第153話 悪魔の証明

夏子がチンッと小さな音を立てて大包平おおかねひらを鞘に納めた。その夏子の周りは地面が赤く染まり、かなり凄惨な光景が広がっていた。


ズギャギャギャン! キュウゥゥゥゥゥゥン!


同時に翡翠が左手の小さな指で弦を押し上げチョーキングで演奏を終えた、本当に戦いの最中ずっとベースを弾いていたらしい、翡翠がドヤ顔を見せると静寂が戻ってくる。


「さてと、翡翠ひすい。こいつら塔の医務室に運んで」


「ン、マダ生きてるゾ、トドメサスカ?」


「生きてるから運ぶんでしょう、早くして、でないと死んじゃうじゃない」


「メンドクサイナ」


翡翠が瞳を青く光らせると大量のルンバ改がワラワラと現れ、倒れ込んでいる兵士達を運び始める、その姿はアリの行列が餌を巣穴に運びこむようだった。


「あぁ〜、ちゃんと手足も拾っといてね〜後でくっつけるから」


「ダッタラ、ポンポン斬るナ」


「しょうがないでしょ、こいつら意外と強くてあまり手加減出来なかったんだから、特に隊長さんなんか私の打ち込み2回も受けたのよ、思わずムキになっちゃた」


「カカカ、翡翠わたしナラ無傷で制圧出来たゾ」


「嘘つくんじゃないわよ、あんた達に手加減なんて出来るわけないでしょ、皆殺しにするだけじゃないの」


「カカカ、人間ハもろいカラナ、音波攻撃ダト脳がヤラレル」


ウィーン


「あ〜もう、ギャンギャンバリバリうるさかったですわ、やっと終わりましたのって、うわ〜、これ夏子さんの仕業ですの、スプラッターですわね」


バベルの塔に戻ろうとした夏子と翡翠を迎えるように白衣姿の京香が中から出てきた、その途端顔をしかめた、ルンバ改に運ばれて来る血まみれの兵士達がうめき声を上げているからだ。医者として血は見慣れてるが、正直ちょっと怖い。


「治療手伝ってね京香、ほら私ってこれでもお医者さんだからなるべく死人は作りたくないのよ、トリアージして、やばそうなのは貴子の作った培養液に放りこんどけばいいから」


「ひどいマッチポンプですわ! まったく妊婦に重労働させないでくださいまし、翠ちゃん医務室の準備お願いしますわ」


「ラジャー、ボギュギャギャギャン」


翡翠が了解とばかりにベースを大音量でかき鳴らす。京香が耳に手をあててふさいだ。


「うるさいから、今度はバイオリンになさい!!」


「チェロじゃダメカ?」


「低音がいいんですの?」



バベルの塔に派遣されたフランス陸軍第11落下傘旅団だったが、翡翠と夏子によって全滅することとなった、隊長だったヨハン・リーベルトは一命はとりとめたものののちにベースの音を聞くと恐怖が甦るPTSDを発症することになる。不憫だ。








