第171話 ヨーロッパに忍び寄る影
モスクワ、朝靄立ち込める赤の広場にまるでこの国の人間が全て集結したかのような人波が押し寄せる、生の鉄郎を一目でも見ようと人、人、人だらけである。中には一昨日宮殿で見たメイド服のような学生達がピョンピョン飛びはねる姿も見えた、思わず耳を塞ぎたくなるような歓声が朝の広場に響き渡る。
タァーーーーーーーン
「静まれ!これより鉄郎様よりお前達にお声がけがある、玉音、心して聞くように!」
児島さんがメイド服姿でカラシニコフを空に向けて撃つと、いつも通りに演出過剰な台詞を吐いた、本来ならその高飛車な態度に文句の一つでも出そうな演出であるが、僕の感覚が間違っているのか皆キラキラと期待に満ちた視線を送ってくる、非常に居心地が悪い。
てか、玉音はないだろう、ただの高校生だぞ僕は。
広場に急遽作られた演説台に上るとワァァーーーーッと大きな声が上る、僕が右手を上げるとピタリと静まり返る。ロシア人怖い、どんな調教されているんだ。アナスタシアさんが後ろに立ったのを確認すると目の前のマイクのスイッチを入れた。
ブツッ
「あー、ロシアの皆さんおはようございます。突然の来訪にもかかわらず熱烈な歓迎に感謝の言葉しか出てきません。あー、遅ればせながら、この度、
ドワァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
僕の言葉に鼓膜が破れそうな歓声に思わず耳に手を当てる、まるでSGレースが開催される住之江競艇場のような盛り上がりにゴクリと息を飲む。
「すっげぇ盛り上がりだな、ロシア人ってこんな大声出せるのな、いつも寒い所にいるからボソボソと口が凍ってんじゃないかと思ってた」
「この所、世界的に暗い話題が続いてましたから、鉄郎様との婚約は光明となったのでしょう」
感極まって涙ぐむアナスタシアさんの隣で貴子ちゃんと児島さんがコソコソと小声で話している、気にはなったがかまわず僕は演説を続ける。
「この婚約によりロシアは、僕の鉄郎王国に従属してもらう事になります、つまりこの国は鉄郎王国の決定に全て従ってもらいます」
いきなりの一方的な勧告。だが
「大歓迎だわ、鉄郎さまの国にだったら従うわーっ!」
「このロシアを希望ある国にしてくださいー!」
「王子の誕生はまだですか!!」
結構な無茶ぶりにもかかわらず即座に信じられないほど好意的な声が聞こえてくる、えっ、それほどまでにアナスタシアさんの統治はまずかったのだろうか?
僕が演説台から降り、アナスタシアさんが代わって台に上がって僕との婚約までの話を涙ながらに語り出す、BGMに翡翠がアンプにベースから伸びたシールドを刺して、ベキョベキョとソビエトマーチを広場全体に響く大音量で演奏し始める、そうなれば観客のボルテージは爆上げだ、この人達朝からウォッカでも飲んでるんじゃないだろうな。
こうして鉄郎王国は大国ロシアを正式に傘下に収めた。世界征服と言う偉業なんだが、思いの外簡単に事が進み過ぎてて怖くなってきた。
お披露目のような何かを終え、クレムリン宮殿に戻ってきた僕達だが次の行き先であるフランスに向かう前に話を通しておかねばならない人がいるらしい。
クレモンティーヌさんがピポパとスマホを操作し通話ボタンを押した。
「あ、もしもしラウラさん、ちょっとあなたの国にバベルの塔建てたいんだけど、そうね国境沿い、ストラスブールとシュトゥットガルトの間あたりならヨーロッパ全域をカバーしやすいんだけど、もちろんいいわよね」
「はぁ?」
「だから、国境沿いの…」
「いや、そう言う意味じゃなくて、貴様クレモンティーヌだろ!何しれっと私に普通に電話してきている!」
「ああ、悪い悪い。あの時はお騒がせしてしまったな、後、私は今、シルバー仮面を名乗っているので以後よろしくたのむぞ」
「あぁ、あれか」
電話越しに聞こえるクレモンティーヌの声、ラウラは東京での鉄郎王国の面々を思い出して、そう言えば一人仮面をつけた馬鹿なのがいたなと呆れ顔をつくる。本来そんな事をするキャラではないのだが、クレモンティーヌの奴、性格変わったんじゃねと思いつつ会話を続けた。
「で、どうだ?あの辺りなら塔を建てても邪魔にならないだろ」
「なんでドイツなのよ、フランスじゃまずいの?」
「いや、あの敗戦の後にうち(フランス)が得するのは贔屓と思われてまずいだろ、それにエリザベスは偉そうに統一国家に参加を断ってきたし、ジュリアは日当たり悪くなりそうだからイヤって言っててな、消去法でラウラの所なんだ」
「…………で、うちにメリットあるんでしょうね」
「ヨーロッパの電気が全部、
「あら、太っ腹ね」
安定した電力供給に黒夢シリーズの貸与は経済的に無視できないレベルの話しだ、おいしい話しだがどんな裏がある事やら。
「それにドイツにはメルセデスやポルシェのパーツで欲しい物があるんですよね、ここで恩を売るのも悪くないかなと」
児島が突如会話に混じってくる、彼女はドイツ系の乗物が多いのでこの機会にガッツリ貴重な部品をせびろうと思っていた。
「貴女……、わかってるわね。ドイツの車は世界一ィィ!フェラーリや本田、松田なんてドイツ車と比べたらおもちゃよ、おもちゃ、はーっははッはー!」
途端に気分良く話し始めるラウラだったが、その言い回しはロータリーマニアの春子の機嫌を悪くする。
「けっ、ロータリエンジンの実用化もろくすっぽ出来なかった国が偉そうに」
「はぁ?元々ロータリーエンジンを考えたのはドイツ人なんですけどー、本当、日本人は猿真似だけは上手なんだから」
あれ?なんか雰囲気が悪くなってきたぞ、軌道修正しないとまずいんじゃない?しばしクレモンティーヌさん達のTV電話回線を見守っていたのだが、児島さんの一言で変な方向に向かってしまった、ここで婆ちゃんの機嫌を損ねるのはまずい。そうだ!
「ラウラさん、鉄郎です。まぁ、落ち着いてください、それぞれの好みをここで押し付けても仕方ないでしょう、ちなみに僕としては本田党です」
(結果、火に油の所業)
「くっ、ちなみに愛車は?」
「モンキーです」
「むむむっ、確かにあのバイクのように可愛くて小さいのはドイツでは作ってませんね、BMW・S1000RRとかじゃ駄目ですか?」
後ろで児島さんが満面の笑みでとりあえず何台か送ってくださいなどとほざいているが、ジュリアさんはそんなとろいバイクならドゥカのほうがいいわよと不満気だ。
あれ?何の話ししてたんだっけ。クレモンティーヌさんが呆れ顔だ。
「まぁ、なんにせよこれからパリに向かうから、ラウラも暇なら来なさいよ」
「あんた達のせいで暇じゃないんだけど、行ったほうが良さそうね」
「あ、手土産を忘れるなよ、ソーセージとかでいいからな」
「ヴルスト?食事会でもあるの?」
「いや、私が食べたいんだよ」
「…………」
結局ラウラは律儀にソーセージを手土産に持参するのだが、それで春子の機嫌が直るとは思わなかった。ドイツのソーセージ恐るべし。
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