第137話 出来る女3

ゆらりゆらと揺れる炎を見つめていると不思議と気分が落ち着く、先が見渡せない闇が拡がるなかでここだけに焚き火の明かりが灯っている。時折パチリパチリと薪が爆ぜる音が心地よい。

空を見上げれば何も遮るものがない、満天の星空、ゆったりとした時間が流れる。


この国に来てからというものの常に多勢の人目に晒されている鉄郎、元々自然の多い信州で育っていただけにこの久しぶりの静寂は心落ち着くものがあった。

しかも鉄郎が今いる場所は天空の宮殿、古代遺跡シーギリアロックの山頂である、ファンタジー物語に出てくる旅の冒険者のような雰囲気が思春期の男心をくすぐってやまない。


焚き火の横には鉄串に刺された大きな牛肉の塊が炙られている、溶け出した脂が時折ポタリと炭に落ち、香ばしい匂いが胃袋を刺激してくる。

児島は良く研がれた大振りのサバイバルナイフで肉の焼けた部分から薄く削いでゆく、輪切りにしたバゲットに削ぎ切りにした牛肉を何枚か挟むと、追加でミモレットチーズをペロリと上に乗せて軽く炙った、オレンジ色のミモレットが焚き火の熱で途端にトロリと形をくずす。

児島は目の前でキラキラと期待を込めた目で見つめている鉄郎に軽く微笑んでそれを手渡した。


「鉄郎様どうぞ、熱いから気をつけてくださいね」


「児島さんありがとう!なかなか野趣溢れるケバブだね、美味しそう」


バクリと齧り付く鉄郎が幸せそうに目を細める、しっかり下味の付いた柔らかい牛肉にとろりと蕩けたチーズ、隠し味のマスタードがよく効いている。

あえてサバイパルぽい調理を選択したのはこの遺跡の雰囲気に合わせてだろう、鉄郎は児島のその気遣いが嬉しかった。

しかし今更だがこんな所で焚き火なんてしていいんだろうか、仮にも世界遺産の遺跡なんだが?(国王の特権乱用である)


次に児島が用意したのは底面が煤で焦げている使い込まれたビアレッティのモカエキスプレス、直火式のエスプレッソマシンだ。

透明な液体が入った木製のマグに角砂糖を入れエスプレッソをゆっくりと注ぐ。


「カフェ・コレットです、夜風は身体が冷えます、グラッパを少し入れてあるので温まりますよ」


「グラッパ?」(ぶどうの搾りかすから作られるイタリアの蒸留酒、アルコール度数は結構高め)


「イタリアのブランデーです、エスプレッソの飲み方としては一般的ですね」


「ふ~ん、そうなんだ、でもお酒か、まぁ少しくらいなら温まるしいいか、いただきます」(一応この国でも未成年の飲酒は禁止されてはいます)


少し冷えてきたこともあり、コクリと湯気が昇るマグカップに口をつける、鉄郎としては甘酒感覚である。


「あら、甘くて美味しい、これならいくらでも飲めそう」


「お気に召していただけましたか、お肉もエスプレッソもおかわりありますよ」


「あっ、じゃあもう1杯だけ」


鉄郎がそう言うと児島は優しく微笑んでもう1杯同じ物を手渡した。







「ぐむむむっ」


「フォーカードです」


児島さんが手首を返して札を見せて来る、Aが4枚にハートのクイーンが1枚のフォーカード、それに比べて僕の札はと言えばスペードとダイヤの2が2枚他はスペード、ハート、クラブの5、8、9のワンペア。


「おわぁ、13連敗! 児島さん強過ぎ!」


ご飯の後に黒夢も混じってポーカーを始めたのだが、この2人ポーカーが強過ぎる、表情がまるで読めない、特に児島さんはカード捌きも手慣れた手つきでかなりの腕前と見た、負けた苦い思いで横に置いてあったエスプレッソを口にする。


「パパは表情にデスギ」


「ふふ、そこがまた可愛いのですけどね」


負けっ放しの僕に黒夢と児島さんが余裕の笑顔を見せつけてくる。


「う~っ、もう一勝負!」


「いいですよと言いたいですけれど、大分夜も深けて来ました、今夜はここまでといたしましょう」


児島さんがハミルトンの腕時計を指差す、もうそんな時間か、トランプしてる間に結構時間が経っていたようだ、意識すると急に眠くなってきた。


「児島カチニゲ」


「なんとでもおっしゃい、黒夢、私達はもう寝ますから夜の見張りは頼みましたよ」


「ラジャー、マカセロ」


黒夢は小さく敬礼するとひょいひょいと高台に登って行く、天辺につくと星空をバックに両手を上げて万歳の姿勢取り、空に向かって語りかけた。


「ベントラーベントラー」


おいおい、変な電波受信するなよ、黒夢だと本当に何か受信しそうで怖いわ。


「あれ、でも黒夢は寝ないでいいの?」


「鉄郎様、黒夢はアンドロイドですよ、寝るわけないじゃないですか」


「えっ、でもいつも」


「狸寝入りですね」


寝たふりかよと万歳してる黒夢を見ると目を逸らされた、あんにゃろ~。


「チョット、周りを偵察シテクル、後はゴユックリ」


ばつが悪くなったのか黒夢が高台の向こう側に逃げるように消えて行く。


「しょうがない、じゃあもう寝ますか」


あれ?そういえばテントが一つしかないんだけど……。


「児島さん?」


「申し訳ありません、あいにくテントが一つしかご用意出来ませんでしたので、今夜はご一緒させてもらいますね」


「えっ」


「大丈夫です、立場上貴子様より先に結婚する訳にはいきませんので京香さんと同じ愛人枠で結構ですよ」


「いや、僕まだ結婚してないうちから愛人と言うのは……」


「鉄郎様、自慢ではありませんが今の私の身体はピチピチの17歳です、決して京香さんに劣るものではございませんよ、それとも私ではご不満でも」


「そ、そんな児島さんみたいな綺麗な人に不満なんか、……何か根に持ってます?」


いつぞやグリーンノアでエッチするなら誰がいいと皆に迫られた時の事を思い出した、あの時は李姉ちゃんか京香さんって答えちゃったんだよな。


「いえいえ、あんな若作りに先を越されたなどと思ってはおりませんよ、それに女性に恥をかかせるのは男として感心できませんね、色々と教育が必要です」


うひー、ニコリと笑う児島さんのプレッシャーが凄いんですけど、何かこう退路を断たれてる気がする、もしかして嵌められた?


「ささ、外は冷えます、テントの中でお休みください」


「えっ、ちょっと児島さん」


うそ、軽く手首を持たれただけなのに抵抗出来ない、「ま、まさかこれが合気」って言ってる場合じゃ、わーっ、倒された!


「では、鉄郎様、いただきます」


「いやぁーーーっ、らめぇ!」



高さ200Mの岩山の上で鉄郎の悲鳴が響いた。

そのテントを見下ろす高台では黒夢が親指を立てて見守っていた。いいのかそれで。




「ふふ、身体は正直ですね」

「あ、児島さんそんなとこ……んっ」





チュンチュン



「ごちそうさまでした」


「うぅ〜、あんな事までするなんて、もうお婿に行けないっ!!」ビクンビクン

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