第173話 Le premier empereur

「皆さん初めまして、この度、世界の王になった武田鉄郎です!」


スピーカーで拡散された鉄郎の、男性の声がシャン・ド・マルス公園に詰め掛けた観衆に響き渡る、男性の声、それだけでうっとりとした表情を浮かべるご婦人も多い、世界中継もされているので全国のお茶の間にも当然その声は届けられた。


鉄郎としては世界中継されているこの状況でこの言葉を発する事は、身内向けに雑談するような事柄とはまるっきり意味合いが違ってくる。

もう後戻り出来ない、背水の陣、あえて自分を追い込むことで覚悟を決める、高台から人で埋まった公園をぐるりと見渡しながら反応を見る。


ザワ、ザワ、ザワワ


「えっ、世界の王?ジャポンや島国(鉄郎王国)の王じゃなくて」

「エイプリルフール?」

「いや、あんな可愛い子が王様ってめでたい事だけど…」

「世界政府のトップ?エンペラー?」


「エンペラー?」


波紋が広がるようにザワザワと喧騒が会場に伝わって行く、皆の頭の上に?マークが浮かんでるのがわかる、いきなり王様って言われても実感沸かないかな?それじゃ、わかりやすく。


「現行の世界政府およびG8は、この先僕の管理下におかれます」


ザワ、ザワ、ザワ、ザワ、ザワ、ザワ


「ちょ、ちょっと待ってくれ、それでは君みたいな若造が世界の王だと言っているようなものだぞ!!」


詰め掛けた人々の中から、一人の男性が声を上げる、黒人の中年の男の人だ。そりゃこんな高校生が王様なんて、にわかには信じられないでしょうとも、ですが。


「ですから、世界の王と最初に言いましたが、聞き逃しましたか?」


「なっ、何を言ってるんだ君は!君のような若者、ましてや一人の人間が全世界を支配できるわけがないだろう!!」


まぁ、普通はそう思いますよね、う〜ん押し切れなかったか、僕だって貴子ちゃんがいなければ、こんな傲慢ともとれる発言なんてできやしない。やはり僕達の力を見てもらうのが早いかな。


「では。…貴子ちゃん」


僕が小声で呟くと貴子ちゃんがパチンと指を鳴らす、それを受けて黒夢の目が青く光った、伝言ゲームみたいでまわりくどいなコレ。


すると晴れたと思われていた空が、この公園の上空を中心に雨雲が渦巻きガラゴロと雷鳴まで聞こえ始めた。まるで僕がやっているかのようにみるみるうちに天気が変わる。

凄えな、ちょっと半信半疑だったけど天気すら操れるのか貴子ちゃん、集まった人達が騒つき始めた。


「おぉ!皇帝がお怒りだ……」


ザワ、ザワ、ザワ



「フフフ、気流計算して特殊加工したヨウ化銀をこの上空に効果的に散布しただけだよ、天候くらい操れないようじゃ真の科学者とは言えないのだよ…フフ」


ざわめく観客に薄っぺらな胸を張って応える貴子、そんな事を言われても天候を自由にいじれる科学者なんぞ貴子くらいしかいない、それこそ進んだ科学は魔法と区別がつかないを地で行くマッドサイエンティストだ。


「鉄郎くん、合図に合わせて。3、2、1」


耳の後ろに付けられたスピーカーから貴子ちゃんのカウントダウンが聞こえてくる、それに合わせて僕が演説台の上で振り上げた腕を勢いよく下ろすと、上空の雷雲からまばゆい光が轟音と共に落ちてきた。


グァラガラガシャーーーーーーーーーーーーーーン!!


うわっ、びっくりした!!エッフェル塔が雷で光り輝く、帯電しているのかピリピリと空気が震えている。


「ウワォ!やはり我が国のエッフェル塔は美しい、実にトレビア~ンな光景です!!」


クレモンティーヌさんの感嘆の声が後ろから聞こえてくるが、確かにこの光景は神秘的だよな。どうやってあのタイミングで雷落としたんだろう。




「か、神よ…」

「……………」

「ベール(美しい)」


ザワ、ザワ、ザワ


日が陰り薄暗いなか、帯電し光り輝くエッフェル塔を背負う、こんな演出が出来るのって本当に世界でも貴子ちゃんぐらいだよな、ここまでお膳立てされたら男として頑張らないわけにはいかないよね。


「よしっ!」


僕は澄ました顔で再び腕を掲げるとパチンと指を鳴らす、今度はエッフェル塔の天辺から伸びた光が雨雲を一瞬で霧散させた。青空が戻り、三度みたび公園に優しい太陽光が差し込む。

天気すら自由自在、まるで神になったような気分、自分の力でもないのにとても気分がいい。


「ウォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


当然、目の前の観客受けは抜群だ、こんな豪華で盛大なイリュージョンはプリンセス引田天功でも出来やしない。でもこれって僕、人外扱いされない?

