第183話 会議

スカニアのフルサイズトレーラーが18台列を成してV8サウンドを奏でる、アメリカとは言え最近では滅多に見られないコンボイの隊列だ、しかも全車真っ黒な車体で荷台にはチェスのナイトの駒が描かれており威圧感が半端ない。街道沿いに住む住人が何事かと庭先に出て吃驚顔で見送る。


隊列の中団、トレーラーの内装を作戦本部に改造した1台、ソファーでワイルドターキーのロックを片手にエボラ教授がへらへらと話出した。


「私は本当に戦争は嫌いなんだ、だがたかこに負けるのはもっと嫌いだ、しかもアイツどんな手を使ったのか幼女になってやがった!あと何年生きるつもりだ化け物め!」


ダンッ!


グラスをテーブルに叩きつけるように置くと深いため息を吐く、グラスの中で透明な氷がカラカラと音を立てる。


「しかもあんな美少年と婚約だぁ!ふざけるなよマッチポンプめ!あの勝ち誇った顔、絶対に泣かしてやる~っ!!」


一人熱く語るエボラ教授の向かいに座っている、ピッチリとした黒いTシャツに細身のデニムに身を包んだ金髪の美女が我慢出来ずに口を挟む。エリア51を出てずっとこんな調子なのだ。


「ああ、エボラ教授、貴女の醜い嫉妬はわかったんで計画の確認お願いできますか?」


「あぁん!計画などもうとっくのとんまに終わっているのだ、私の勝利だぁーーーっ!!……ふにゅ~」


ソファーから立ち上がり両手を振り上げる、酔った状態でいきなり動くものだから立ちくらみを起こして、再度ソファーに沈み込むように白目を剥いて倒れた。


「だめだ、この酔っ払いババア」


オーバーに両手の平を天に向ける、お手上げだ。


「なぁ、もう私らだけで動いちゃわないか」


ウェーブのかかった赤みを帯びたブロンド髪の女がノートPCのキーをカチャカチャと叩いたまま、ため息まじりでその言葉に応える。


「いや、そうもいくまい、こんなのでも一応は私達の雇い主だ」


「まぁ、このババアには拾ってもらった恩はある。私らがこうして好き勝手出来るのも、このババアがしこたま金を稼いでいるからだしな」


カリン、カシュ、ボッ


キーを打つ手を止め、赤みがかったブロンドをかき揚げジッポーでラッキーストライクに火をつける、苦そうに紫煙を吐き出し一息つく。


「それにしても相手はあの最恐のテロリスト加藤貴子、まさに命がけだ、しかも武田春子も向こうにはいる」


「あ~、本当に分が悪い勝負だよなぁ、私もあの美少年の皇帝の陣営が良かったなぁ!」


「思っても口に出すなよえるから」


義理と恩がある以上、今更鞍替えなど出来ない大人の事情がそこにはあった。だがしかし。


「だってあのフランスでの世界征服宣言の放送見たか、マジで濡れるぞアレ、さすが皇帝、アメイジングだ!」


「変態女め」


コトリ


「まぁまぁ、二人とも落ち着きなさい、ほらコーヒーでも飲んで」


キッチンから歩いて来て二人の前にコーヒーカップを置いたスーツ姿の中年女性が微笑む。


「リーさん、あんがと」


「サンクス」



いまこのトレーラーに乗っているのはエボラ教授を入れて五人、先ほどから悪態をついているのがキャメロン・ディアス、その右隣ハーレーに繋いだPCをいじりながら応えているのがドリュー・バリモア、その後ろでマイペースに腕立て伏せをしているアジア系のルーシー、リュー、簡易キッチンで静かにコーヒーを淹れていたマディソン・リー。偽名である、まんまチャリーズエンジェルじゃねえか!

