第177話 異変

ニューヨークの男性特区とはマンハッタンを中心にコネチカット州の境までの細長い範囲を指す。

人口160万を超える世界有数の男性特区として有名だ。

周りを高い壁に囲まれ高層ビルが立ち並ぶ中心街には、数多くの男性が暮らしており、その男性の世話を希望する女性もまた大勢住んでいる、日本で言えば大阪の特区に似たタイプの街だった。



鉄郎達が東京での会議の為に前日入りして、温泉に入りやきとりを食い、ついでに長野駅で立ち食いそばを食べていた頃、その特区の中心地とも言えるセントラルパークで最初の事件が起こった。ちなみにまだ天ぷらは食べていない頃の話だ。



よく晴れた日、公園をふらふらとした足取りで歩く少し小太りの白人男性、年の頃は30代中盤と言ったところだろうか。具合でも悪いのか顔色が悪く若干目が血走っていた。


「うぅ、ぐっふ、げほっ」


しばらく歩くと吐き気を抑えるように口元に手を当てて近くのベンチにうずくまる、その姿を目で追っていた若い女性が下心丸出しで声をかける。この世界、弱った男は肉食女子に捕食される運命なのだ。


「ちょっと、大丈夫ですか〜。私の自宅すぐそこなんですけど休んでいかれます〜?」


「ぐっ、た、ず、けぇ」


ガバァ


「えっ、キャッ!」


近づく女性に覆いかぶさるように抱きついて来る男性、男に抱きつかれるなどなんと言うラッキースケベ、女の口元がだらしなく笑みを浮かべる。


白昼、人目のある公園でなんとも大胆な行為、思いがけない男性の行動に近くにいた人々も、何事かと好奇心を込めて視線を向けた。



「痴男かしら?」


女性に抱きつく男に首を傾げるギャラリー、抱きつかれた女性もどう反応すれば正解なのか考え頭をフル稼働させる。


「こ、ここでは何ですから、とりあえず私の家に。それともお医者さんの方が……痛っ! えっ、そんな、こんな所で〜♡」


女性の首筋に甘噛みされたような軽い痛みが走る、それをなぜかOKの合図と都合よく取った女性が男をだきかかえ、近くに停めてあった自分のジボレーのミニバンに押し込んで走り去った。ポカーンとしていたギャラリーも気がついたように呟く。


「えっ、あれ? 誘拐、拉致じゃない?」



次の日、この女性に良く似た虚な目で街を徘徊する女性が何人かに目撃例として警察に相談の電話が記録されていた。さらに痴男の噂も街中で広まっていった。

この時はまだ誰もこの事件を重要視していなかったし、シェルビー大統領も東京での会議に参加する為アメリカを離れておりタイミングが悪かったと言える。

シェルビーが神と崇める鉄郎に東京で会えて上機嫌で自国に帰ってきた頃には、同じような事件・人間がさらに増えており、部下からデモ団体発生ではないかとの報告をうけてようやく対処が始まったのだ。



鉄郎達がロシアでボルシチに感動しキャビアを食べていた時には、マンハッタンの街には顔色の悪い虚な目をした者達で溢れかえり、その人数を推定10万人にまで増加させていた。偶然アメリカを訪れた夏子とリカにシェルビーが事件の相談したのもこの頃の事だ。



さらに鉄郎がパリで世界征服宣言をし、ベルサイユ宮殿でのバーベキューでドイツソーセージを呑気にモグモグ食べ、フランス料理を堪能していた頃にはさらに倍以上の50万人に達する勢いとなり、街の機能はついに崩壊、アメリカ軍が出動し街を包囲するに至った。どうでもいいが鉄郎達はなんか食ってばかりだな。



「で、シェルビーさん、その顔色の悪い虚な目をした人達って……」


「も、もはや、デモではなく、ゾ、ゾンビと言う他なく」


「ゾンビ?」


シェルビーさんがハンカチで額の汗を拭いながら答えると、貴子ちゃんがすかさず追い討ちをかける。


「アメリカ人って本当にゾンビとサメが大好きだよね、何で?」


「いや、私は別に好きじゃないですよ、ラブストーリーのほうが好物です!年下恋愛ものなんて最高です!!」


「あ、僕もラブストーリー好きですよ、特にパイパニックとか涙ものですよね」


「「「「ブーーーッ!」」」」


鉄郎の言葉にシェルビーと夏子、アナスタシアと麗華が飲んでいたコーヒーを吹き出す。

ちなみにパイパニックとは18禁のエロいパロディ映画で正解はタイタニックだったりする、夏子が冗談でコピーしたディスクに書いたタイトルを観た鉄郎が間違えて覚えただけの事である。海に沈めてしまえ。


吹き出したシェルビー達に「きちゃないなこいつら」と冷たい目を向けて、軍人気質のシルバー仮面とラウラが真面目な顔で口をはさむ。


「では、そいつらの正体はまだわかっていないのか?」

「サンプルの採取は?」


「いや、もう本当にゾンビとしか言えなくてですね」


二人の質問に歯切れ悪い返事で返すシェルビー。


「ふむ、この目で見た方が早そうだね」


翡翠ひすいにわざわざ淹れさせた日本茶をすすっていた春子がガタンと音を出して席を立つ、年寄りはせっかちなのである。

机の上には手をつけていないハンバーガーが残されていた。春子はハンバーガーは好きではないらしい。美味いのに。









ガシャーーーン!パリーン!!


「うぅ〜っ、おぉ、おーーっ」

「ゔぁぁあああああああああああっ!」


キキーーーーーッ! ガシャン!! ボムン!!


「うおおおおおおぉ!!あぁぁあああ!」




「何これ?」


特区を囲む塀の上に立ち、燃えさかるニューヨークの街を見下ろすが現実味が湧かない、そこらじゅうを徘徊する人々は、なるほど映画に出て来るゾンビにしか見えない、むしろホラー映画の撮影でもしていて、どこかでカメラでも回しているんじゃないだろうかと思ってしまう。

でも、これは現実であって、この世界の王様を自称する以上、僕がなんとかしなきゃいけない問題だよな、ぎゅっと拳を握りしめ勇気を振り絞る。


黒夢クロム、勝利条件は?」


「とりあえず、全員、ヤッチャウ? 黒夢クロムそう言うノ得意ダヨ」


「う〜〜〜ん、出来れば平和的に全員生かす方向でお願い出来るかな、て言うかあれ元に戻るのか?」


「ジャア、一匹サンプル捕まえてクルネ」


黒夢がヒョイと飛び降りて超ダッシュでゾンビの群れに突っ込んで行く。まぁ、黒夢なら病気とか感染の心配はないだろう。


「ただいマ」


そんで一人のゾンビさんの首根っこを掴んで戻って来た。早いな!入れ食いか!

首を掴まれた女性のゾンビさんはジタバタと暴れているが、黒夢のパワーからは逃れることは出来ない、良く見ると確かに顔色が悪く青ざめているし、口はだらしなく開いて涎が垂れている、これはシェルビーさんの言う通りゾンビにしか見えないな。顔の前でヒラヒラと手を振るが全然こちらを見ない。

黒夢が掴んでいるゾンビさんをジィーーーーーーッと見ていた貴子ちゃんが、苦虫を噛み潰したような表情をして言葉を発した。


「なんにせよ、これ以上感染が拡がるのは防がにゃいかんな、翡翠ひすい、シカゴのバベルの塔でバリアを展開させろ、ゾンビ供をマンハッタンに封じ込める!!」



最後の試練が始まる。

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