第148話 動き出す世界
ドォリュ、ドゥリューン、ドウ、ドウ、ドウ、ドウ
グリーンノアの格納庫に野太いエンジン音が反響する。ライムグリーンのフレームにダークメタリックなカウルのバイクに跨りアクセルを吹かすのは夏子だ。
そんな夏子に一緒についてきたジュリアが声をかける。
「ちょっと夏子さん、どこ行こうってのよ、もうじき試合の決着つくわよ、最後まで見届けないの?」
「あれだけ見れば十分よ、それに勝とうが負けようが私の鉄くんに違いはないもの」
ドウン!!
爆音にジュリアがゴクリと喉を鳴らす。
「それにしても、川崎Ninja H2R、310馬力のモンスターマシン、ってこんなマシンがあるなら昼間のレースで使いなさいよ!!」
「うるさいわね、ナインの極東マネージャーから借りてるのよ、私のマシンじゃないわ」
「あんな骨董品よりこのマシンの方がよっぽど速いでしょうが!」
「なにお〜、私の愛車NSRちゃんにケチつける気、バリバリのレーシングマシンよ」
「これだって最新のレーシングマシンでしょうが、公道走っちゃいけないやつでしょ」
(夏子のNSR500もH2Rもレース専用車で本来公道走行不可のバイクです)
「イタリア人のくせに細かいわね、ハゲるわよ」
「なっ、……まあいいわ、貴女に何言っても無駄な気がするし、それよりこれでどこ行くのよ?」
「ちょっとバベルの塔まで行ってくるわ、なんか呼んでないお客さんが来るみたい、それにあそこは色々な意味でこの国で一番重要な施設だからね」
「それって、まさか……。 またインドのカンチャーナが、あのおばはん条約を無視する気なの」
「ちょっと脅しが足りなかったかなぁ、まぁ今度は峰打ちじゃすまさないわよ」
そう言って夏子は背中に背負った2口の日本刀に手を当てる、顔は笑ってるのに目が笑っていない、ジュリアはそんな夏子の闘気にあてられてゴクリと唾を飲み込んだ、今の夏子は正直かなり怖かった。
「それに、絶対に鉄君の赤ちゃんに手出される訳にはいかないからね」
「へっ?それってどう言う」
「どきなさいジュリア、時間がない、もう行かなきゃ」
ドォウ!ズギャギャギャーーーーッ!!
H2Rのアクセルを全開にすると、あっという間に夕暮れの街に飛び出して行く夏子、ジュリアはその背中を不安気に見送ると後ろを振り返った。
「すまない、本国に至急連絡を取りたいのだが」
スタジアムでは観客が全員固唾をのんで試合の行方を見届けようとしていた。
鉄郎により派手にぶっ飛ばされたアナスタシアが、場外エリアのスポンジマットを掻き分けて立ち上がる。
一歩踏み出すも脚に力が入らずよろけてしまう、脳の揺れが
「私は負けるわけには……」
これが只のスポーツならここでドクターストップがかかるところだが、この試合は当人の意思がなにより尊重される、まだ動ける、ギブアップのコールが無い以上試合は続行だ、現にこの状態でもレフリーである児島は今だに試合終了を告げていない。
「アナスタシアさん……」
その姿に堪え兼ねた鉄郎がもういいだろうと、
「鉄君!まだ決着はついてないわよ!!」
セコンドの麗華が腕を組み大声で喝を入れる、相手が立ち上がるなら試合はまだ終わっていない、そんな簡単な事に闘い慣れていない鉄郎は気付かされた。
「そ、そうだね、これは格闘技だもの勝敗がつくまでやらないといけないんだよね」
鉄郎としては慈悲の気持ちから少しでも早く終わらせてあげようと、アナスタシアに一歩二歩と近づく、止めの一撃を撃つために。
麗華は珍しく真剣な表情でそれを見つめていた、何か言いたげに唇が動くが声を出すことは無かった、組んだ腕は妙に力が入っている。
「ごめんなさいアナスタシアさん、この一撃で終らせますから」
覚悟を決めた鉄郎がよろめくアナスタシアの前に立つとゆっくりと腰を落とした、右の手の平を向けて掌底を撃つ構えをとると軽く息を吐く。
ダムッ!
