第143話 情熱大陸3

ナイン・エンタープライズは現在世界で一番巨大なコングロマリット (複合企業)だ、その売上高はグループ全体を合わせると120兆円を超える、この数字は日本の国家予算を超えるものである。

その力は世界各国に散らばっており、政府内部にも浸透しG9ですら決して無視出来る存在ではない、ナイン・エンタープライズは貴子の科学力をベースに世界進出を果たした経緯から、売上の1割は密かに鉄郎王国に支払われている、ケーティー名義で取得した特許も多岐にわたり、貴子の資産は世界でもトップクラスを誇っている。


つまり貴子は大金持ちだ。


「だから、鉄郎君は高校を卒業したら私が持ってる電力会社の社長に就任すればいいんだよ、それで金銭的な問題は解決出来るよ」


「えぇ~っ、いきなり社長ってずるくない、嫉妬に駆られた他の社員さんにいじめられそうなんだけど」


「いやそれは絶対ないな!むしろ業績上がるんじゃない」


「そう?」


貴子ちゃんが提案してきたのは、僕がお嫁さんを養うお金を稼ぐ方法だった、国王として国民の税金で暮らせばいいとも言われたがそのお金は国の運営に使って欲しい、僕個人で使っていいものではない。


「せやけど、鉄くんにおんぶに抱っこと言うんも女のプライドが許さへんのやけど」


「ですわね、鉄郎さんのお気持ちは嬉しいのですけど、男の方に養ってもらうのは心苦しいものがありますわ」


「けど婆ちゃんは、それが男の甲斐性だって言ってたけど?」


「春さんは考えが古いんや、今時は嫁さんが働いて旦那食わすんが普通やで」


「誰の考えが古いって」


「せやから、春さ…、おわぁ!は、春子お婆様ぁ!」


「ただいま、全く人がちょっと留守にしてる間に何の話だい、それにその二人は?」


外出していた婆ちゃんがいつの間にか真澄の後ろで腕を組んで立っていた、向かいに座るジュリアさんとアナスタシアさんを睨みつける。

婆ちゃんに睨まれた二人はと言えば、一瞬ビクッとしたが流石一国の首相だけに堂々としたものだった、すくっと立ち上がると綺麗な笑みで一礼した。


「改めまして、イタリア首相ジュリア・ロッシです、以後お見知り置きを」

「ロシアのアナスタシアです、春子お婆さま」


「何で、G9の二人がここにいるんだい?」


「鉄くんの嫁になりたいんだってさ」


お母さんが婆ちゃんに投げやりに言葉を返す。


「国のトップが押掛け女房かい、大胆だね。でもそれはうちの傘下になるってことでいいんだね」


「えっ、婆ちゃんは賛成なの」


「鉄、仮にも国のトップのもんがここまでのことをしてんだ、手ぶらじゃ組に帰れんだろ、彼女らにも面子ってものがある、話くらい聞いてやるよ」


婆ちゃんがパチリと扇子を閉じた。相変わらず考え方がヤのつく職業の人だ。


「流石、武田春子、話がわかるわね。イタリアは鉄郎王国の傘下に入るって事でいいわ、だってその方が楽しそうだもの」


ジュリアが食い気味に返事をする、この人ノリが軽いな、これがラテンの血か。


「ロシアの人口問題は本当に深刻なのです、そのためにも私は王族の血を絶やすわけにはいきません、是非鉄郎様との結婚を真剣に考えて欲しいのです」


おりょ、アナスタシアさんの方は何やら真剣な表情を婆ちゃんに向けている、何かお国で問題があるのかな?

考えていると黒夢が袖を引っ張ってきた、何?


「ロシアの面積ハ一番広い、デモ今はその土地を使う人口ガ極端に足りナイ、ママが男性を激減させタ影響ガ一番大きかったのはロシア、後、加藤事変後は王政に戻ってイル」


なるほどね、国土が広い分人手は大勢必要だ、オートメーション化が進んでいるとはいえ農業分野ではどうしても人の手がかかる、あっ、貴子ちゃんのルンバ改って畑仕事に使えないかな。


「でもアナスタシアさん、ロシアでも男性はいるんですよね?」


「加藤事変の際に政府の初動が遅れ、男性特区の人数はかなり少ないのです。しかも我が国の男性出生率は他国に比べ低い、このままでは国は崩壊します」


うおっ、思った以上に深刻な状況なんだ、そりゃ5年後なんて待ってられないのかもしれない、貴子ちゃんの傘下に入ってでも早急な対策が必要なのも頷ける話だ、だから僕との結婚にもこだわるのか。でも原因が思い切り貴子ちゃんの所為なんだよな。


「う~ん、でもそんな事情で僕なんかと結婚というのは、アナスタシアさんが可哀想と言うか…」


「鉄郎様のような若くて健康な男の方と結婚するのになんの不満がありましょうか、むしろ私が希望してここに来たのです、鉄郎様が私の様な女はお嫌とおっしゃるのならば身を引きますが…」


アナスタシアさんがウルウルと瞳を潤ませて見つめてくる。


「うぐっ、いや決して嫌とかじゃなくてですね」



「あざと、あれ絶対演技やろ」

「計算高い女ですわ」

「アナは昔からああ言う女よ、ビッチなのよ、ビッチ」


「外野がうるさいですね、いい加減なこと言わないでもらえます」


え、計算なの?今の表情。女の涙怖っ!



