第172話 世界に向けて

ピッ


ラウラ(独)はクレモンティーヌ(仏)との通話を終えるとそのままG9専用回線で楊夫人マダムヤン(中)に繋いだ。


「もしもし、楊夫人。あなたの所にもバベルの塔の話しは来たかしら?」


「なにを藪から棒に言っとる、ふん、ご指摘の通り昨日ナインの李花琳から建設地の相談を受けたわ、大方そっちにも打診が言ったんじゃろ」


「先ほど、クレモンティーヌから電話があったのよ、ヨーロッパには我が国の領土を使って建てるらしいわ」


クレモンティーヌの名が出ても動揺しない所を見るに、楊夫人は彼女が鉄郎王国に取り込まれた事はすでに知っていたのだろう。この妖怪ババアめ。


「ほう、ドイツにな。カナダとアメリカにも打診があったらしいし、貴子の奴は北半球からジワジワと攻めるつもりかの?」


「にしても、世界各地にバベルを建設して鉄郎王国になんのメリットが…あれほどの施設、どれほどの資金力、一体いくら金がかかることか」


ラウラのその言葉に楊夫人はまだまだ若いなと電話越しにほくそ笑む、加藤貴子にとって金なんぞ生きてるだけで勝手に入ってくるのだ、額など気にするものか、ましてや今回は男絡み、出し惜しみなどするわけもない。


「ふぉふぉ、奴は世界を本当の意味で一つにしようとしてるんじゃろ、そのための準備と見るべきじゃな、まぁ、男にいい所を見せようと随分焦ってはおるようじゃが」


「世界を?」


「あれは電力施設の形式をとっておるが兵器としても使用できるのはクレモンティーヌ達との実戦で証明されている。大体なんなんじゃ国全体を囲うバリアって、常識外れも大概にせえ!!

はぁ、それに中継アンテナの意味もあるじゃろ、世界中タイムラグなく情報の共有が可能なのは驚異じゃし、あの絡繰人形なら各国のコンピュータに簡単に干渉し放題で情報の処理も秒とかからん、実質世界征服完了じゃ、はぁ〜、どう考えても詰んどる」


楊夫人は何やら溜まっていたのか、早口でまくし立てた。


「では、バベル建設には反対したほうが」


「それこそ今更じゃよ、貴様の所が拒否してもフランスかイタリアに建てられる、それにあの国王(おとこ)が笑顔で頼めば大抵の国は許可を出すんじゃないか、やり方は美人局つつもたせぽいがメリットはあるしな」


「くっ、確かにもう遅いですね」


「そう言う事じゃ、せめて加藤貴子の奴が武田鉄郎に会う前だったらば、やりようもあったんじゃが…」


「それ、結構最初の方ですよね、それにナインの李さんとは仲がいいじゃなかったんですか?その情報もらえなかったんです?」


「…………李の奴は貴子に懐いとるからなぁ」


「…………」


ドイツと中国、両国のトップが揃ってため息をついた。貴子の力は急激な勢いで世界を侵食して行く。






ベラルーシ上空、眼下に広がる広大な森に目を奪われつつ、鉄郎は先ほどまで居たモスクワのことを思い出していた。



ターボファンエンジンから陽炎をユラユラさせながら黒夢がB-2スピリットの黒く大きな機体を自動運転で赤の広場に出現させた。

瞳を青く光らせながらまるで指揮者のように鉄郎の隣で腕を振り操るその姿に、えっ、この飛行機ってラジコンなのと吃驚させられた。

目の前に降ろされたタラップに片足をかけながら、広場に集まるロシアの人々に笑顔で「さよなら」と手を振れば悲鳴のような歓声が聞こえてくる。


「きゃー、鉄郎さまぁ、またロシアに来てくださいね〜!」

「アナスタシアさまに飽きたら、いつでも言ってくださいねすぐに駆けつけます!」


「うっさいわ!」


アナスタシアさんがヤジに反応して叫ぶが、本当に国民との距離感が近い。王族のわりに随分と親しまれているんだな、アットホームで良い国じゃないか、後はルンバ改を増産して作業力と農地を増やせばきっと良い方向に進むことだろう。

僕は満足気に微笑むとロシアの地を後にした。


まったく、日本での会議が終わったらすぐに国に帰ると思ってたのに、まさかそのまま世界ツアーをまわることになろうとは、真澄先生とか心配してないかな?












