第184話 麗華のかませ犬

ヴォイヴォイヴォイヴォイヴォイ、ズザザァーーー




グリーンノアがメキシコ湾に入港する、舳先へさきで綺麗な黒髪を潮風になびかせ腕を組んで仁王立ちするのは李麗華だった。


「まったくもう、なんでこの私がこんなお使いしなきゃいけないわけ」


ムスっと苦虫を噛み潰した表情は彼女の美貌を半減させていた。


ユカタン半島に横付けするように停泊したグリーンノアには麗華の他にエーヴァ他、鉄郎親衛隊20名、ロシアの空挺部隊(ヴィソトニキ)10名、ルンバ改30,000台、そして2日前に新たにロールアウトを果たした黒夢シリーズの末妹、桃香ももかが乗船していた。フランスで春子の指示で本国に戻らされた麗華だったが現状を見るに貧乏くじもいいとこだった、北米と南米を分断するために人材と火力が必要となるため応援部隊を引き連れて来たのだが、別に自分が行かなくてもよかったのでは、と思いついたのはメキシコ湾で78cmの大きなシートラウトを釣り上げた時だった。それまでは深く考えずに海釣りを満喫していた、脳筋め。


ビービービービー!


グリーンノアのスピーカーからアラートがけたたましく鳴る。


「何事よ!」


麗華のイヤホンからグリーンノアのAIであるヤマトの機械音声が聞こえて来る、骨伝導式なので波音にも負けずクリアな音声だ。


『麗華様、標的の一つがコロンビア方面に抜けようとしています』


「ふ〜ん、制空権はこっちが抑えてるから当然地上からか、車種は」


『フォードGT40、かなり速いですね200マイルは出てます』


「くそー、本当に来たよ、桃香、道路閉鎖の方は間に合う?」


『モ、モウチョット、マテ、アト30フン』


「そんなに待てないわよ!しかたない、ヤマト主砲発射、なぎはらえ!物理的に分断させろ!」


『了解しました』


次の瞬間にはグリーンノアのレールガン10基が超高速弾を一斉射出、タバスコ州から入った弾丸はオアハカ州までを斜めに吹き飛ばした。後に残ったクレーターのような大穴はとてもではないが車両で通ることは出来ない。

尚、この攻撃でモンテ・アルバンの遺跡はかろじて被害を免れている、メキシコにはテオティワカンなどこの手の世界的な遺跡が多いため気を使う、遺跡好きの鉄郎に壊したのがばれたら大変だからだ。


「あら、派手ねぇ」


バチバチと爆煙から稲妻を光らせている光景は火山の噴火のようだ、上空まで立ち上る爆煙を眺めながら麗華が呑気に呟いた。






キギャギュギューーーーッ!!


「どわっ!何ぃ!!」


ナイト財団所属のドビュー・バリモア(偽名)は突然の閃光にフルブレーキをかけた、水色とオレンジのガルフカラーの車体がカウンターを当てながら100m近いタイヤ痕を残して止まれば、目の前にはポッカリと大きな穴が空いていた。もうもうと土煙が立ち込めて行くてを阻む。


「……嘘でしょ、チッ」


即座にハンドルを切ってアクセルを思いっきり踏みつける、スピンターンでクルリと方向転換、来た道を戻ろうとする。


ズガァ―ン!!


ギャアアーーーーーーーッ、キキュッ!!


「ガッテム! 逃げられないか!」


戻ろうと引き返した先でも爆発が起こる、前も後ろも大穴、完全に退路を断たれた。


バリモアの乗るGT40はマークVをベースにフルチューンしたもので427GTエンジンはホーリーのV8用キャブレターに換装、ナイトラス・オキサイド・システムとの組み合わせで最高速度200マイル(時速320km)、パワーは軽く475psを叩き出す、まさにモンスターマシンと呼ぶべき1台だ。しかし動けなくなった現状ではクズ鉄同然である。


ゴッ「痛っ!」


開口部が狭い上に屋根の真ん中から開くGT40のドアは非常に乗り降りしずらい、バリモアは頭をぶつけながら外に出る。降りた先、爆炎の中からこちらに歩いてくる者が見えた。



「いらっしゃ~い♪」


「チッ、李麗華か」


ニヤリと笑を浮かべ腰に手を当てる麗華、赤のチャイナドレスが実に似合っている。


「まったく、春さんの言った通りにここに来るとは、何、お仲間のブラジルのゲボラちゃんなら今忙しいから動けないわよ」


「そこまで読まれてたわけ、キャメロンじゃないけど本当に分が悪いわね、戦力を分けたのはマズったかな」


「降参する?」


「まさかぁ」


この状況でも戦意を失わないバリモアの返答に嬉しそうに口角を上げた麗華がクルクルと回しながら両手にトンファーを構えた。


「じゃ、期待してるわよ」


そう言ってバリモアに向かって駆け出した。





バリモアは脇のホルスターからガバメントを左手で素早く抜き去ると、迫り来る麗華に狙いをつける事もせずに連射する。

ストッピングパワーでは定評のあるM1911A1 MEU、まずは動きを止める事を優先する。


ガァン、ガァン、ガァン、ガァン!ガンッ


4つの弾丸のうち身体に当たりそうな1つをチタン製トンファーで叩き落とす、黒夢との戦闘経験が麗華の動体視力を人類の限界まで高めていた。


「マジか!」


バリモアも弾丸を避けるでもなく叩き落とされた事に吃驚するが、流石に切り替えが速い、接近戦に備え右手にコンバットナイフを構える。


ガキィン!


「へぇ、いい反応するじゃない、やっぱ人間相手はワクワクするわね♡」


麗華のトンファーをナイフで受け止めたバリモアを素直に褒める、上から目線の発言にイラッとしたバリモアが至近距離で左手のガバメントを撃つも動作を読まれたのか簡単に避けられる、しかも避け際にトンファーでガバメントを叩き落とされ、蹴り飛ばすオマケ付きだ。


カシャーーーーーッ


「クッ、化け物め」


焦るバリモア、武田春子ならまだしも李麗華にこれほど圧倒されるとは想像していなかった、データと違い過ぎる、これでは相打ちすら難しい。


「いやいや、私程度で化け物ってないない、うちには人間だけでも勝てない相手が3人はいるわよ」


バリモアの呟きに手を左右に振って反応する麗華、自分の強さはわかっちゃいるがいかんせん強者が集まりすぎている。


「……つまり、あんたは四天王の中では最弱って奴、かませ犬?」


「あっ、改めて他人に言われるとムカつく」


麗華はポイと両手に持っていたトンファーを放り投げると、腰を落として拳を突き出した、徒手空拳、本気モード突入だ。


ズゴゴゴゴゴ



「嘘でしょ、勘弁してよ」


目の前で膨れ上がった殺気にゾクリと背筋が寒くなる、短い遣り取りだが麗華の実力は良〜くわかった、まともな戦闘ではとてもじゃないが勝てる相手じゃない、ここは奥の手を使うしかないと覚悟を決めた。

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