「まっ、私の鉄くんの嫁になるなら母親として無条件ってわけにはいかないわね」


おいおい、お母さんが何か言いだしたぞ。あまりその先を聞きたくないな。


「国の隷属では足りませんか?」


「あんた達、個人の問題よ、嫁の座は戦って勝ち取ってもらわないとね、あんた達なんか得意な事ってあるの?」


「へぇ~、面白いわね。けど剣術とかだと貴女にはとても勝てそうもないわね、モータースポーツでもいいの?」

「私もサンボは嗜みますけど、剣術はちょっと」


ジュリアさん、そこのニヤニヤしてる女はバイクも車も鬼みたく速いから止めといたほうが良いですよ、アナスタシアさんはそんな細い身体で武道をやるのか、でもお母さんは素手でも強いんだよな。


「モータースポーツって、バイク、車?」


「私これでもイタリアのモーターサイクルのレースにも出場してるのよ、それでも良ければ受けて立つわ、あっ、ハンデはあげるわよ」


ニヤリと自信ありげに笑うジュリアさんだが、それは変態スピード狂にとってはご褒美です、ほら、めっちゃニコニコしてる。


「じゃあ、イタ公は私とバイクのレースで勝負ね。ロシアは……」



夏子はアナスタシアを上から下へと観察する。見た所自分や麗華では瞬殺だろう、住之江あたりならとも思うが、それならばいっその事…。



「流石に弱い者いじめは好きじゃないのよね、そうね、丁度いいから鉄くんが直接相手してあげなさい」


「なっ、鉄郎様と、この私に、だ、男性と戦えと言うのですか!!」


アナスタシアさんが吃驚してるがそれは僕も一緒だ、他の国のお偉いさん、しかも女の人と戦うなんて、お母さんも何を考えてるんだ。


「言っとくけど、鉄くんは李麗華の直弟子よ、それに本人との勝負なら勝っても負けてもお互い納得出来るでしょ」


李姉ちゃんの名前を出されたら僕も師匠の顔に泥を塗るわけにはいかないじゃないか、ええ~、でも、アナスタシアさんみたいな綺麗な人を殴るのはなぁ。


「鉄郎様は武術をされてるのですか?男の方なのに?……サンボって寝技もあるのですがよろしいのですか」


「それは構いませんが、僕の習ってる八極拳も打撃技が多いんですがいいんですか?」


「「?」」


ここで二人の言葉が噛み合ってないのは、アナスタシアはこの世界の常識として、か弱い男性に手を挙げるのは淑女として恥ずかしいと思っており、春子に教育された鉄郎も女性を殴るのは男として駄目だろうと思っていたからだ、つまりお互いの常識が食い違っていた。


「ねえねえ、夏子さん、私も鉄郎くんと戦う方が美味しいんだけど」


「駄目よ、鉄くんのバイクはモンキーですもの、勝負にならないわ」









その頃、アイルランドの首都ダブリンのコノリー駅。

ネオルネサンス様式の直線を基調とした建物、赤レンガに囲まれた駅のホームはとても風情を感じさせる、1両の電車がホームに停車すると中からグレーのコートに身を包んだ一人の女性が降り立つ。

カツカツと軍靴を鳴らし改札口を抜けてエントランスに向かえば、軽快なピアノの音がどこからか聞こえてくる。


駅の片隅に置かれた1台のアップライトピアノ、ピンクをベースにカラフルにペイントされたそれは、駅に訪れた人が自由に弾くことできるようにと設置されている物だ、ダブリンの街はストリートミュージシャンが多い土地柄もあって弾く者は意外と多くいるのだ。


タラランラーン、タラララー


白髪交じりのブロンドに丸眼鏡の中年女性が奏でるアメイジング・グレイス、しっとりとした音色に流れるような指運び、どこぞのプロの演奏かと行き交う者が次々と足を止め人だかりが出来ている。

楽しげに鍵盤を叩くその姿は、見ていて気持ちの良いものだった。


演奏している中年女性に気づいたコートの女性はそっとギャラリーに紛れ、ピアノの調べに耳を傾けた。


ターン♪


パチパチパチパチパチパチパチパチ


ピアノ演奏が終わるとエントランスに拍手の音が鳴り響く、中年女性は品の良い笑顔を浮かべギャラリーに一礼した。


「素晴らしい演奏でした、お見事ですねクイーン」


「あら、ご静聴ありがとうねラウラさん、ピアノがあったものだから時間つぶしについね。場所を変えましょ、

近くにいい感じのお店があるのよ、案内するわ」


丸眼鏡で変装したつもりの中年女性はイギリスの女王エリザベス、声を掛けたのはドイツの首相ラウラ、ここでも密かにトップ会談が行われようとしていた。





駅を出て一軒のパブに入った二人はギネスビールを注文し席に着いた。店内にはミュージシャンの写真やレコードが数多く飾られている、それを眺めているだけでも楽しい。


「ごめんなさいね、ラウラさんをこんな所まで呼び出してしまって、まだ個人的な話なので二人だけで話したかったのよ」


「いえ、私の方もまだ迷いがあったので丁度良かった」


ラウラがギネスで喉を潤し一息つくとと話し始めた。


「ジュリアとアナスタシアは自身であの国に向かったみたいです、おそらくあの2国と日本は……」


「おやまぁ、若い人は行動力がありますね」


当然エリザベスにも情報は入っていたがおどけて見せている。


「若いと言っても彼女らは30は超えてますけどね、まったく私も後20年は若かったら」


バンコクの会議で見た少年には好感が持てた、結婚適齢期などと縛りがなければ私だってとラウラは愚痴る、だがその言葉尻はすでに答えが出ているようなものである。


「ロシアはそこまで切羽詰まっていたんですね、でもこれであの国は広大な国土をも得ることになります。ラウラさんは貴子さんに付くのですか?」


「国益を考えればその方がいいと思ってます、イギリスは違うので?」


「ふぅ、これも時代の流れなんですかね、何かとても大きな事が起こる予感がします」


エリザベスはそう言って、少し遠くを見るように天井を静かに見上げた。

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