第149話 さぁ、戦争のお時間です。
完全に決まった腕ひしぎ逆十字、アナスタシアさんの脚に挟まれた右腕はガッチリと決められてしまった。
「鉄郎様ギブアップを!! これ以上は!!」
児島さんが綺麗な顔を歪めて、僕に訴えて来る、今にも泣きそう。
なんて顔してるのさ、美人が台無しだよ。
女の人にこんな顔をさせちゃうのは男として駄目だよね。
「くっ、まだまだ、これぐらいでギブアップなんてしてたら、僕はいつまでも皆のお荷物にしかならないよ」
女性の皆に守られてばかりじゃ、男としてあまりにも情けない。それに僕は天才拳法家李麗華の一番弟子なんだ、痛いぐらいで諦めたらこれから先、李姉ちゃんに合わす顔がない。
残った左手にぐっと力を入れる、体重の掛かった右手がミチリと音を立てるが今はこの体勢を脱出することの方が優先だ、右手にアナスタシアさんをぶら下げたまま一気に身体を起こす。
「へっ、あれ? 鉄郎様? ちょっと!今動いちゃ駄目ぇ!!」
アナスタシアさんの意識がはっきりしたのか、起き上がろうとする僕に向かって叫ぶ、ごめんなさい、貴女にも負けられない事情はあるのはわかりますが僕にも男としての意地があります。
「だぁーーーーーーっ!!」
ゴキリ!!
あっ、これはやっちゃたな、僕の肘から大きな音が聞こえた、凄く痛いけど今はそれを無視だ、アドレナリンを脳みそに流し込む。
でもこの状態では長く持たないだろう、この一撃に賭ける。
無理矢理腰を回転させて左手による掌底の打下ろし、おかげで引っ張られた右手がめちゃめちゃ痛い、おかまいなしに震脚を実行する。
ダンッ!!
「てやーーっ!!」
バンッ!!
「ぐおふっ!」
アナスタシアさんの鳩尾に打ち込まれる掌底打、体重をのせた打下ろしの一撃だったのでそのまま床(マット)に叩き付けた。これで駄目だったら流石にもう打つ手がないなぁと思いながら、僕は激痛に耐え切れず倒れ込み、そのまま意識を失った。
ドサッ
白目を向いているアナスタシアに覆い被さるように倒れる鉄郎、それはまるで鉄郎に押し倒されたような構図となった、密着した身体から伝わってくる男性の体重と体温、甘い吐息を耳元で感じては女性としての本能が黙っていられるはずもない、かなりのダメージを負ったアナスタシアだがその刺激で一瞬で目が覚める、気絶なんてしている場合ではない。
「て、て、鉄郎様に、男性に押し倒されてしまった、ちょ、お顔が、お顔が近いです、こ、これは事故と言う事で口づけしても許され……」
アナスタシアも女である、あまりにも美味しい展開に、今自分が試合中である状況もすっかり頭から吹き飛んでいた、冷静な判断が出来ていない。
女の本能に流され、そっ~と顔を近づけて行く。
ドゲシッ!!
「ふぎゅ!」
「誰がそんな事まで許すと思ってるのよ!!」
白のチャイナドレスから伸びる脚が容赦なくアナスタシアの顔面を踏みつける、ピクリとも動かなくなったアナスタシアを鬼の形相で麗華が見下ろしている。
同時に試合終了の鐘が3回鳴らされた。
麗華の乱入により結局どちらが勝ったのか判断出来ずにスタジアムがシーンと静まりかえる、レフリー役の児島がツカツカと麗華に近づいた。
「ちょ、麗華さん、まだアナスタシアさんの意識が有りましたよ」
「何よ、鉄君の最後の一撃で勝負は決まってたでしょ、鉄君の勝ちに文句あるの!」
「いや、流れではそうですけど、この試合のルールとしてはギブアップか戦闘不能の方が負けなんですよね、最後の
児島が未だに黒夢に羽交い締めにされて、暴れている貴子に問うように視線を送る。
「鉄郎君の勝ちに決まってるだろぉーーーーーっ!!」バタバタ
ま、貴子は当然そう言うわな、児島としては引き分けでもいいかと思っていたが、鉄郎の怪我の状態も気になるし、とっとと終わらせることにした。
「勝者、武田鉄郎!!」
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
児島のコールに観客がどっと湧く、放送席の多摩川のアナウンスがスピーカーから流れる。
「この勝負、我らが国王武田鉄郎の勝利ィィィィ!!! やってくれました流石鉄郎くん、男とは思えない素晴らしい戦いでした!! て言うか大丈夫?」
会場が拍手と大歓声に包まれるなか、麗華が倒れている鉄郎を軽々と抱き上げる、所謂お姫様抱っこにされた鉄郎を麗華が優しく見つめる。つめは甘いし無茶もした、しかし最後まで勝とうとする闘志は師匠として認めなければなるまい、愛弟子の奮闘に涙腺は決壊寸前だった、こらえ切れなかった涙が一雫頬を伝って照明で光る。
「まったく、腕折ってまで勝てなんて言ってないでしょ、馬鹿!」