フランスのパリ、世界的にも有名な都市に降り立った僕達。


エトワール凱旋門から伸びるのはシャンゼリゼ通り、石畳で舗装された片側3車線と広い道幅、その左右に5.6階建てのおされな店が立ち並ぶ、しかし赤の広場でも思ったがここは決して滑走路では無いんだよなぁ。ナポレオンも潜ったと言う(彼の命令で建設されたが門の完成前にナポレオンは死去している)立派な凱旋門を見上げながらちょっと現実逃避、それにしても大きいな。

凱旋門に横付けされたB-2爆撃機が違和感を放っている、まぁ、ここは道も広いし邪魔にはならないか。


鉛色の空、小雨が降るなかメンバー全員が黒いスーツに身を包んで黒い傘をさしながらシャンゼリゼ通りをコツコツと歩く、黒夢と翡翠も珍しく一緒の黒スーツで先頭を行く、一見するとどこかのマフィアにでも間違われそうな出で立ちの僕らだが元国家元首のクレモンティーヌさんの指示だからしょうがない。


「私の国に来た以上、おしゃれには気を使わないと国民に舐められますわ、シャネルのスーツですわよ」と怪しげな仮面を被りながら力説されても、説得力に欠けると言うか、ねぇ。


セーヌ川を渡りパリ7区、シャン・ド・マルス公園に来ると、正面にエッフェル塔がそびえ立っているのが見える、設計・建設したギュスターヴ・エッフェルの名を冠した塔は東京タワーとは違った歴史 (完成1889年)を感じさせる、パリ万博の目玉として建設された塔だが、考えてみると大阪万博の時に建てられた太陽の塔も同じように評価されてもよいのではないかと思う。


シャン・ド・マルス公園。北西にエッフェル塔、南東にエコール・ミリテール(陸軍士官学校)が隣接するパリでも有数の緑地公園だ、今、その公園の真ん中には赤絨毯が敷かれ、その左右には陸軍の儀仗兵がズラリと並び、その外側に100万に届こうかというパリ市民が老若男女問わずひしめいている。


「うへぇ〜、ここを通って行くの?なんか凄い人が集まってるんだけど」


あまりの人数にちょっと尻込みしつつ、おそらくその原因であろうクレモンティーヌに振り返る。


「さすがに時間が足り無くて、全市民を集めることは出来なかったんですけどね、でも大丈夫、世界中継の準備はバッチリだから」


胸を張ってそう言うクレモンティーヌさんに、そう言う事じゃないと言いたかったが、多分もう拒否出来る段階ではないんだろう、僕は覚悟を決めて後ろに控える李姉ちゃんに傘を渡し、歩き始めた。






今日、この公園に来ていた者は後に語る。

彼はまさに神の降臨を思わせた、先ほどまで降っていた雨がちょうど止み太陽の光が雲間から差し込む、そんな神々しい光に照らされて一人の美少年が赤い絨毯の上を堂々と歩いて行く。

彼の姿にザワザワとした雰囲気が一瞬で変わった、男性特区のあるパリだけにこの場には大勢の男性がいたが、そんな有象無象のものとは比べものにならない美しさが彼には有った、健康で均整のとれた肉体、キリリとした瞳が左右に並ぶ者達に向けられると女性達は一様に頬を染める。


「美しい…」

「トレビアン」


再びザワつき始める会場を黙らせるのは彼の後ろから歩いて来る老女だ、発せられる覇気に呑まれ口をつぐむ、だがよく見れば絨毯を歩くメンバー全員がただならぬ雰囲気を持って会場を圧倒する、先頭を行く幼女二人にすら逆らえない何かがあるのだ。


エッフェル塔の前に作られた高台に迷いなく登って行く美少年。前回の嫁の座争奪戦が世界中継されたこともあり、鉄郎の知名度は現状世界のトップと言える、そんな彼が再び世界に向けて言葉を発しようとしている、その姿に全世界に中継されているTV画面の前で全人類が固唾を飲む。


マイクの前に立つと鉄郎は自分を落ち着けるようにその目をつぶった、再び目を開けばその瞳には燃えるような決意が宿っている。



「皆さん初めまして、この度、世界の王になった武田鉄郎です」



武田鉄郎がフランスに、いや世界にその存在を宣言した瞬間であった。

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