第152話 その炎はいまだ消えず

ガシャン、ゴロン


レールガンのバレルが自動交換される、プラズマで焼けただれたバレルが吐き出され地面に落ちると、焦げたようなきな臭い金属臭が漂った。何度目かのバレル交換を経て沈黙するレールガン、その時にはすでに撃つべき標的は消失していた。


アメリカ、インド、フランスの連合軍、空母3隻、巡洋艦18隻、駆逐艦39隻、潜水艦6隻、戦闘機159機が海に沈む、歴史的な大敗である。なお、アメリカとインドの艦隊も貴子のレーザー攻撃を想定した上部装甲の補強をしていたのだが、亜金あかね蒼天そうてんは造波装置という海面形状を操る装置で大波を作り次々と沈めた、閉鎖されたプールのような場所ならまだしも海面を操作するには膨大な演算能力を必要とする、黒夢シリーズを2体も使用する荒技だ、これは任意の場所に津波を発生させることが出来ることを意味し、遠く離れた港にいる船ですら安全ではない。


コロンボの沖合に幽霊船のようにボロボロになった船影がある、フランスの空母シャルル・ド・ゴールの成れの果てだ、所々に大きな穴が空き、黒煙が立ち昇る、致命傷は機関部にまで達した一撃だった。対貴子戦の為に大幅に補強された装甲だが、それをもってしてもレールガンの攻撃に耐えきることは叶わなかった。


その甲板上でリフトアップされてくる1台のラファールM(戦闘機)、そのコックピットには鬼の形相をしたクレモンティーヌの姿があった、261.5メートルは有った空母の滑走路は穴だらけで艦首の部分などは原型をとどめていない、かろうじて残っていた水蒸気カタパルトに機体を固定するとプシューと蒸気をあげ一気に射出される。


射出時の加速Gでシートに身体が押し付けられる、この状態からの発艦が出来た事は奇跡に等しい、ユラリと舞い上がるとラファールのアフターバーナーを点火する、2機のM88ターボファンエンジンがそれに応え急加速を開始した。


「加藤ぉーーーーーーーっ!!」


大声で叫びながら30mm機関砲をバリアーに向かって撃って撃って撃ちまくる、虎の子のエグゾセ(対艦ミサイル)まで使って特攻をかける、2発目のエグゾセを撃ち込むことでかろうじて機体をバリアーの内側にねじ込むが機体全体が通れる穴ではない、両翼と尾翼が弾け飛ぶ、胴体だけになったラファールが海面を何度もバウンドしながら滑って行く。


バリアーに向かってなんの躊躇もなくフル加速したのが功を奏した、砂浜近くの浅瀬でようやくその動きを止める。


ガンッガンッ、ガコン!


へしゃげたキャノピーを蹴り上げクレモンティーヌがその姿を見せた。手にはナインエンタープライズから入手した最新の20式5.56mm小銃を持っている、貫通力を高めた特殊弾は貴子対策だ。


「加藤ぉ、出てこぉい!!」





グリーンノアのモニターに写し出されたその姿に貴子が呆然と呟く。


「おい、生きてるぞあいつ、凄い執念深さだな、とどめさすか?」


「行くよ貴子」


貴子の肩をポンと叩くと春子が足早に歩き出す。どうやらクレモンティーヌに直接会いに行こうとしてるらしい。


「えぇ〜っ、ボタン一つで簡単に終わるぞ、ちょっと春子、もう〜わかったよ!」


停泊しているグリーンノアの甲板上に貴子と春子が姿を現す、少し後ろにはエバンジェリーナ、花琳、ジュリア、アナスタシアの四人が続く。

砂浜に不時着?したクレモンティーヌを見下ろすように貴子は腕を組んで仁王立ちした。


「はっはっはー待たせな、よくもまぁここまでたどり着いた、その執念には驚かされたぞクレモンティーヌ」


「加藤」


見つめあう二人に気をきかせた亜金がスポットライトを当てた、夜の海岸で舞台の上のように二人の姿だけが浮かび上がる。




貴子の顔を見た瞬間、クレモンティーヌの脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。

クレモンティーヌは代々フランスの軍需産業に携わる裕福な家に生まれた、彼女の父親は50年前の加藤事変で奇跡的に難を逃れたが、彼は友人や家族が次々と死んで行くのに耐え切れず精神を病んでしまった、クレモンティーヌが生まれた頃にはもう無気力な鬱状態で1日中椅子に座ってブツブツと独り言を口づさむ毎日だ、ただ時折発狂したように大声で暴れる事はあった。


世界中で男性が死亡し女性が働く世の中に変化せざるをえない状況、彼女の母親も会社を存続させる為身を粉にして働いた、その結果あまり家には寄り付かなくなった、幸い中国からの技術支援で女性だけでも工場を回すことには成功する、この頃失った人的資源を埋めるべく世界中で急激にオ-トメーション化が進んだ、その裏では貴子の技術が活かされていた。


世界最恐のテロリスト加藤貴子による史上最悪の事件、各地で混乱が続くも残された人類は新世界政府を設立、世界初の統一政府が誕生した、共通の敵が生まれることは生き残った者の団結を促した。主要9カ国で結成されるG9を頂点に残された男性を保護すべく男性特区が造られる、クレモンティーヌの父親も当然男性特区に隔離されることとなった。


「お父様とお別れなのですか?」


「そうよ、これからは数少ない男性を女性全員で守って行かなくてはならないの、あの人も世界政府の管轄下に置かれるわ」


娘であるクレモンティーヌとの別れにも精神を病んだ父親は、何の反応も示さなかった、幼な心にもやりきれない思いが湧き上がる。



クレモンティーヌが21歳の時、全世界に加藤貴子の死亡が報じられた。

TV画面に映し出される目つきの悪い白衣の中年女性、銃弾を浴び血にまみれたその姿に世界中が歓喜に包まれる、正義感の強いクレモンティーヌもそのニュースには大粒の涙を流した、父親を廃人に追い詰め、家族をバラバラにした犯人に正義の鉄槌が下されたことがただただ嬉しかった。

