わったわよ」


リョ





闘いを後方でじっと見ていた桃香ももかが音もなく近寄り、ヒョイとバリモアを持ち上げて覗き込むと、ピンク色の髪が垂れ下がりスカートがフワリと舞う。


「ドウスル、コレ?」


「一応まだ生かしといて、鉄くんに判断してもらうから」


「ワカッタ、グリーンノアで修理スル」


引きずりながら駆けて行く桃香を「大丈夫か、あれ」と思いながら見送る、まずは一勝だ。










その頃、テキサス州アマリロ、ルート40をシカゴに向けて北上する1台のバイクがいた。


ズドゥドドドドドドドドドド


白のシンプソンのヘルメットに白の皮ツナギでハーレーダビッドソンV-RODを駆るのはルーシー・リュー(偽名)だ、シルバーのガソリンタンクに強い日差しがギラリと反射してシールドの奥で目を細める。


「ん?」


長い直線の向こう、対向車線に一つ目のヘッドライトの光が視界に入った、速いが車じゃない、バイクか?

よく見れば青と白のロスマンズカラーのバイク、後ろにもう1台赤いバイクもチラリと見えた、記憶の中を検索する。


「武田夏子とジュリア・ロッシか!」


ルーシーの記憶に残っていたのは鉄郎の婚約者決定戦の世界中継、この二人のレースは結構見応えがあったのを覚えている。




プァーン、パァン、パァン、パァン、ボキュッ!ズギャアアアアアア


お互い200マイル(320km)近いスピードで走ってるだけにあっという間に擦れ違う、夏子とジュリアはギアを落としながらすれ違いざまフルブレーキング、フルボトムするフロントフォークを支点に2台揃って華麗にスピンターンを決める。即アクセルを全開にしルーシーを追走した。


「み〜いつけた〜♪」


前を行くルーシーを見てニヤリと笑みを浮かべる夏子、変なオーラを出す夏子を見てスリップストリームで後ろについたジュリアはルーシーに同情の念を送るのだった。


NSR500が暴力的な加速でV-RODに追いつくと、スピードを緩めスルスルと車体右側面に寄せる、ジュリアのスーパーレッジェーラV4はピタリとその後ろに張り付いた。

時速100マイル(160km)で並走しながら夏子がヘルメットのシールドを上げる。


「ハ〜イ、いい天気ね、絶好のツーリング日和だわ、せっかくだしインディアナポリスまで競争しない」


夏子の言葉にルーシーが不機嫌そうに視線を向ける、世界最強の武田春子とる気だっただけに突然現れた二人に不満なのだ。


「ふん、そんなオモチャやガラクタでこのハーレーダビッドソンとやろうって言うの、バリモアが仕上げたマシンは凄い速いわよ、ついてこれる?」


「オモチャ」


「ガラクタ」


「「フ・フ・フ、直線だけのツーリングマシンごときがえらそうに……」」


ルーシーの言葉に夏子とジュリアの額の血管がピキリと音を立て、瞳はギラリと殺気を帯びる、二人同時に右手首を捻ってアクセルを開けた。タコメーターの針はレッドゾーンに飛び込み、フロントタイヤが一瞬浮き上がるが絶妙なアクセルワークで抑え込む、200馬力オーバーのモンスターマシンは戦闘機のように急加速した。

残されたルーシーは一気に離された2台を見つめ、余裕の笑みを見せると右手をグイと捻る。


「は、蚊トンボ共が、本物の速さってやつをレクチャーしてやる」


ブガァァ!!ドヒョヒョヒョヒョヒョヒョ!!


大トルクのマシンは二人と同じようにウイリーしかけるが鍛え上げた肉体をかぶせるようにしてねじ伏せる、タイヤから白煙を上げながら猛追を始めた。

ドラッグレーサーのV-RODデストロイヤーをベースにバリモアの手によって1500ccまでボアアップされたエンジンは、最高出力200馬力を叩き出す、NOS(ニトロ)を搭載しており直線では無敵の速さを誇る怪物だ。


夏子は後ろをチラリと振り返るとヘルメットに内蔵されたマイクに話しかける。


「黒ちゃん、捕捉してる?釣れたわよ、インディアナポリスがゴールだから準備よろしく」


リョ




いきなり始まったバトルはルート40でオクラホマ、そこからルート44でセントルイス、最後はルート70を走りインディ500で有名なインディアナポリス・モーター・スピードウェイを目指す、直線距離約1,500kmのアメリカ大陸を横断するガムボールランである、日本、イタリア、アメリカ、3国のマシンが最速の座を競う、尚メンテや給油はナイト財団とナイン・エンタープライズのスタッフが各ポイントに手配されるようだ。

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