第165話 ゴールデンカムイでキャビアにウォッカかけて食ってたけど美味いのかアレ?

丸ビルを出ると鉄郎が腹をさすりながらボソリと呟く。


「銅製の鍋、手に入れるならやはり“かっぱ橋”か……」


何やら真剣な表情、先ほど食した天ぷらには魔性が宿っている、自分でも料理を作る鉄郎はすっかりその気になっていた。

よく観た直後に映画に影響される人間がいるがそれに近い。


「ん、銅製の鍋くらい私が作ってあげるよ、国に帰ってからでもいい?」


「本当に!さっきの店主さんが使ってたような鍋だよ、新品の十円玉みたいな色の!」


えらい勢いで詰め寄る鉄郎に気を良くした貴子が、腰に手を当てて高笑いする。


「わっははー、ま~かせなさい、グリーンノアの施設なら鍋でもミサイルでも簡単に作れるよ」(貴子にしてみれば天ぷら鍋もミサイルも大差ない)


「おぉ、貴子ちゃんがすっげえ可愛く見える!」


「ハッハハ、失礼だな鉄郎くん、私はいつでも超可愛いよ」


「馬鹿言ってないで早く歩きな。早くしないと電車に乗る時間になっちまうよ、帰りは松本に行くから新幹線じゃないんだからね」


帰りは松本空港にB-2スピリットを置いてあるので、行きで使った新幹線のルートは使わない、特急に乗って帰るのだ。






東京駅のホームに特急あずさの大ぶりな車体が停車している、本来なら新宿駅からしか出発しない時刻に東京駅のホームに横付けられた特急あずさは鉄オタが見たら珍しさで二度見確実だ。突然のダイヤの変更、おそらくここでも色々な権力が働いているのだろうが、いまや鉄郎は世界の最重要人物だこれぐらいの優遇はせざるを得ないのだろう。


ホームで敬礼の姿勢で春子達を見送るのは蒲郡がまごうり、後ろには陸上自衛隊の部下達が直立不動で並んでいる。


「いや〜、実に名残惜しいですな、せっかく日本に帰ってきたのですから今晩は泊まっていってくださればいいのに」


「別に東京に用事はないからね、国に帰ったらまた電話するよ」


「ん、春子、すぐに国には帰らんぞ。ロシアに寄っていく」


「ロシア?」


「ふむ、ロシアに向かうなら三沢から護衛にF-35A飛ばしますか?準備(スクランブル)させますよ」


てっきりスリランカに帰ると思っていた春子に貴子から次の行き先を告げられる、蒲郡は呑気に話をあわせてくるが春子としては嫌な予感しかしなかった。





E353系特急あずさ、縦長の白と紫を基調としたちょっと未来的なデザイン、先頭車両の正面にはE353の文字が運転席の下に入っている、行きで乗った新幹線あさまもデザイン的には優れているが鉄郎としてはこのあずさの方が電車ぽくて好きだった。

グリーン車である9号車にぞろぞろと鉄郎達が乗り込むと当然のように誰も乗っていない、普通車の2倍の料金のグリーン車だが決してそれが理由ではないだろう、おそらく貸切と思われる。

真ん中の通路には赤い絨毯が敷いてあり、黒を基調としたシートが左右に2席ずつ並んでいる、旧型のあずさではそのチープさで評判の悪かったグリーン車だが新型は随分と頑張ったのだろう、高級感が格段にアップしている。


E353系ではフルアクティブサスペンションや空気バネ車体傾斜方式を採用しているので、急カーブの多い中央本線でも乗り物酔いも気にならない位で凄く快適だ、お母さんの車とは比べものにならない。

小淵沢を過ぎたあたりで窓の外に富士山が見える、隣を見れば貴子ちゃんが車内販売で買った信玄餅アイスをうまそうに食べていた、後で一口もらおう、後ろの席ではWiFiに接続したのか黒夢と翡翠の瞳が揃って青く点滅している、何を調べているやら。

一仕事終えた帰りの所為か行きの新幹線のような騒がしさはなく、どこかまったりとした空気が眠気を誘う…。







「う〜ん、貴子ちゃん変なワクチン打たないでぇ〜、脳が5Gの電波受信しちゃう」


「一体どう言う夢を見てるんだ? 鉄郎くん、起きて松本に着いたよ」


「うにゅ、もう着いたの?」


起き抜けの目をこすりながら窓の外を見ればそこは駅のホーム、アナウンスで「まつもと〜まつもと〜」と機械音声が流れている、あずさから降りて改札を抜け、エスカレーターを使ってお城口に出れば、もうじきオレンジに染まろうとしている空と松本の街並みがひろがっていた、ここからじゃ流石に松本城は見えない。そのかわりに駅のロータリーに緑色の装甲車がずらりと並んでいる、これは絶対に蒲郡のおばちゃんの指示だな、戦車がないだけ東京駅よりはましか。


「松本駐屯地13連隊一等陸尉内藤であります、34歳独身です!空港までお送りいたします!どうぞお乗りください」


憧れの婆ちゃんを前に尻尾を振るワンコのような笑顔で敬礼する内藤さん、なぜに歳と独身を強調する?





三菱のジープで松本空港に移動を始めた僕達だが、隣の貴子ちゃんにふと疑問を投げかけた。


「そう言えば何でロシアに行くことになったの?」


「あぁ、アナスタシアの奴がな…」


貴子ちゃんが僕から目をそらして外の風景を見つめた。









あずさに乗る前の事、東京で天婦羅屋に向かう途中、アナスタシアが貴子に話かける。


「貴子さん、貴子さん。折角極東の地まで来たんです、近いですし我がロシアに寄って行きましょう」


「はぁ?何でお前の国に寄らにゃならんのだ」


「あら、ストリチナヤの18年物がありますが、お飲みにならないと?」


「なぬ、18年物のウォッカだと…」ゴクリ


「ついでにキャビアも本場物のいい物がありますよ」


一般的にウオッカといえば小麦 (ロシア産に多い)などの穀物を蒸留したエチルアルコールを白樺の活性炭でろ過、それに加水してできるものだがウイスキーと違い基本的に何年も熟成させることはない、無色透明で雑味のない味が特徴だ、そのためこの酒は美味いではなく良いウオッカと表現される、だがそれの18年物と言われるとウォッカ愛飲家の貴子としては是非とも飲んでみたい衝動にかられる。幼女の肉体だが味覚は変わらないので好きなものはやめられない。

しかも好物のキャビアまで、これは行かざるを得ないではないか。


「し、仕方ないな、黒夢、次の行き先をモスクワ赤の広場に…」



意外とくだらない理由だった。

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