第151話 不思議の海のタカコ
バチィ!ズドォォォオオオォン!
アメリカ、インド、フランス軍の放ったミサイルは次々と空中で爆発を始める、100発を超える特大の花火、その閃光はスリランカの夜空を昼のように明るく照らした。
全てのミサイルがある一定の場所にくるとバチリと紫電があがり爆散する、合計156発の巡航ミサイルが撃ち込まれたが1発として地表に到達する物は無かった。
「くそっ、バリアーか!!」
クレモンティーヌが机を叩きながら大声を上げる、あの質量とスピードを全て相殺されるなどとはとても信じられなかった、これでは奇襲にもならない。
『はっはっは、その通りだよ、クレモンティーヌ。電力消費量10兆9千億kWhを賄えるバベルの塔の超電磁バリアーだ』
「なっ!加藤ぉ!!どうやってこの艦の通信にアクセスを」
原子力空母シャルル・ド・ゴールの管制室のスピーカーから流れてくるのはまぎれもなく貴子の声。
どれほどのハッキング対策を施そうとそれを軽々と突破するのは黒夢シリーズの最新作である
「加藤、貴様騙したな、やはりその塔は兵器ではないか、これのどこが発電所だ!!」
『防御にしか使えないものを私は兵器とは呼ばんぞ、真の兵器とはこう言うのを指すんだよ、パチリ』
一瞬の沈黙。
「はっ、対衛星レーザー防御ぉ!!」
ズドォォォーーーーンッ!!
クレモンティーヌが叫ぶと空母シャルル・ド・ゴールの甲板上でレーザーが照射される、イオン化し高温となった大気は上空から照射された貴子の人工衛星のレーザー砲を屈折させる事に成功する、海面にレーザーが当たると水蒸気爆発を起こした、ギリギリ直撃こそ免れたが凄まじい衝撃が艦内を襲う。
だが人工衛星からのレーザー攻撃は回避出来る事は証明して見せた瞬間である。
「くっくっく、化物退治になんの準備もしてないと思ったか、この艦はそう簡単には沈まないぞ、人間を舐めるなよ化物が!!」
『おいおい、こんな可愛い美少女つかまえて化物はないだろ、おばはん。それより私と鉄郎君の新婚生活をこれ以上邪魔するな、馬に蹴られるぞ』
「ふふ、貴様のような悪党が幸せを掴むなんて許せるわけがないだろ、そんな胸糞悪い光景を見るぐらいならいっそのこと、世界など滅んでしまえばいいんだ!!」
『な、なんて心の狭い奴だ……そんな女はモテないぞ』
「貴様だけには言われたくない!!」
『ふん、警告はしたぞ、これ以上ちょっかいかけてくるなら全滅させるからな、じゃあな』プツッ
貴子からの通信が切られると管制室がシーンと静まりかえる、クレモンティーヌがわなわなと拳を震わせ叫ぶ。
「空母のエンジンは臨界まで回しておけ、そのまま前進、船ごとぶつけてバリアーを破って突っ込むぞ!」
頭に血がのぼったクレモンティーヌは、自軍のステルスがまるっきり効果がない事、アメリカとインドとの通信が途絶えている事などに考えが及ばない、そして更なる衝撃が彼女を襲う。
ズガァァン!!
轟音の後、洋上に浮かぶ空母の巨体が衝撃で木の葉のように揺れる。
「今度は何事だ!!」
「地上からの砲撃です!島の海岸線に閃光を確認しました!」
「なっ、砲撃だと、何キロ離れてると思ってるんだ、届くわけ…」
ズガァン!!
「うわぁ!!」
モニターで着弾を確認した貴子は腕を組んで歪んだ笑みを浮かべる。こういう表情を見せると、もう、どっちが悪党か分からなくなる。(まあ、貴子は間違っても正義ではないのだが)
「ふん、この国の防衛網を甘く見るな、人工衛星のレーザー攻撃だけだと思うなよ、海岸線に張り巡らされたレールガンを起動した、どこまで耐えられるか見てやる」
平行に伸びた2本のレールからプラズマが走る、貴子の開発したレールガンは小型で省電力、その射程距離は500kmを誇る、これだけでも世界の軍事バランスを覆す代物である、危ない物を作らせたらこの世界で貴子の右に出る者はいない、そしてそれと同じぐらい役に立つ発明もしているのが非常にタチが悪い。
激しく揺れる船内でクレモンティーヌが叫ぶ。
「加藤ぉぉ!!おのれ、あの悪魔め、私の執念では貴様の科学を超えらえれないのか…」
ダンッ!!
