第144話 最速の座1
ドウンッ!!ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル
液晶メーターに火が灯るとエンジンが低い唸り声を響かせる。
ドゥカティは慣れていないとクラッチミートが難しいと言われているマシンだ、ジュリアはクラッチレバーに掛けた2本の指を半クラ状態に軽く緩めるとスルスルと滑るように動き出しスタートラインにピタリと止まった。
ジュリアのマシンは真っ赤なドゥカティ スーパーレッジェーラV4、搭載される4ストローク998ccV型4気筒エンジンは224馬力、車重159kg、生産台数は限定500台のスーパーバイクだ、公道も走れるように保安部品こそついているが、そのままレースに出てもおかしくないスペックを持っている。(イタリア人馬鹿じゃねえの、こんなの誰が乗るんだよと思ったら日本の各メーカーも頭おかしいの出してた)
プゥアーーン!!パラララン、パンパンパン
対して夏子の愛車はNSR500、2ストローク500ccV型4気筒エンジンのロードレーサーだ、もう20年近く前にGP500と言う世界選手権レースで使用されていたバイクだが、夏子はそれを謎ルートで手に入れマシンをさらに改造しまくって100kgまで軽量化し200馬力を絞り出している、とても普通の人間が乗れるようなバイクではない。(と言うか本来公道では乗っちゃいけないマシンである)
2ストロークエンジンの特徴としてはパワーが出るエンジン回転数の幅が狭く、一度回転を落としてしまうと途端にスピードが落ちてしまうため速く走るにはかなり高度なテクニックが要求される、そのピーキーな出力特性と相性が良かったのか夏子のお気に入りだ。ちなみに現在レースの世界では4ストローク1000ccエンジンのMotoGPが開催されている。
スタート地点であるコロンボのフォート地区、ギリシャ神殿を思わせる旧国会議事堂前には急遽放送ブースが建てられている、ヤシの葉で作られた屋根に、風通しの良い吹き抜けの造りは気温の高いスリランカでは快適だ、目の前に広がる海の青が視界に入る。
今日は快晴だから昼にはかなり高い気温になることだろう。
放送席に座るのは委員長こと多摩川忍、メイド服姿に三つ編みメガネが良く似合っている、心なしか今日のメイクは気合が入っていた。
「コチラ黒夢、電波ジャックの準備OK、配信スタートすル」
この瞬間、世界中のTVが一つのチャンネルに切り替わった。
ピヴゥ、ザザ、あ〜テステス
「さぁ、いよいよ始まります、国王武田鉄郎くんの嫁の座を賭けた運命の一戦、第して「第1回ポッと出が調子に乗ってんじゃねえぞ、順番守れやオバハンレースゥ!!」ドンドンドン、パフパフ〜
解説にはもちろん愛しの国王である鉄郎くんとちびっ子女王ケーティー貴子ちゃんをお呼びしております!」
「ノリノリだね、委員ちょ、じゃなくて忍さん。何、そのレースタイトル、ちょっと怖いんだけど」
「いや、皆んなで会議したら自然に決まりましたが何か?」
「そ、そうなんだ?」
「まぁ、いいんじゃね、あのイタ公に鉄郎くんの嫁の座がどれほど険しい道か教えてやらねばならんからな」
「あ、でもケーティーちゃん、黒ちゃんの持ってきた資料によるとあのイタ公、本当にプロのレーサーだったらしいですよ、それでこの勝負を選ぶなんてずるい大人ですね」
「どうせプライベーター(スポンサーのつかない2流レーサー?)で草レースに出てただけだろ、夏子お義母様の敵じゃない」
「え〜と、MotoGPに2年間出走、地元ムジェロサーキットで2回優勝してますね、マジモンのGPライダーです」
「ほへ〜、だからジュリアさん、あんなに自信満々だったんだ、こりゃお母さんといい勝負になるんじゃないの」
「「チッ」」
「舌打ちって、二人共もうちょっと悪意を隠そうよ」
このイベントにコロンボの街はかなりの熱気に包まれていた。スタート付近の海岸沿いのゴール・フェイス・グリーン公園には巨大なスクリーンが設置され、スタートはまだかまだかと国民はビール片手に盛り上がっている。春子はこの公園で行われている賭けにちゃっかり参加している、なおこのレースの模様は黒夢の中継によって世界中に生配信されている。
今回のこのレース、コロンボの街を封鎖しての市街地コースで行われ、1周7kmのコースを15周で競うこととなった。国王(鉄郎)がちょっとお願いするだけでコロンボの市民がこぞって協力してくれ、わずか10日で開催に漕ぎ付けることが出来た、こう言う時は王政制度は反応が早くて便利だ。
スタートラインで待つ夏子とジュリアの下に李麗華がスタートフラッグを持ってゆっくりと近づいてゆく、ぴっちりと身体のラインが出て丈の短いチャイナドレスはまるでキャンペーンガールのようだ。二人の前に立つと旗をゆっくりと掲げる、観客が静まり返り固唾を飲んだ。
ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル
「それにしても夏子さん、そんな骨董品 (NSR500)でこの最新のドゥカティと勝負になるの?2ストなんてパワーバンドが狭くて乗りづらいだけでしょ」
プロのレーサーだったジュリアにとって夏子のマシンは骨董品に見えた、レースに使われていたとは言え20年も昔の事だ、その間に劇的にバイクは進化して乗りやすくなっている、それに2ストのレーシングマシンなんて素人に扱えるような代物ではない、剣術家としての夏子は知っているがバイクレースに限れば自分には絶対の自信がある、アマチュアレベルでは1周もあれば勝てると思っていた。
プァン、パララララ、パンパン
「私には合ってるのよコレ、そっちこそゴテゴテと羽根(ウイング)いっぱい付けちゃって重くないの」
「これが最新ドレンドよ、高速での空力が抜群にいいんだから」
詰めかけたギャラリーにも緊張した様子を見せないジュリアと夏子、雑談混じりにスタートを待つ。
パッ、パッ、ポーン
頭上に設置されている信号が青に変わる、麗華が勢い良く旗を振り下ろすと爆音がコロンボの街に鳴り響いた、レースのスタートだ。
パゴォウ!!ズギャギャギャギャギャーーーーッッ!!