だがこれは当時のアメリカ大統領が、いつまでも貴子を捉える事が出来ない政府への不満を解消するためのプロパガンダに他ならない、そんな偽の情報を流さねばならないほど当時の世界は閉塞感と不満が蔓延し爆発寸前だったのだ。


翌年彼女の母親と父親は死亡した、過労死と自殺だった。クレモンティーヌはその母の後を継ぎ社長に就任する、それと同時にフランス政府の一人として政治の世界に関わるようになった。

10年後、政府の幹部クラスにまでなった彼女は、世界でも極一部の者しか知らない機密文書を目にする、当時のアメリカが作成した偽の死亡診断書だ。


「な、なんだと!加藤が、あの悪魔が生きているかもしれないだと…」


一度は消えていた復讐の思いが再燃する、だがこの事実を世間に公表することは政府の幹部として出来なかった、ようやく安定した世界情勢、あのテロリストがまだ生きてると知ったら世界中がパニックを起こし、政府の信用は地に落ちる。

くすぶる炎を胸に秘めクレモンティーヌは密かにフランスの軍備の拡大を図る、いつか来る貴子との対決を夢見て。


そして今、クレモンティーヌは加藤貴子と対峙している、ようやくこの時が来たのだ。

この手の震えは歓喜によるものか?


「加藤、貴様は生きていていい人間じゃない!姿形がどう変わろうと、貴様に対する恨みは消えることはない!」


20式5.56mm小銃の銃口を貴子に向けると、ためらいなくトリガーを引いた。



バンッ!


クレモンティーヌの撃った5.56mmの特殊弾頭は真っ直ぐ貴子に向かう、だがその弾丸は貴子には届かない。


キンッ


貴子の前で抜刀した姿勢で春子が前に出ている、二つに切られた弾頭は左右に分かれ後ろに飛んで行く。

春子がクレモンティーヌを見つめる、その瞳には固い決意が込められていた。


「武田春子、なぜ貴女ほどの女がその悪魔を庇う! 腑抜けたか!!」


「悪いねクレモンティーヌ、人類の未来にこいつはどうしても必要なんだ、今死なせるわけにはいかないね」


「なっ、貴女だって大切な人をそいつに奪われた身だろう、それなのになぜ?」


「あんたの気持ちもわからんでもない、だけどね老い先短い老人が過去に拘っても、今の子供達にとっては何の得もないんだよ」


「くっ、それでも…」


クレモンティーヌが苦悶の表情で貴子を睨みつける。














鉄郎王国で狙うべき施設はバベルの塔、グリーンノア、武田邸の3つが挙げられる、バベルの塔にはエースとも言えるフランス陸軍第11落下傘旅団が向かい、グリーンノアはミサイル攻撃で破壊する、そして武田邸はミサイル攻撃後の混乱に乗じて制圧する予定であった。


屋敷近くのホテルで待機していた潜入部隊だが、今だに砲撃が届くことはない、3国による総攻撃をここまで完璧にシャットアウトされることは予想外の出来事だ。ホテルの窓から見えていた閃光も爆発音も止んでいる、外部との連絡がとれないまま無駄に時間だけが過ぎて行く、ここに至って打開策は国王である鉄郎の拉致くらいしか考えられなかった。


「これ以上は待てないわね、屋敷に潜入している者の援護の為にも私達が陽動をかける」


鉄郎王国の建国と同時に潜入の命を受けた彼女達、長期に渡る作戦も失敗に終わった、後は意地だけがその身体を動かした。






鉄郎の手術が続く中、麗華は武田邸の正面玄関でM110 SASS(スナイパーライフル)を撃ちまくってる児島と合流した。


「どう、様子は?」


「意外と人数がいますね、屋敷の中にはまだ入られてませんが」


「親衛隊の連中は?」


「裏口の方に回ってもらいました」


ドォーーーーンッ!


その時、西の方角から大きな爆発音、裏口とは別の方向だ。


「どうやら壁を破壊されたようですね、亜金か真紅を呼び戻しますか?」


「いいわ、私が行く。ここはお願いね」


駈け出す麗華に児島が声をかける。


「麗華さん、あまり屋敷を汚さないでくださいね」


麗華は振り向かず手を挙げただけでそのまま駆けて行く、児島はため息をつくと正面の敵をまた一人撃ち抜いた。




ダンッ


「あがっ」ゴボォ


メシャリと何かが砕ける音がした、相手の口から真っ赤な液体が溢れ、ひび割れた石畳にじわりと広がってゆく。


鉄山靠てつざんこう、鉄郎がアナスタシアとの試合で使用していた技だ、だが李麗華の繰り出すその技は鉄郎とは威力に雲泥の差がある、ただの体当たりと侮るなかれ、その威力は骨と肉と血で出来た人間に耐えられるものではない、2撃目を打つ事なく侵入者は絶命した。

もともと裏の世界までその名を知られる麗華である、る時は容赦がない、と言うかこの麗華を凌駕する存在がゴロゴロといるこの国がおかしいのだ。


「ねえ、お客さんならちゃ〜んと玄関から来なさいよ、お行儀が悪いわよ」


目の前に銃をカタカタと震わせる侵入者を目に、李麗華が白いチャイナドレスを赤く染め、口を弧にして嗤った。その足元にはすでに4つの赤い花が咲いていた。



それにしても夏子といい麗華といい、この国には戦闘民族が多過ぎる。

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