「くそっ!これぐらいで諦めるわけにいくか、お父様の仇、家族をめちゃめちゃにした奴を絶対に許してなるものかぁ!!」
一度は折れかけた心を怒りを糧に立て直す、強く噛んだ口元からは一筋の血が流れる、この逆境の中クレモンティーヌの瞳に復讐の炎が再び燃え上がる。
「艦を砲撃に対して垂直に保て、当たる面積を最小にして弾幕を前面に集中、乗員を回収してラファイエット級フリゲートを先行させる、盾にして突っ込ませろ」
コロンボの港にたどり着ければいいとばかりに被弾覚悟の捨て身の前進を開始する。
「加藤ぉ、貴様だけは絶対に殺してやる!!」
空ではいまだに轟音と閃光が続いている、搭載した全てのミサイルを撃ち尽くすまで続けるつもりのようだ。
「ジュリア!」
グリーンノアの廊下を歩いていると大きな声で名前を呼ばれ振り返る、ショートヘアのブロンドを揺らして駆けてくるアナスタシアがいた。
鼻には大きな絆創膏が貼られている、いい女が台無しだ。
「よう、もう鼻血は止まったのか?」
「くっ、あのチャイナ女思いっきり顔面を踏でくれちゃって、まだズキズキしますわ、それよりこれはどう言う状況です」
外を見れば光る空と爆発音、明らかに異常事態だ。
「どうやらフランスのクレモンティーヌが、アメリカとインドを焚きつけて攻めてきたらしい、3国同盟って所か」
「狂ってる、頭おかしいんじゃないの、前回の襲撃でこの国の力は十分わかったはず、それに条約を破って民間人まで無差別に…」
「あのおばはん供は貴子への恨みが凄いからな、それでもなんの勝算もなしに事を起こすとも思えないが」
「その勝算の計算が甘いんじゃないですか、現にあれほどの攻撃がここまで届いてないじゃない」
もはや世界政府に未練のないジュリア、立場上鉄郎の婚約者になった以上は夫の力になるべく動くことにした、本国に連絡をとればなぜかドイツとイギリスがフランスを封鎖するように包囲していると言う、ならばイタリアとしてはインドに手を回すかとユーロファイターとFー35をスクランブル発進させた、イタリアが誇る空軍を惜しみもなく投入する。
一方のアナスタシアだが、現状鉄郎に試合で負けてそのうえ怪我まで負わせたのだ、このままではロシアの立場はあまりにも危うい、一刻も早くロシア本国に連絡を取り協力体制を取り付けたかった。
「ジュリアさん、ロシアに連絡を取りたいんですけど、通信手段はありますか」
鎖国状態の鉄郎王国は電波管理が厳しい、アナスタシアの端末も許可が出なければ圏外のままだ。
「ああ、私の時はなんか蒼い髪の嬢ちゃんが繋いでくれたけど」
「その子今はどこに、すぐに会わせてください」
コツッ
「あら、今は取り込み中で忙しいみたいですよ、アナスタシアさん」
ジュリアとの会話に割り込んで来る声、ナイン・エンタープライズ極東マネージャー李花琳がニコリと商売人の笑顔を作っていた。
武田邸地下3階のオペ室の扉が音もなく開くと、手術着に着替えた黒夢と白雪が両手を胸の高さで掲げながらツカツカと歩き出す。
手術台に麻酔で寝かされている鉄郎の隣まで来ると、黒夢の瞳がチカリと青白く光る。
これでこの手術室にある機器は完全に黒夢の制御下におかれた。
「症状は上腕骨内上顆骨折、肘関節の脱臼もミラレル、コレヨリ折れた骨の整復と損傷シタ靭帯の修復をオコナウ」
「メス!」
「ハイ、お姉サマ」
黒夢の指示に白雪が応える、メスが鉄郎の腕に吸い込まれプツリと血の玉が浮かんだ。
手術室の扉に赤いランプが灯る、それを見つめるのは麗華と住之江の巨乳コンビだ。
「鉄君の腕、痛そうやったな、ほんまに黒ちゃん達の手術で大丈夫やろか、夏子さんを待っとった方が良かったんとちゃう?」
住之江が心配そうに呟く、当然だが黒夢は医師免許は持っていない。
「う〜ん、夏子さんバベルに行っちゃてるからね、まぁあの子達は無駄に高性能だし大丈夫でしょ、まったく、こう言う時こそ貴子の薬でチャチャと治せればいいのに」
以前、鉄郎がライフルで撃たれた傷を完璧に治したのは貴子が開発した薬だった、それを思い出して愚痴をこぼす麗華。
それに反応したのは後ろで椅子に座っていた児島だ。
「貴子様のあの薬は重ねがけするのは危険ですからね、一度目はそれで子供まで戻ってしまいましたから、2度目の時はどんな反応があるか読めません、ここは手術の方が懸命でしょう」
確かにアナキラシーショックのように2度目に過剰なアレルギー反応を示す事もある、貴子の作る薬は特にムラがあるので細心の注意が必要だ。
「では私は屋敷の警護に戻りますね、なにやら上が騒がしいようなので」
「わかった、私も手術が一段落したら合流するようにするわ」
ヒラヒラと手を振りながら児島が去って行く、その姿を見送りながら麗華は大きなため息をついた。
「ふう、今日の私はひどく機嫌が悪い、手加減なんて出来ないわよ…」
ゴゴゴゴゴゴ
なんだかんだ言っても鉄郎が怪我した事で麗華のフラストレーションは溜まっているのだ、こんな時に攻めてくる敵には御愁傷様と言わざるをえない、本気の殺気をダダ漏れにする麗華に住之江がヒッと小さな悲鳴を上げた。
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