いずれもナイト財団の幹部でもある、と言うかナイト財団のトップはエボラ教授だ。他の4人は教授がスカウトしてきた者達で能力・頭脳・体力と申し分のない才女達だ。


「ハーレーの調整出来た?」


後ろで腕立てをしていたリューがバリモアに話かける。細い吊り目に長い黒髪をポニーテールにしているアジアンビューティーだ、鋼のような腹筋はつい触りたくなる。


「ああ、今終わったよ。どうせぶん回すだろうから燃調は少し濃くしといた」


「シエシエ、で、私は誰と戦えばいいんだ」


「ま、武田春子に勝てるとしたらあんたぐらいだし、最初の予定どおりでいいんじゃない」


「そうか、あのお方ととうとう闘えるのか」ニヤリ


楽しげに口角をつり上げるリューを見たキャメロンがうえ~っと顔をしかめる。


「あの武田春子と闘うのに笑えるなんて、こいつの方が変態マゾなんじゃない?」


「いや、たのもしいじゃないか。では私は他のG9 (アメリカ、ロシア、イタリア、フランス)の妨害工作で、リーさんはバックアップお願いね」


「じゃあ、残った私は美少年の皇帝陛下とくんずほぐれず」


「「「殺すぞ!」」」


皆のブーイングにキャメロンがキョトンとする。






ニューメキシコ州カートランド空軍基地、陸の孤島と言われるアメリカ空軍資材軍団で3番目に大きい軍事施設で、基地の中には国立原子力博物館がある。軍の施設としては珍しくスタンドアローン形式を取っておりハッキングを受けにくいと言う特徴を持っている。

アメリカは元々反貴子の態度を前面に出していたメアリー前大統領の勢力でナイン・エンタープライスの影響を受けていない地域がいくつか残っている、その代わりにナイト財団が幅を効かせられているのが現状だ。大国アメリカでトップの企業は伊達ではないのだ。


基地に次々と入って行く真っ黒なトレーラーの軍団をゲートの若い女性隊員が敬礼で迎える。


サンディア国立研究所の建屋の前でスカニアから降りたエボラ教授を迎えたは、第377航空団のジョエル大佐だ、赤毛のソバージュヘアを自慢気になびかせて、鍛え上げられた黒光りする太腕で握手を求めた。


「お待ちしてましたプロフェッサー・エボラ」


「やあ大佐、核の発射準備は出来てるかな、すぐに使いたいんだが」


「は、はい、ですが本当にこのアメリカでお使いになるのですか?」


「ただの威嚇だよ、加藤貴子には核なんぞ挨拶代わりにもならんがね、君はこの前の鉄郎王国への攻撃の映像は見てないのかね、不勉強だな」


「はっ、いえ、申し訳ありません」


「ふっ、まぁあの電磁バリアは奴とおんなじで非常識だから、君が危惧するのもわかるがね」


バサリと白衣をひるがえすと厨二病めいた変なポーズを決める。


「貴子には直に挨拶は済ませてある、後は世界中に向けて大々的に宣戦布告してやろうじゃないか、ハーッハッハ」


ピリリ、パシィ!


高笑いするエボラ教授の足元で小石がバチリと音をたてて砕けた。空気が帯電するような肌がヒリつく感覚を感じて素早く指示を飛ばす、その姿はとても酔っ払いとは思えないものだった。


「来る。リー!!チャフ散布!!」


バシューーーーーーーーッ!!


エボラ教授が叫ぶとトレーラーの天板から銀色の霧が噴き出してあたり一面が覆われる、連動して基地内のあちこちからも霧が噴き出した。

特殊なチャフを空気中に散布して電磁波を拡散させる、仮にも貴子に喧嘩を売る以上は当然の備えだった。


「チッ、もうここまで見つかったか!速過ぎだろ、キッズ!全車エンジンに火入れろ!」


トレーラーの中からヴァボンとエンジン音が鳴るとシャッターがガラガラと開いてタラップが伸びる、銀色のハーレーV-RODと真っ赤なC3シボレー・コルベットとガルフカラーのフォードGT40がドロドロとエンジン音を響かせ現れた。


次の瞬間銀霧の頭上の空気がバチバチと火花を散らし発光した、ドォーンという音が遅れて響き渡った。

バベルの塔の遠隔攻撃だ。


「「「「「キャーーーーーーーーッ!オーマイガッ!!」」」」」


周りにいた軍人が悲鳴を上げるが、エボラ教授は立ったまま白衣の胸ポケットから取り出したマルボロにゆっくりと火を点けた。


「プロフェッサー・エボラ、こ、これは……ど、どうしたら」


ジョエル大佐がすがるようにエボラ教授を見る。


「落ち着け!いかにバベルと言えどシカゴからじゃ大した出力は出せん、チャフで十分散らせる。大佐、反撃だ!シカゴに核を打ち込め!」


基本、老人科学者は好戦的なのだ。貴子は今、シカゴではなくボストンにいるのだが、シカゴはとんだとばっちりを受ける。





開戦を告げる鐘が鳴る音がどこからか聞こえた気がした。

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