第164話 天婦羅と精子

天ぷら専門店 天正。

80年以上の歴史をもつ天婦羅の名店として知られており、昭和天皇も食したこともあって世界の要人の接待にもよく使われる、由緒あるお店だ、現在は今年54歳になる3代目の店主 橋井良美はしいよしみが客の目の前で天ぷらを揚げてくれる。本来必要な予約もなしに席が取れたのは一体どこの圧力がかかっているのか?

10人が座れる掘りごたつ式の座敷でU字型のテーブル、店主の正面には鉄郎が真っ先に座った。

窓から見える赤レンガの東京駅には陸上自衛隊の10式戦車がまだ数台残っていて、蒲郡がなにやら指示を出している、ちなみに黒夢と翡翠は食事を摂らないので部屋の隅で立たされている。ベンベン


鉄郎の目の前の銅鍋には透き通った油がジジジと音を立てている、店主は背筋を伸ばすと手元のボウルに手際よく天ぷら粉にくぐらせた海老をそっと投げ込んだ、途端にジュワァっと油の爆ぜる心地よい音色が聞こえてくる。


パチ、パチ、パチ


「まずは活サイマキ海老からお召し上がりください、今朝九州から届いたものです」

(車海老:15cm以上を車海老、10〜15cmをマキ、それ以下をサイマキと呼ぶ、天ぷらには小型のサイマキが美味い)


目の前に置かれた海老は衣を薄くまとった小ぶりなもので、まだ小さく油が弾ける音を立てていた、鉄郎は箸で持つとチョンと小皿の塩をつけて口に運んだ。


サクッ、プツン、ジュワァ…


「何これ、美味っ!!」


口の中でプツリと弾力を感じさせる海老の身、普段家で揚げる衣が厚めのボテリとした天婦羅とはあきらかに一線を画す代物、絶妙な火加減、これなら天婦羅専門店がこの世に存在するのも納得だ。

初めての体験に目を見開いて驚く鉄郎に店主が優しく微笑む、そのドヤ顔が自信に満ち溢れている。


ジュワ、パチ、パチ


「次はお野菜、今日のナスは出来が良いですよ」



ナスに次いで魚介を3点、その後はシラウオのかき揚げと次々と出され楽しめた、締めには茶碗にもられた白米に雲丹を揚げたものがのせられており、甘辛いタレをかけて掻き込むと雲丹と海苔から海の香りが口の中に広がりなんとも言えず美味だった。

天ぷらなど旬の山菜か近所の食堂で天丼ぐらいしか食べた事がなかったが、これだけのものを出されたら認めざるを得ない、今まで食べたてきたのは所詮天ぷらモドキだ、本物はここにあった。

改めて尊敬の念を込めて目の前に立つ3代目店主を熱く見つめた。店主の頬が年甲斐もなく赤く染まる、二人だけの空間が出来上がった。







食べる事に全集中していた鉄郎をよそに、貴子達の会話は弾んでいた?



「だからうちの国に呼んで施術なんかしなければいいんだ、よその女の分なんぞクール宅配便で送りつければいい!」


貴子がファンタを片手に春子に絡む。(容姿から酒の提供を断られた)


「そう無責任なことはできんだろ、そんなものがいきなり送られて来たら奪い合い殺し合いになるぞ」


「むむっ、それもそうか。私でもそんなお宝の存在を知ったら何するかわからんな」


「まぁ、現状、鉄郎王国で管理するのが安全・確実なんじゃないの〜、費用は各国に負担させればいいんだし」


ジュリアが頬杖をつきフォークに刺したタコを口にいれながら、呑気な声を出す。


「それにしても鉄郎様の血が世界中に広がって行くのは、想像するとワクワクしますね」ニコニコ


「アナスタシア、あんたは随分と軽いわね、嫌じゃないの?」


「だってその人達は鉄郎様に直接注いでもらえるわけではないのでしょう? そこに愛情があるわけでなし所詮作業ですよ、あんなの」


「いや、そりゃそうだけど。あんた以外と冷めてるのね、シベリアがよく似合うわぁ〜」


ジュリアとアナスタシアに割り込んでくるのはシルバー仮面ことクレモンティーヌだ。


「ロシア人って本当に冷たい所あるわよね、体温低いんじゃないの、永久凍土?」


「私ディスられてる? 失礼な、心も身体もポカポカですわ!」


「…ふむ。ロシア女の言う事にも一理あるな。愛情の有る無しは非常に重要だ、実験だと思えば……いや、しかし、う〜ん、やっぱりないな」


「安売りセールみたいで、鉄郎様の価値が低く見られそうですもんね」


「その案を提案したお前が言うな!時給下げるぞ」


「有給とりますよ」ボソ


「うぐっ」


基本科学以外ポンコツの貴子は児島がいないと生活力が足りない、世界一の頭脳を持っていてもこればかりは持って生まれた性格の問題でもあるのでなんともしがたいのだ。

考えてみれば、黒夢シリーズの1体を秘書に使えばいいのだが、黒夢シリーズは基本鉄郎にしか懐かないのでやっぱりダメかもしれん。


「ちなみに児島、鉄くんの精子って1日でどれ位作られるの?」


麗華がジョッキ片手に会話に割り込んでくる、麗華は根拠のない自信にあふれているので余裕の表情だ。


「そうですね、鉄郎様はまだお若いですから1日に作られるのは1億3千と言う所ですね、人工授精に使えるのは半分くらいですが」


「それでも1日で6千以上なの!」


「いえ、禁欲期間をとってますので3日で6千です、1年なら約72万ですね」


「72万!!そ、そりゃ凄いな、世界統一も納得だわ、もう鉄くんのだけでいいんじゃないの」


感心する麗華だが、何かに気付きしばし考える。


「あれ? 年間でそれだけの男が増えれば、20年後にはとんでもない事にならない?」


「おそらく、爆発的に人口が増えますね」

(年間72万×20年で約1400万、そこから更に倍々計算が始まると…)


「「「「ほへえ〜〜〜〜っ」」」」


女性陣が揃ってまぬけな声を上げる、数字で示され鉄郎のしようとしてる事がどれくらい凄いのかようやく実感が湧いたらしい。遅えよ!



皆で鉄郎に目を向ければ、そこには中年のおばちゃんと見つめあってる鉄郎が居るのだった。平和だなこいつ。

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