震脚の音と共に水平に突き出される鉄郎の右腕、油断も有った、迷いも残っていた、全力とは言いがたい掌底打。
鉄郎はこの時まだ、この時代の女性の底力をわかっていなかった。
パシッ
無意識に身体が動く、武の世界では重要な事だ、何百何千の繰り返し練習の末に頭ではなく身体に動きを覚えこませる、かつて偉大な格闘家は言った「考えるな、感じろ」と。
朦朧とする意識のなか、アナスタシアは自分に近づいて来る手の平を無意識に摑み取るとぶら下がるように身体を
「えっ?」
そのまま前方に引っ張り込まれてたたらを踏む、次にアナスタシアの長い脚が回り込んで鉄郎の首元に絡み付く、その勢いで後ろに倒された。
「わあっ!」
マットに倒された鉄郎の右腕はガッチリと掴まれ、首と胸元はアナスタシアの細く長い両脚で固定される、腕ひしぎ逆十字固めの完成である。
サンボとは元々相手を倒す、この場合立っていられなくする事に長けた格闘技だ。合気道と柔道の間にあるような技の体系を持ち、飛びつき式腕ひしぎ逆十字固めもその技の一つだ。
ハイスクールに入学した時から護身術として習い始めたサンボ、密度はともかくキャリアなら鉄郎を上回る年月を費やしてきたのだ、アナスタシアの身体は自然と動いた。
ギチィッ
「ぐっ、しまった。李姉ちゃんに絶対に倒されるなって言われてたのに、くっ、抜けない」
ミチィ
右腕から嫌な音がする、半分意識のないアナスタシアに手加減は期待出来ない、鍛えている鉄郎と言えど完璧に決まったこの技から抜け出すのは至難の業、レフリーである児島が駆け寄って鉄郎に問いかける。
「鉄郎様、ギブアップしますか!」
「ぐっ、まだまだ……」
苦悶の表情を浮かべる鉄郎の顔がスタジアムの大型モニターに映し出される。
「鉄郎君!!」
「キャーーーッ!!国王様ァ!!負けないでぇーーーっ!!」
スタジアムが悲鳴に包まれる、貴子なんぞ涙目で今にも飛び出そうとするが、黒夢に後ろから羽交い締めにされてジタバタと暴れている。
一瞬で形勢が反転する試合展開、必死でもがく鉄郎、観客の誰もが両手を合わせて祈りを捧げていた。
ドイツの首相であるラウラは首都であるベルリンを離れ、フランス国境に近いラムシュタイン空軍基地に居た。
近くには世界有数のサーキット・ニュルブルクリンクが存在している。
慌ただしく部下が行き交うなか、ラウラの鋭い声が司令室に響く。
「ありったけのレオパルド2をフランス国境に並べて圧力をかけろ、第1空軍師団にはユーロファイターの準備をさせておけ!繰り返すぞこれは演習ではない、実戦だ気を引き締めろ!!」
ラウラの言葉で隊員達が一斉に戦車に乗り込んで行く、その光景のなか一人の隊員がラウラに近づいて来た。
「ラウラ首相、イギリスの女王陛下から通信が入っております!!」
「クイーンが、私の端末にまわせ」
ラウラがコートの中で震える端末を取り出すと通話スイッチを押した。
「ハロー」
「お忙しい所ごめんなさいねラウラさん、実はとっても良い茶葉が手に入ったので貴女にも是非飲んでもらおうかと思って」
エリザベスのゆっくりとした声がスピーカーから聞こえて来る、茶葉?このタイミングだ、言葉通りの意味ではないだろう。
「……それは是非飲んでみたいですね、只、今はちょっと立て込んでまして、送ってもらうことは出来ますか」
「あら、ちょうどクイーン・エリザベス(空母)が地中海にいるのですぐに届けさせますわ、スペインのお友達も美味しいと言っていたので貴女もきっと気にいるわ」
「ほぅ、それは楽しみだ、そう言えばその茶葉は楊夫人には送られたので?」
「あの方には今はいらないと断られてしまいました、ハワイ旅行の準備に忙しいみたいですね」
「それはそれは、ではこのお礼はまた今度」
ピッ
エリザベスとの通話を切るとラウラはホッと一息ついた。
「これでフランスとアメリカは抑えられるな、それにしてもクレモンティーヌめ、前から過激な所はあったがこれほど先が読めない奴だったか?これじゃあ只の暴走としか思えんぞ」
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