第170話 御柱

ばあちゃんとモスクワの街、赤の広場を歩く、周りを固めるのは先ほどの空挺部隊の方々で完全武装なので威圧感が半端ない。まぁそのおかげで一般の人が近づいてこないから楽でいいんだけど。


「鉄、ほれマトリョーシカだ、可愛いし良く出来てるなぁ」


ふと、立ち寄った店でばあちゃんが日本で言うなら“こけし”のような木製の人形を手にしている。

大きな人形の中に段々と小さくなる人形が入っているロシアの民芸品だ、このマトリョーシカ、由来には諸説ある、日本の箱根細工の入れ子人形が伝わったものとか愛媛県の姫だるまを真似て作ったとも言われてるが、今ではロシアの民芸品の代表格となっている、可愛いし真澄先生にお土産に買っていこうかな。


「パパ」


「おわぁ!!」


考え事をしているところに翡翠に突然声をかけられて吃驚して声をあげる、い、いつの間に来たの?

ばあちゃんがマトリョーシカを手に持ちながら僕の方を見るが、目の前の翡翠を見て納得したのか、これと言って声もかけず棚に飾られたカラフルな木皿を手にした。


「黒夢姉様ニ今日の予定をパパに聞いてコイと言われタ」


「あれ?それを僕に聞く?貴子ちゃんに聞いたほうがいいんじゃ」


「ロシアの次はフランスかイタリアじゃないのかい?」


木皿を見ながらばあちゃんがそんな事を言ってくるが、どうなんだろ?

すると突然、翡翠の身体がブルブルと震え瞳が青白く光る、え、何?


『鉄郎くん!今どこ、まさか一人じゃないよね!』


「おりょ、貴子ちゃん?」


いきなり翡翠の口調が貴子ちゃんのものに変わる、実物大の電話か!色違いだけど。


「今、ばあちゃんと赤の広場のお土産屋さんに来てるんだ、ちゃんと護衛の人達も大勢いるから大丈夫だよ」


『はぁ? 護衛が大勢?』


「うん、空挺部隊の人達」


『なっ、なんでヴォソトニキが』


翡翠の声がアナスタシアさんのものに変わる、面白いなコレ。


「あっ、アナスタシアさん?昨日はどうも」


『いえ、いえ、こちらこそお粗末さまでした。ってそれより、なんでヴィソトニキが鉄郎様と?』


「さっき、ばあちゃんが僕の護衛にってスカウトしてましたよ」


『い、いつの間に、流石春子お祖母様、でも…一応その部隊ってロシアの虎の子なんですけど…』


『心配するなロシア娘、代わりに黒夢シリーズ1匹貸し出してやるから。それより鉄郎君、ロシアの次はフランスに寄ろうと思うんだが良いだろうか?』


「えっ、フランス。まぁ、いいいけど、エッフェル塔とか見れる?」


『おう!まかせとけ、あんなもの見放題だ!』


目の前で貴子ちゃん口調の翡翠がガッテン承知と胸を叩く、モノマネ見てる見たいで面白いなコレ。思わず翡翠の緑色の頭を撫でてしまう、サラサラの髪が気持ちいい。


『ん、鉄郎君、なんかしてる?』


なるほど通話中でも触感までは伝わらないか。


「ううん、何にも。もう少ししたらそっちに戻るね」


『了解!』





しばらくしてクレムリン宮殿に戻ると貴子ちゃん達が集まって何かしていた。

黒夢を中心にタブレットを持った貴子ちゃんが小さな指でパチパチと画面を叩いている、その横でアナスタシアさんが何やら地図を指差して貴子ちゃんに話していた。


「ただいま~、何してんの?」


「おお、鉄郎君おかえり。ちょっと待ってね、すぐ終わらせるから」


「鉄郎様おかえりなさいませ。今、バベルの塔2号機を設置しようとしてるんですよ」


「へっ?2号さんを、ロシアに」


「いやですわ鉄郎様、2号さんだなんて」


なぜか鉄郎の言葉にアナスタシアが頬を赤く染める。


「うるさいぞロシア娘! いや、せっかくだし、ついでだから建てちゃおうと思ってね、宇宙からシベリアに落とすんだ、ギュ〜ンって」


「へぇ~、王国の時みたいにコツコツ建設しないんだ」


どうやら宇宙で作ってから地上に落として地表に突き刺すようだ、まぁ、あんなデカいもの地上で作るのも大変だけど、宇宙は無重力だから作りやすいのかな?