コロンボの海岸で睨み合う春子とクレモンティーヌ、春子は刀でトントンと肩を叩くとゆっくりと口を開いた。


「なあクレモンティーヌ、あんた自分が貴子と同じ事をしようとしてるのに気がついてるかい?」


「なっ、ふざけるな! 私の正義のどこが加藤と同じだと言うんだ!!」


貴子と同類扱いされて激昂するクレモンティーヌを春子が冷ややかに見下ろす、その目にはわずかに殺気が篭っている。


「あんた、この国ごと貴子を殺そうとしたろ、一般人の老人や子供も大勢いるこの国を、そしてなにより私の可愛い孫を巻き込んで、それだけは許すわけにはいかないね」


春子がギロリと睨みつけるとクレモンティーヌが一瞬怯む。


「そ、そうでもしないとその悪魔をれないだろう! 世界平和のためには多少の犠牲は仕方ないんだ!」


「その発想が正義とは程遠いんだよ、女なら正々堂々とサシで決闘でも申し込みな、そう言う点ではジュリアやアナスタシアの方がよっぽど世界の事を考えてるよ」


「「春子お祖母様♡」」


後ろに居たジュリアとアナスタシアが春子に褒められてちょっと嬉しそう、だけどジュリアはそんなに世界の為とか考えていない、ただのノリである。

そんな会話に割り込んでくるのは空気を読まない貴子だ。


「そうだぞクレモンティーヌ、お前、鉄郎君に向かってミサイル撃っただろ、なんなんだお前らそんなに死にたいのか、わ、私の旦那様になんてことしてくれんの、ここは、つ、妻として全力で、だ、旦那様を守るぞ。それに何十年も前の事をネチネチと、そんな過去にばかり囚われているから前に進めないんだ、義務教育からやり直せバ〜カ、バ〜カ!」


パキャン


「みぎゃ!!」


「自分で言って照れるくらいなら旦那とか妻って言葉を使うんじゃないよ、後、あんたが出て来ると話がまとまらないから引っ込んでな」


鞘でひっ叩かれた貴子が頭を押さえ、涙目で春子を睨む、相変わらず貴子のバリアーは春子には通用しない、気合いは科学を越える。

貴子はいじけて体育座りを始める、ごそごそと白衣のポケットからカプリコを取り出してシャクシャクとかじってる、コラ、ボロボロとカスが落ちてるぞ。


「なぁ、武田春子、今からでも遅くないフランスと、いや、私と手を組まないか、そのバカを斬ってくれれば幾らでも用意するぞ、望むならパリの一等地に屋敷を用意しよう」


「聞いてないのかい、貴子が殺されると毒ガス満載の人工衛星の雨が降るよ、斬って済む簡単な話なら、再会した時とっくに私が斬ってるんだよ」


「は、ハッタリだろそんなもの、全人類を巻き込んで無理心中なんて迷惑な事、普通の人間に出来るわけ……」


クレモンティーヌが自分の言葉の途中で今更ながら貴子が普通じゃない事に気づく、だが人として、いや、あの悪魔なら…やりかねない。


「そう、普通じゃないんだよ、貴子はやるよ、間違いなくな」


春子の確信した口調に返す言葉が出ない。代わりに貴子が立ち上がり高笑いする。


「はーっはっは、ではご期待に応えて、1発派手にデモンストレーションを……」


「鉄に言いつけるよ」


ビクッ


「や、やだな、やるわけないだろ、ジョークだよ、イッツァサイエンスジョーク、ハッハッハー」


貴子が冷や汗をかきながら乾いた笑いを浮かべる、春子が呆れ顔でデコピンを放った。


「あうち!!」


春子のデコピンを食らってゴロゴロと転げ回る貴子、こう言う所が変に甘く見られる原因なのだろう。


「わかったろ、人類が生き残るにはこのバカと共存するしかないんだよ、そしてその手綱を握れるのはうちの鉄だけだよ」


「くっ、くそーーーーっ!!なんたる屈辱だ、この世に神はいないのかぁ!!」


クレモンティーヌが夜空に向かって慟哭する、自分の無力さに悔しくて悔しくて涙が止まらない。


「うがぁーーーーーーーっ!!」


ズダダダダァーーーン!


やり場のない想いを5.56mmの弾丸に乗せ、空に向けて一気に吐き出した。


そんなクレモンティーヌを春子達は静かに見守っていたが、貴子だけは呆れ顔で呟く。


「ヒステリックなオバハンだな、更年期か」


「ええい、やっぱり貴様はさっさと腹を切れ!!」


「あうち!!」


春子の怒りを込めたデコピンが再度放たれ、貴子がゴロゴロと転げ回った。どこまでも懲りない奴である。





しばらくすると海岸線の向こうからヘッドライトの光が近づいて来る。

1台の白いハイエースが海岸沿いの道を進んでくると、墜落したラファールの正面で止まった、貴子とクレモンティーヌの立つ位置から三角形を描く格好となる。


後ろのドアがスライドすると中から貴子が姿を現す、いや、服装が違う、白雪しらゆきだった。


「オマタセ」

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