第136話 出来る女2

児島鈴は17歳の肉体に68年の知識と経験が詰め込まれたチート女だ、貴子は元々の存在がチートなので昔も今もそれほど違和感がない、まぁそれはそれでどうなんだろうと思わなくもないが。



それは貴子が初めて鉄郎の前に現れる一月前の出来事だった。

机の上に置かれたビーカーに入った蛍光ピンクの液体、目盛りは120ccを指している。


「で、貴子様は私にこれを飲めとおっしゃる」


「おう、究極のアンチエイジング薬だ、お前最近肩こりがひどいと言ってたろ」


「…………」


貴子の作った若返りの薬、当初はそんないくらなんでもそれはないだろうと言う考えが頭をよぎったが、作った人物が加藤貴子とあってはあながち否定しきれないものがあった。


「何だその目は、大丈夫だ動物実験ではなんの問題も無かったぞ」


「でしたらご自分で試されたらいかがです」


「何言ってんだお前、それじゃあ私が飲んで失敗した時、お前がフォロー出来るのか?」


「それは私では無理ですね」


「ほらみろ」


「はぁ〜、まあ貴子様を信じますよ、飲めばいいんですね」


「味の感想も頼むぞ、私が飲む時参考にする」



児島が薬を飲んだ次の日だった、その朝児島はすこぶる寝起きが良かった、まず膝の痛みを感じない、心なしか肌の張りが良い。

鏡の前でペチペチと自分の頬を触れば気になっていたほうれい線がほぼ消えかかっている。


「こ、これは本物かも……」


相変わらずの出鱈目ぶりを発揮する貴子の発明に、この歳になって再び驚かされた児島、この驚きは1週間もの間続くことになる。

ちょうど1週間後、児島の肉体はピチピチの17歳にまで戻っていた。


「おお、児島見違えたな、本当に成功するとは思わなかったぞ、これで私も安心して飲む事が出来る、これで鉄郎君と釣り合いが取れるな」


「……お見事です、貴子様」


この時児島は冷静な振りをしていたが、心中では何とも言えない感情が渦巻いていた、まるでタイムリープした気分である、思えば波乱万丈な人生であった、加藤貴子という天才に出会ってしまいその頭脳に惚れ込んだ、そしてその貴子が事もあろうに人類を滅亡の危機に叩き込む、その後は全世界にテロリストとして追われる数十年、死にかけたことも1回や2回ではない、正に命掛けの毎日だった。


だが今この時、児島は生きながらして第二の人生を経験することになった。与えられたチート能力は68年分の知識と経験、自在に動く若い身体、まあ実際に時間をさかのぼったわけではないので知りうる過去の結果を利用して賭事をして儲けることは出来ないが。

何はともあれ児島はこの棚ぼたの第二の人生を楽しむ事を自分に誓う。




で、現在。


「児島さん、どこに向かってるんですか、キャンディの街とは別の道ですよね?」


「鉄郎様はこの国に来てまだちゃんと観光してないでしょう、今日は気分転換と言うことで1日ゆっくりとお過ごしください」


児島がハンドルを握るメルセデス190Eエボ2はスリランカ北部ダンブッラの街道を快調に走っていた、いつものバトルモードではない安全運転に愛車のメルセデスは正確に応える、ほとんど揺れを感じさせないドライビングは児島の運転スキルの高さを表していた。ちなみに今の児島はメイド服ではなく、ジーンズに白のTシャツとラフな格好をしている。

恐怖を感じない快適なドライブに鉄郎も自然とテンションが上がり始める。


「それにしても児島さんてなんでも運転出来ますよね、船とか飛行機とか、やっぱり資格が多い方が時給がいいんですか?」


「そうですね、色々やってきましたから、戦車だって動かせますよ」


「パパ、黒夢くろむもコンピュータ制御ナラなんでも動かセル」


後部座席でちょこんと座っていた黒夢が自分も褒めろとばかり会話に混ざってくる。児島が護衛役に指名したので同行している、鉄郎はこれでも国王なので護衛は必要なのだ。一家に1台の黒夢である。