そのまま医務室に向かって歩き出す麗華、その顔は愛弟子の戦いに満足したのかとても誇らし気であった。
気絶したまま残されたアナスタシアはと言えば、亜金に引きずられ退場して行った、流石にこの扱いは観客の同情を誘った。
医務室のベッドに寝かされた鉄郎を麗華達が取り囲んで見守る、鎮静剤を射ったせいか寝息は随分と穏やかになっている。
「初めての実戦にしちゃあ、鉄も頑張ったね。良い勝負だった」
「何言っとるんですか春子お婆様、鉄くん大怪我してるやないですか!」
「春子は脳筋馬鹿か、おのれ〜あのロシア女、ただじゃおかんぞ!! とりあえずモスクワを消滅させよう」
「ちゃんとした勝負で負った怪我にいちゃもんつけるんじゃないよ、鉄は武田の男だよ腕折られたくらいで泣き言なんざ言わないさ」
春子や麗華は武術家として先ほどの試合を評価しているので、アナスタシアにどうこう言うつもりは無かったが、一般人?である貴子や住之江はそうはいかない、愛する者が傷ついているのだ心中穏やかでいられるはずもなかった。
「あれ、そう言えば夏子さんは? 鉄君の腕見てもらいたいんだけど」
麗華がキョロキョロと周りを見渡す、この状況で真っ先に飛び込んで来そうな夏子の姿がどこにも見当たらない。その麗華の言葉に黒夢が答える。
「魔王ナラ、バベルの塔にイッタゾ、ソレニパパの手術ナラ黒夢がヤル、心配ご無用」
「「「は?」」」
他のメンバーが黒夢の手術という言葉に驚くなか、貴子は別の意味で首を傾げた。
「黒夢なら骨折の手術くらい問題なく出来るが、夏子お母様は何しにバベルに行ったんだ?」
「ママには試合前に説明シタゾ、アメリカとインド、それにフランスがコノ国に攻めてクルッテ、魔王にはバベルの守りをオネガイシタ」
「ん~、そんな事言われたような気もするが、鉄郎君の試合が気になってそれどころじゃなかったからな」
「おいおい、大丈夫なのかい、アメリカもインドも今度は本気で攻めてくるだろ」
「それは問題ない、この国の防衛網は誰が作ったと思ってる、この私だぞ」
ちっちゃな胸をエヘンと張る貴子に春子は、だから不安なんだと言いかけるが、口を噤んだ。
「……とりあえず、鉄を屋敷に運ぶか」
ヴゥボゥ!!ブン
夏子の駆る川崎H2Rがバベルの塔を目指して闇を切り裂く。
昼間のジュリアとのレースを経験した夏子は更なる進化を遂げていた、豪快なライディングはそのままだがブレーキングとコーナーの立ち上がりが別次元の速さになっていた、310馬力のモンスターマシンをねじ伏せ狂人としか思えないスピードで夜の峠道を疾走する。
ふと顔を上げれば、まだ遠くに見えるバベルの塔の周辺で所々でチカチカと閃光が見えた、それを見た夏子はさらにアクセルを開けた。
陸軍第11落下傘旅団、フランスが誇る緊急展開空挺部隊のエリート集団だ、赤のベレー帽はこの部隊にのみ許された名誉で軍の中でも憧れの象徴である。
戦い、とかく戦争と言う物は物量に勝る者が勝つのは世の常だ、少数精鋭と言えば聞こえはいいがそれが勝敗を決する決定打となることはまず無い。
現在鉄郎王国には国家防衛用として約9万台のルンバ改が稼働している、個々の戦力としては黒夢シリーズに及ぶべくもないが集団戦でレギオンと化すそれは、実際この国の最高戦力と言っても過言ではない。
ガサガサガサ、チュイイイイ、チュイイ
「くそっ! なんなんだあれは、私の部隊がこうも簡単にやられるとは!」
「隊長、ルルとマリーがやられました! あいつら小さい上に木の上からも攻撃してきますよ」
バベルの塔が
森の中を縦横無尽に立体的に攻撃してくるルンバ改に、対人戦闘では無類の強さを誇る精鋭達も苦戦を強いられている。
モケモケと蜘蛛のように忍び寄る無数のお掃除マシーン、無機質なレンズだけが暗闇でも人間の姿を確実に捉えていた。
バベルの塔をバックに腕を組んで仁王立ちする一人の少女が、ニタリと笑う。
「カカカ、今回は姉サマから排除命令がデテル、遠慮はナイゾ」
直近300台のルンバ改を統率し狩人となるのは、緑色の髪の
今回、鉄郎の嫁取り騒動で黒夢始め他3体の亜金、真紅、白雪も大会の運営に駆り出されているため急遽ロールアウトを果たした機体だ。
個性を出すためにツインテールにしているが、貴子譲りの目つきの悪さからか小悪魔臭がにじみ出ている。
黒夢シリーズは大量生産が難しい機体のため、今回はこの翡翠ともう一体、青髪の
これにより黒夢シリーズは現在、黒、金、赤、白、緑、青の6色となった、戦隊シリーズか。
「サテ、何人がココマデたどり着けるカナ、カカカ」
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