夏子がクラッチレバーをラフに放すとリアタイヤが空転して白煙を上げる、浮き上がるフロントタイヤを身体をかぶせてねじ伏せると絶妙なアクセルワークでグリップを回復、まるでカタパルトから発射される戦闘機の勢いで加速を開始した。
サーキットとは違い路面の摩擦が少ない市街地の道では大パワーを正確に伝えるのは難い、だがこの二人はそんなの関係ないとばかりに猛然とアクセルを開けて行く。
12000回転をキープしながら2速、3速と次々とシフトアップを繰り返す、ギア比が低いのか夏子のNSRの加速が鋭い。元々バイクは車と比べて車重が軽いため加速に優れている、しかも二人のマシンは200馬力越えの化物マシンだ、あっという間に時速300kmに達する、数値だけ見ればこのマシンを抜くにはF1マシンでも持ってこなくては勝負にならない。(曲がれる止まれるが前提の乗物で)
「ツッ、なにこの女、医者じゃなかったの?スピードに乗せるのがメチャメチャ上手い。でもね、トップスピードの伸びはドゥカの方が上よ!」
海岸沿いの長いストレートから第一コーナーの交差点に向けてフルブレーキング競争、すぐ横が砂浜だけあって軽く砂埃が立つ、フロントサスペンションが沈み込みタイヤがロックする寸前の感触を探る。ストレートの伸びでジュリアのドゥカに負けた夏子だが、ブレーキングでその差を詰める、車重の軽いNSRの方が制動距離が短くてすむのだ。
ガシャーーーッ!!
二人のマシンのカウルが激しくぶつかる、強引にインに飛び込んだ夏子とラインを譲るつもりのないジュリア、二人はお互いを睨みながらコーナーを抜けて行く。
「このっ、上等じゃない!もう鉄郎くんのお母さんだからって手加減しないわよ!」
「あら、手加減する余裕なんてあったかしら〜」
ウオオオオオオーーーーッ!!
スクリーンに映し出される映像に観客が騒めく。
「凄、今ぶつけたわよね」
「本田さんと互角なんてあのイタ公本当に速いんだ」
「チッ、今の1マーク、刺しで抜けなかったか、何やってんだいバカ娘!」
道幅は有るが所詮は一般道だ、滑りやすい路面に軽いアップダウン、時速250を超えるスピードで走れば当然車体は浮き上がり随所でジャンプを繰り返す、それでも夏子とジュリアはアクセルを緩めることはしない、4車線分横に吹っ飛んだマシンをスライドさせながら綺麗に曲がって行く。
「うひょー、たのしぃー!こんな全開で走るのなんて初めてだわ、対向車も人もいない道って最高ぉ!」
「くうっ、思ったより滑る、トラクションコントロールとウイングのおかげでダウンフォースは効いてるけど難しいコースね」
国立博物館前の並木道、定点カメラの前をブンッと大気を切り裂いて横切る2台のマシン、至近距離だとそのスピードが際立つ、瞬間移動のように一瞬で遥か彼方に走り去る姿に沿道で見ていた婆さんが驚いて腰を抜かした。
予選なんてないほぼぶっつけ本番のタイマンレース、1周目は互いに様子見のはずが随分とペースが速い、それだけ二人のレベルが高い証拠だ。
その事はタイムが証明してくれた。あっという間に放送席前を通過すると多摩川が声を上げる。
「今、1周目のタイムが出ました!前を行くジュリア選手のタイムは2分14秒33!!これは速い!」
「凄いね〜、僕も昨日モンキーで1周したけど6分以上かかったよ」
「いや、モンキーじゃそんなものじゃないかな」
再び海岸沿いのストレート、夏子はジュリアの後ろにピタリと追走、スリップストームにつけた。
「コースは覚えたしタイヤも温まった、まだまだペース上げて行くわよ、夏子さんついて来れるかしら!」
「レースって面白いわね、鉄くんに頼んで月一で開催してもらおうかな」
2周目に突入しまだまだ余裕を見せるジュリア、だが後ろを走る夏子もまだ本気ではない、二人はさらにスピードを上げて2周目の第1コーナーに突っ込んで行った。
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