これこれ、そこのおばあちゃん、十字を切って目をつぶらないで、エイメンじゃないって!!拝むのやめて!

若干、背中に冷や汗をかきながら制するように手の平を上げれば、途端に静寂な世界が戻ってくる、皆が僕の発言を待っている。

スゥーっと静かに息を吸うと口を開く。


「このように僕には世界を支配する力が有ります、天候を操る力は農業に、優れた科学は生活に、強力な軍事力は平和に、なによりこの世界の男女がバランスよく増えるように!今、この世界でこの事が出来るのは僕以外にいません!!」


「そ、それは、あの悪魔のような女が歪めた世界をもとに戻してくれるのですか?」


「…はい、僕に出来る事は全力でやります!決して貴女を悲しませることは致しません」


前列にいたおばあちゃんの言葉に応えると、しわくちゃな目元に涙を浮かべる。悪魔のような女って貴子ちゃんのことだよな、まぁ、やったことがやった事だけに僕としてもフォローしづらいんだけど。

とりあえず、このおばあちゃんには遅くなってごめんね、と心の中で詫びる。すると別の人からも声がかかる。


「エンペラー、私たちは何をすればよいのでしょうか?」


「え、皇帝(エンペラー)?」


「全世界を支配されるのなら、もう王ではなく皇帝でしょう」


「は〜皇帝か、世界を支配するならその呼び名になるのか」


ちょっと偉そうだなとも考えたたけど再度、会場を見渡す。


「では、皇帝からの皆さんへのお願いです、これからは人間同士が争うことをやめてください、そんな事をしている暇はもはや人類にはありません。不足している食料や水は提供します、また子供が産める年齢の方には男性が生まれる可能性の高い精子を提供します」


ピクッ


「い、今、なんと…」


「えっ、ですから人間同士で争わないでくださいと」


「そこじゃないです!男性が生まれる可能性が高い精子とおっしゃいましたか?」


「あぁ、今から受付けるので自然交配には15年以上かかりますけど、これで人口も徐々に増やせるはずですよ」ニコッ


「…………………」


あれ?会場が静かにと思った次の瞬間。



ドオゥワァァアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!


ヴ・ラ・ヴォーーーーーーーーーーーーーーー!!!!



100万の歓声が爆発する、あまりの音量に鼓膜が破れるかと思った。


「皇帝陛下、万歳ィィィ!貴方は我々フランス、いや人類の希望だ!!」

「私、出来るなら皇帝陛下の種が欲しい!」

「うっ、これで私にも結婚出来る可能性が、一生彼氏いないと思ってたのに」

「人類(女)にとって冬の時代が終わるのね」


続いて周りから聞こえて来る声は賛同の意見が多い、その事にホッと胸を撫で下ろす。まだ先ほどの黒人男性のようにすぐに信じてくれない人はいるだろう、でもそれを上回る手応えを感じて嬉しくなった。

本当にこの世界の女性は男に飢えているんだと、改めて実感させられる。



グァァオーーーーーッ!


「ん?」


演説台の反対側の南東の方角、エコール・ミリテール(陸軍士官学校)の方から何か近づいてくるのが見えた。


「これって、まさか」


既視感を覚えつつ、黒夢を見れば意味はわからんがピースサインを出された、まぁあの感じだと危険はないらしい。




ゴウゥ!!



轟音が通り過ぎる、パリの空、エッフェル塔を旋回する1機の戦闘機、ショッキングピンクに塗装された機体はあきらかに貴子の趣味が丸出しだ、メンバーが一斉に貴子を見た。


「い、いや、私は知らんぞ、大体の想像はつくが…」


一斉に皆に見られた貴子がわたわたと弁明する、貴子が知らない以上残るのは…。


見上げた空にはキャノピーが開いたF-35から飛び降りる人影が見えた、パラシュートが開く。


「ん、二人?」


一人は着ている白衣で判断出来るが、もう一人は悲鳴と共に落ちてくる。

白衣の女性は空挺部隊も顔負けな見事な5点着地を見せるが、もう一人は着地点を誤ったのか後ろのセーヌ川に墜落して行った。

白衣の女性がヘルメットを放り投げて、大声で叫ぶ。


「鉄くん!!」


「げっ、やっぱりお母さんか、えっ、じゃあもう一人、川に落ちたのは?」


「カナダから直行したから京香の娘も一緒よ、それより鉄くん、なんで皆んなしてお揃いのスーツ着てるの?ずるい、お母さんも一緒のペアルック着たいんだけど」


「あぁ、シルバー仮面さんが用意してくれたんだ。て、東堂会長が!!」


僕は慌ててセーヌ川に向かった。

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