「でも家の車はマニュアル車が多いから、黒夢だと運転出来ないんだよね」


「ミッションの問題ジャナイ、足がアクセルに届かないダケ」


「そんな理由だったの、黒夢は大きくならないの?」


「黒夢シリーズはスピード重視ですから、これ以上のサイズアップは逆に性能が下がりかねませんね」


「ベストサイズ、抱き心地もヨイ」




コロンボの屋敷を出て3時間、ダンブッラの街を抜けると道の両側は鬱蒼とした森が広がっている。しばし道なりに走っていると児島さんが前方を指差す。


「鉄郎様、見えましたよ」


「おお、あれが天空の宮殿シーギリヤロック、おっきい!!」


「バベルのほうガ大きいゾ」


「感動に水差すなよ黒夢」


森の中にそびえ立つ高さ約200Mの巨大な岩、この岩の山頂には5世紀後半にカシャーパ王によって宮殿が建てられた、しかしわずか11年でその幕を閉じた謎多き遺跡だ、人々に忘れ去れた宮殿は19世紀後半にイギリス人に発見されるまで約1400年の長い年月を森の中でひっそりと眠っていた。


男性が減り女性だらけの世の中にあって、こう言った遺跡に女性はあまり興味を持たれることがないのか人の姿はまばらだ、ほとんど手付かずの遺跡は絡まる木々も手伝ってなかなかに趣(おもむき)がある、この手の遺跡が好きな鉄郎は初めて見る生の世界遺産に興奮を隠せない、見上げれば断崖絶壁の1枚岩、入口の巨岩のトンネルをくぐり階段を登って行く、山頂までは1時間はかかるらしい。

しばらく石の階段を登るが、途中この遺跡の見所の一つであるシーギリヤレディと呼ばれる壁画を見るために設置された螺旋階段を上がる、そこには1400年前に描かれた壁画とは思えない色鮮やかな女性達が目に飛び込んでくる、オリエンタルなタッチで描かれているせいかなんとなく目つきが悪い印象を受ける、風化が進み現在残っているのは18体と少ないが当時は500人ほど描かれていたらしい、壁一面にこんな絵が有ったらちょっと怖いかも。


「この階段って何段有るんだ、まだ頂上が見えないよ」


「1200段はあると言われてますね、もうじき広場に出ますよ」


黒夢を先頭に僕、児島さんと続いているのだが黒夢は大きなリュックを背負っているわりにペースが早い、ゴスロリ服でひょいひょいと登って行く、後ろの児島さんも全然疲れた様子がない、ここは男として負けられない。

もう少しで山頂という所で踊り場のような広場に出る、正面にはシーギリア (ライオンの山)の名の由来である巨大なライオンの前足だけが鎮座している、当時はその上に頭も作られていたそうだが、なぜか頭や他部分は見つかっていない。


巨大なライオンの前足の間に作られた急勾配の階段を登ればそこがかつての宮殿跡地だ。地上から200mの高さにあって今では基礎部分しか残っていないがそれだけでも当時の建築技術の高さが伺える、貯水池や噴水の跡まであるのだから驚きだ。


「凄い、遠くの方までジャングルだ」


山頂の宮殿跡から下界を眺める、360度森が拡がる絶景、これを大昔の王様も同じ物を見ていたかと思うと感慨深いものがある。


「お気に召しましたか」


「うん、これは来た甲斐があったよ、児島さんありがとう」


「しかしよくもまぁ、こんな所に宮殿を建てたもんだ、ポツンと一軒家どこのさわぎじゃないね」


「カシャーパ王は究極の引きこもりだったのかもしれませんね」


「はは、それは言えるかも」


僕と児島さんが景色に見蕩れていると黒夢が背負っていた荷物をゴソゴソと拡げ始める、キャンプ道具?


「黒夢、何してんの?」


「ン、お泊まりノ準備」


「せっかくですから今日はここで一晩すごしましょう、夜になれば星がとても綺麗ですよ」


「なんと!えっ、いいの?世界遺産でキャンプなんて凄い贅沢じゃない、うわっ、マジで」


古代の遺跡でキャンプ、鉄郎の気分はまるで旅の冒険者だった、なんともロマンを感じさせる提案に思春期の少年は興奮する、ちなみに遺跡の下では鉄郎王国が誇るセコムのお姉ちゃん達が密かに警備しているので頂上は貸し切り状態だ。(特別な許可を得て行っています、一般の方のご利用はご遠慮ください)




地平線の向こうに大きな太陽が沈んで行く。

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