第139話 それでも世界は回ってる

ローマにある白壁が美しいキージ宮殿 (首相官邸)の一室、窓の外のマルクス・アウレリウスの記念柱を眺めながらエスプレッソを口にするのはジュリアロッシ、イタリアの首相で新世界政府G9のメンバーの一人だ。

ゆるくカールした長い髪を指でクルクルともてあそびながら、カップから立ち昇るエスプレッソの香りを優雅に楽しんでいる。

身体のラインがはっきり出るワイン色のスーツが良く似合っていた。


「う~ん、やっぱりエスプレッソはグラッパを入れたほうが美味しいわね」


彼女が口にするのはくしくもシーギリアで鉄郎が児島に飲まされたものと一緒のカフェコレットである。ジュリアがシルバーのスキットルを鍵付きの引き出しに隠すように戻すとノックの音がが聞こえる。(公務中の飲酒であった)


コンコンコン


「ど、どうぞ」


「失礼します、ジュリア首相」


部屋に入ってきたのは彼女の秘書であるモニカベル48歳、黒髪のロングヘアーが似合う落ち着いた雰囲気の女性だ、39歳と一国の首相としてはまだ若いジュリアの補佐を任された苦労人でもある。部屋に漂う酒の香りに一瞬眉をしかめる。ジュリアは誤摩化すようにモニカに声をかける。


「で、カラビニエリ(国家憲兵)からの報告は」


「駄目ですね、元々武田鉄郎は日本の男性特区では暮らしていませんでした、武田春子の屋敷で囲われていたらしく驚く程情報が少ないんです、でも美食家であるとの声がありました」


「そう、美食家と言うなら世界に名だたるイタリア料理の出番よね、鉄郎王国への侵入は?」


「そちらの方は絶望的です、海域に入った途端に空の彼方からレーザーが飛んできます、フランスとアメリカの民間に偽造した船も飛行機も一瞬で沈められています」


「容赦ないわね、じゃあ鉄郎くんに会うにはやっぱり私自身が行くしかないわね」


「ま、まさか首相自ら行くのですか」


「そうよ、私がいなくてもこの国には大統領がいるんだから問題ないでしょ、大丈夫、鉄郎くんは私が絶対に落としてみせるわ、そのために我が国の妊娠希望者の入国枠を一つ取っといたんだから」


「ジュリア首相はもう妊娠適齢期じゃないでしょう、人事からゴリ押しだって苦情が来てますよ」


「あら失礼ね、まだちゃんと産めるわよ、それに彼とは仲良くしといた方がイタリアの将来のためには絶対いいわ、勘だけど」


「彼は大層な美少年ですからね、それに目がくらんでるだけじゃないでしょうね」


「ふふ、彼、凄く魅力的よ、あんないい男今まで見た事ないもの」


そう言って舌なめずりするジュリアにモニカは諦めのため息をつく、確かにあの国とは友好的な関係を築きたい、それほど男子の出生率向上は国家の重要な案件だ、しかし首相自ら乗り込むのはちょっとどうなんだろうと思わなくもないのだ。


「止めようとしても無駄よ、だってもう私の恋心に火がついちゃったんだもの」


駄目だこの恋愛脳は、下手に引き止めたら何もかも放っぽり出して不法に密入国すらしかねない、ならば私の管理下に置いていた方がまだマシだろう。


「はぁ、わかりました、ナインエンタープライズの李花琳氏に連絡をつけます、あの会社の船じゃないと鉄郎王国には入国出来ませんからね」


「あっ、イギリスの婆さんには気付かれないようにね、邪魔はされたくないわ」


「わかってますよ」


「ああ~、待っていてね鉄郎くん、お姉さんの魅力でメロメロにしてあげる」


「はっ、お姉さんって歳でもないでしょう」


「なにか言ったモニカ?」


「いいえ何にも、くれぐれも加藤貴子と敵対関係になるだけ事は避けて下さいね」


「う~ん、男と女の問題だから難しいんじゃない、私だったら男寝取られたら、その女殺すわよ」


「加藤貴子の場合、それで世界が滅ぶんだから勘弁してください!!」


モニカは胃痛を抑えるようにお腹に手を当てた。ポンポン痛い。













その頃中国では、同じくG9の楊夫人マダムヤンがナインエンタープライズの極東マネージャーの李花琳と食事を取っていた。


「この辣子鶏ラーズジー美味しいわね、ビールが進むわ」


「ふぉふぉ、この店は本格的な四川が自慢じゃからな」


ほとんどそのままの形の唐辛子が威圧感を放つ真っ赤な皿、見るからに辛そうで日本人にはちょっときつい味付けの料理を美味しそうに食べる花琳に、楊夫人がにこやかに答えると、横にあった青島チンタオビールをグビッと飲み干す。


