第162話 見守る者

大きな双丘が呼吸に合わせてゆっくりと上下している、一糸まとわぬ姿で女性が寝台に横たわっていた。


『は~い、もう動いていいですわよ~』


スピーカーから聞こえて来るどこかのんびりした声を合図に身体を起こすと、自らの胸の大きさの所為でユサッとした重力を感じる、ウィンウィンとうるさかったモーター音が鳴り止んで、いまだチャカポコと点滅するライトがちょっと眩しくて目を細める。


「ふう、こないごっつい機械に囲まれてると、ただ寝てるだけやのにごっつー緊張するわ~」


脇に置いてあった薄い病衣を掴み取りフワリとはおり身体を隠すと、貴子お手製のMRIの寝台から降りる、少し冷たい床が素足に心地良かった、ふと窓越しにこちらを見ている京香と目が合った。


『今日の検診はこれで全て終わりですわ、ご苦労様』


京香はニコニコとそう告げると、フレームレスの眼鏡を外して白衣の胸ポケットに差し込んだ。




京香はタブレット端末に表示されるデータを細い指でスクロールさせると、目線を住之江に向けて上げた。


「ふむ、経過は順調ですわね、これといって問題ありませんわ、しいて言えば筋肉つき過ぎですわ、なんですのこの体脂肪率13%って、アスリートも真っ青ですわ」


「しゃーないやろ、うちかて好きで腹筋硬くなったわけやない」


春子やエーヴァの特訓のすえに見事に割れた腹筋、プロポーションこそ完璧だが女性らしい柔らかさが失われた、脂肪が残ってるのは未だ大きい胸だけと言っていい。


「まぁ、しばらくは激しいトレーニングは控えたほうがいいですわ、後で妊婦用のトレーニングメニュー渡しますからそれに従ってくださいな」


バベルの塔の1室で住之江と京香がソファーに座ると、そこに真っ赤なゴスロリ服に身を包んだ真紅しんくがお茶を運んで来て、テーブルの上にティーカップをコトリと置いた。


「紅やん、おおきに」


真紅に礼を言うと住之江はさっそくティーカップに口をつけた、妊娠による検査など初体験なだけに、やはり少し緊張していたようだ、一口飲んで自分が喉が乾いていた事をいまさらながら自覚した。

飲み口の良いストレートの紅茶が喉元を過ぎると、ダージリンの香りにホッと一息ついて天井を見上げた。


「はぁ、今頃、鉄君は東京やね、元気にやってるやろか」


「パパならチョウド演説中ダゾ、映像で見るカ」


「「見れるん(ですの)?」」


京香と住之江が同時にお盆を持ったままの真紅に向かって首を振った。


黒夢くろむ姉様や翡翠ひすいの見てイル映像ナラ、簡単に映せルゾ」


真紅の瞳がチカリと青く光ると部屋に備え付けられた大型モニターがブンと音を鳴らして起ち上がる、すると遠く離れた日本の赤坂迎賓館の映像が鮮明に映し出される、鉄郎に向かって斜めうしろからの映像はおそらく黒夢の目線だろう、姉妹で情報を共有している黒夢シリーズならではの利点と言える、彼女らは個にして群なのだ。


「おお〜っ、ほんまに鉄君や、スーツ姿めっちゃかっこええな、けど横顔やん、これ前からは見れんの?」

「へえ、凄いですわね。あら、なんかTVで見た事あるお偉いさんもいっぱい並んでますわ」


モニターでは、ちょうど鉄朗が自らの精子の提供を集まった代表達に約束していた、それに喰いつく各国の女性陣の顔を黒夢の瞳はばっちり捉えている、その姿は目が血走りまるで飢えた獣のようだ。この調子なら鉄朗の世界征服もすんなり行きそうに思えた。


「う~ん、せやけどこれ、鉄君本人が精子提供言うんはビッチに思われへんか」


「いや、その心配はないと思いますわ、基本的には貴子さん達の武力には逆らえる国はありませんもの、それほどまでに先の戦争は圧倒的でしたから、散々脅しといてその後にこんな美味しい餌を目の前に垂らされたら1発で釣れますわ、このやり口、多分これ児島さんが演出してるんじゃありません?」


「あ~、あの人やったらこう言う飴と鞭上手く使いそうやな~」


ジロ


「「ヒッ!」」


京香と住之江がそんな事を話しているとモニターの向こうでメイド服姿の児島が黒夢をチラリと見た、一瞬こちらと目が合ったように思えて二人はなんか児島が怖くなった。





大きな画面の中心に映る鉄朗を見ながら、住之江はまだ膨らんでもない腹を優しくさすった、隣で見ている京香も自然と少し大きくなったお腹に手を当てていた。住之江が自分のお腹に向かって笑みを浮かべながら話しかける。


「ふふ、お前のおとーちゃんはこの世界で一番偉い人になるんやで、い~っぱい自慢したるから早よ大きくなって出てくるんやで」ポンポン


「ふふ、何ですのそれ、出産にはまだ280日(約10ヶ月)はかかりますわ」


「気分の問題や、はは、しっかし鉄君に会うまでこんな人生になるなんて思ってもなかったわ、うちちょっと幸せすぎて怖いわ」


実家のある大阪を離れ長野に高校教師として赴任した、そこに運良く鉄郎が入学してくる、男なんて諦めていたはずなのに今では第一婚約者となり子供まで身ごもった、しかもその父親は今、世界の王になろうとしている、まさかこんな展開になるなんて一体誰が想像出来ただろうか。まさに激動の1年だった。


「確かに、鉄郎ちゃんには色々ビックリさせられましたわ、まさか自分の娘と同じ年頃の男の子とあんな激しいエッチが出来るとは思いもしませんでしたわ」


「そや、京香さん。この後に及んでまだ愛人言うつもりやないやろな、ええ加減前の旦那とはきっちり離婚してこいや、鉄君に失礼やろ」


「エ~、だって禁断の恋の方が燃えるんですもの。それに自分の娘と同じ旦那さんと言うのは、世間体的にどうなんですの?」


「鉄君の童貞真っ先に奪っといて、何いうとんねん」


一見常識人に見える京香だがある意味、鉄郎の周りで一番怖いのはこの女かもしれないと住之江は思った。





「そうですわ真紅ちゃん、住之江先生の警護担当って誰になりますの?」


「ン、多分、蒼天そうてんガナルと思う、マダ新しい妹はロールアウトしてナイカラ」


「黒ちゃんの妹ってまだ増えるんかい」


「国内は製造中も含めて24人でヒトマズ打ち止め、パパにそれ以上は覚えられないト言わレタ、国外に行くのは別のタイプにナル」


「全24色か、24人も並んだら戦隊物やなくて色鉛筆みたいやな」

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