「ふふ、製造法は秘密だけど、今地球上でこんな事が出来るのは私だけなのだ!!」


「黒夢のサポート無しジャ出来ないクセに」


「いいんだよ、黒夢(おまえ)を作ったのも私なんだから!!」


「それじゃ、建てるよ。ポチッとな」


貴子ちゃんがターンとタブレットの画面を叩くと、しばし沈黙が部屋におとずれる、するとズズズと地震のような揺れが身体に伝わってきた。そっかシベリアとモスクワって結構距離があるんだっけ、ロシアってでっかいからな、それじゃあ衝撃はこんなもんか。

(鉄郎は呑気に考えてますが、あの規模の塔をこの程度の衝撃で地上に落とすのは黒夢の軌道計算をもってしてもとても難しい事です、普通に落としたらその衝撃で灰が上空に舞い上がり恐竜絶滅の二の舞になります)


「成功?」


タブレットを見つめる貴子ちゃんに問いかける。


「ん、ちょっとずれた。玄関が地表に出てない、落下速度が速すぎたか?なんせ初めての作業だからな加減がつかめん」


「失敗ですの?」


アナスタシアさんが心配そうに貴子ちゃんに声をかける。


「いや、使うぶんには問題ない、10mばかり深く刺さり過ぎただけだ、後は作業用のルンバ改を派遣して1週間もすれば稼働できるだろ」


「おおっ、じゃあシベリアでもあの綺麗なオーロラが見れるの!」


「位置的にあれより凄いオーロラになりそうだけどね、むしろ眩し過ぎて面白みに欠けるかも」


「むしろ赤道ニ近い鉄郎王国デ、オーロラが見える方がおかしイ」


「さてロシアでやる事もやったし、次はフランス料理だな」


「なんか食べ歩きツアーになってきてるわね」


ジュリアがボソッと呟くが、誰もがあえて反応を示さなかった。図星?





その頃。


北半球はカナダのエルズミーア島、北極点に近い気温マイナス50度、見渡す限りの白と水色が広がる寒々とした大地。

今は極夜の時期で、6ヶ月後に太陽の光が射す春までは長い冬の時期である。


ヴァババババババババババババババ!!


雪と氷の世界、千に届こうかという数のホッキョクウサギの群れを1台の自動車が太いエンジン音を上げ、蹴散らすように走り抜ける、真っ白なうさぎがその車を避けるように飛び跳ねる。ジャコウウシの群れが遠くでその光景をつぶらな瞳で見つめていた。


「ヴゥ〜ッ、ヴゥ~ッ、ヴッ」


寒冷地、いや極寒仕様の白のジムニーシエラ。

1500ccのエンジンに貴子がフルチューンを施し、黒夢がボディと足回りを強化したこの1台、運転席には夏子、助手席にはリカが縛られて猿ぐつわをされて搭乗っていた。


「うわ〜、騙された!南極よりは暖かいって言われても、寒いもんは寒い!」


夏子がヒーターを最大にしながら叫ぶ。



日本で鉄郎の世界征服宣言が成されると、それに向けてそれぞれが行動に移し始める。計画の要となる世界各地にバベルの塔を建設するために、まずは北半球からねと夏子もショッキングピンクのC-2を北米に飛ばした、アメリカ大統領キャロル・シェルビーは二つ返事で設置の許可を出した。その強行軍に付き合わされたのは偶然武田邸の廊下ですれ違ったリカであった。



GPSで現在地を確認すると目印となるマーカーを設置、C-2の蒼天そうてんに無線を入れる。


「マーカー置いたわよ、ルンバ改降ろしていいわ」


「了解シタ」


「まったく、わざわざこんな寒い所まで、マーカー置くだけなら機械で出来ませんの」


ガチガチと震えながら愚痴をこぼすリカ。


「数百万トンの氷と雪の世界だからね、まだロボットだけだとここまで来るのが難しいのよ」


「そう言うものですの?やはり人間はまだ大自然には敵わないんですのね」


そう言って二人で薄暗い空を見上げれば、頭上をC-2が通過していた。次々と落下傘をつけたコンテナが落ちてくる、おそらくあの中には無数のルンバ改が詰まっているのだろう、夏子はそれを確認すると撤収を始めた。

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