「それにしても後ろの嬢ちゃんは、本当に加藤にそっくりじゃな、もしや本人じゃあるまいな」


楊夫人が花琳の後ろに立つ白髪の幼女に視線を送る、ウエディングドレスのような真っ白なゴスロリドレスに白衣がアンバランスだ。


白雪しらゆきは、ママと違うゾ、一緒にスルナ」


黒夢シリーズで唯一里子に出された白雪は不機嫌そうに言い放つ。今は花琳の護衛役とナインの情報処理を担当しているが、黒夢シリーズ共通のアイデンティティである父親の鉄郎と引き離され不満が募っている。


「でも貴子さんそっくりでめちゃくちゃ可愛いでしょ、毎日一緒に寝てるのよ~」


「花琳の加藤崇拝は相変わらすじゃな、儂としてはその顔と一緒に寝るなんぞ恐怖を覚えるわい」


「あら、こんなに可愛いのに」


心底不思議そうに首を傾げる花琳、貴子信者は伊達じゃない。


「それより私にお話ってなんです、楊夫人直々のお誘いですもの、お料理の分くらいは口を滑らすわよ」


「まあ焦るな、こっちの麻婆豆腐も旨いぞ、花椒ホワジャオが良く効いとる」


「ソンナ辛いもんバッカリダト痔にナルゾ」







「あむっ、鉄郎さんの情報ですか?貴子さんやバベルの塔やグリーンノアではなく?」


花琳がデザートの杏仁豆腐を口に運びながら確認する。


「そっちの情報に興味がないわけではないが、奴の科学力は儂らでは到底太刀打ちできるものではないからな、無駄な事はしない方が奴の心象がよかろう」


「貴子さんは真の天才、世界の至宝ですからね、しかも若返っているので後数十年は彼女の独壇場です」


花琳のドヤ顔に楊夫人が眉間に皺を寄せる、花琳の言う通り貴子が生きてる限りあの国に喧嘩を売るのは自殺行為だ、アメリカやフランスの馬鹿が水面下でチョロチョロと手を出しているが相手にもされていない、インドは前回へこまされたせいか今の所おとなしくしている。


「だからこそ武田鉄郎の情報が欲しいんじゃよ」


「将を射んと欲すればまず馬からですか?」


「ププッ、パパは種馬」


白雪が小さな胸を張ってドヤ顔をする、本来鉄郎の事は機密事項なのだが人間など眼中にない黒夢シリーズには些細な事と認識されている。


「ほぉ、やはりあの男性出生率80%と言うのは武田鉄郎が……」


「イズレ、パパの子供が世界ヲ埋め尽くス、パパは世界の王とナル」


「確かに、鉄郎さんの血を引いた子供が各国に逆輸入されていけばありえない話ではないですね〜」


「つっ!!」


白雪の言葉で楊夫人の脳裏に鉄郎が世界の支配者となる映像がイメージされる、その姿があまりにリアルに想像出来て思わず冷や汗が出た。


「直系の子ニハ、増産サレタ黒夢シリーズがモレナク付いてキテお得」


「まぁ、素敵!そうなったらもう一人くらい欲しいですね」


花琳と白雪が何か言ってるが楊夫人には聞こえていなかった、楊夫人はまだ黒夢達の戦闘力を知らなかったのであんな物が増産されたらそれだけで簡単に世界を支配出来る脅威となるのが理解出来ていない、今の楊夫人の頭の中はいかに鉄郎の子供を中国に引き込むかで一杯になっていた。

その時、花琳のスマホが着信を告げる。


プルルルルルル


「失礼」


ピッ


「あら、アナスタシアさん、そろそろかかってくる頃だと思いましたわ、あーその件なら大丈夫ですよ、はい、またこちらからかけ直しますわ」


「ロシアの小娘かい?」


「ええ、この前の世界会議が終ってから色んな所からお声がけ頂いております、商売繁盛ですわオホホ」


ニタリと底の見えない笑みを浮かべ楊夫人と対峙する李花琳。


世界一の大企業と世界最恐のテロリストの組み合わせ、こいつらとどう接するかで国の命運が決まると思えば中国としても出遅れるわけにはいかない、楊夫人はしばし考えると話を切り出した。


「のう花琳、いや、ナイン極東マネージャー、この老体の頼みを一つ聞いてもらえまいかの」




鉄郎王国が鎖国を続ける中、世界各国は水面下で着々と動き出していた。

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