第135話 出来る女1

朝の武田邸の食堂、卓上に並ぶご飯や味噌汁が美味しそうな湯気を立てている、焼き魚にほうれん草のおひたし、卵焼き (鉄郎お手製)、味付け海苔にお漬物 (鉄郎お手製)、まるで旅館の朝食である。


春子が和食にこだわるため鉄郎王国では和食と地元のスリランカ料理が交互に食卓に上がる、ちなみに昨日の朝食はインディー・アッパと呼ばれる米粉の蒸し麺で、それをカレーにつけて食べた、学校給食のソフトメンを鉄郎は連想したが味付けはかなり辛い。食後にはチャイ (ミルクティー)を飲むのだがこれが激甘で女性陣には受けが良かったが鉄郎と春子には不評だった。


あらかた席が埋まると鉄郎はいつも通りに「いただきます」の挨拶をしようとするが、住之江の隣、藤堂リカの席が空いている、お寝坊かと首を傾げていると春子が声をあげる。


「皆さん、おはようございます」


「「「「おはようございます春子お祖母様」」」」


春子の凛とした声に食堂が静かになる、実質この屋敷のトップは春子なのでこの反応に不思議はない、あれ?貴子や鉄郎の立場は?


「朝食の前に皆に言っとくよ、鉄の婚約者である藤堂リカさんが母親のいるバベルの塔に住む事にすると昨日の夜報告を受けた、しばらくは京香の手伝いをするらしいが皆も気に留めておいておくれ」


「えっ」


「おっ、悪役令嬢らしくいよいよ追放か」

「ええ〜〜〜っ、嘘。生徒会長がこの後宮を出て行った!!」

「どう言う事よ、鉄君に振られたの、誰か事情を知ってる人いないの?」

「じゃ、じゃあ婚約者の座は?一つ空きが出来たってこと?チャンス?チャンスなの?」

「う~ん、あの会長が身を引くとか無いわ、会長のお母さんが何か企んでるじゃ」


藤堂リカが武田邸を出てバベルの塔に移り住む事になった。

これと言った説明もないまま屋敷を出て行った為、元九星学院からの留学組には動揺が広まっていた、あの鉄郎にベタ惚れの会長が一つ屋根の下で暮らすという夢のようなシュチュエーションを放り出すなど考えられなかった、ましてや会長は婚約者の地位を先頃手に入れたばかり、一体何があったと言うのか。


一人冷静だったのは住之江だ、先日の風呂場での話を思い出して「ああ、実行したんや」と納得していた、貴子はと言えばたいした興味も示さず麗華の卵焼きを横取りして喧嘩になっていた。


そしてこの出来事は裏で糸を引く母親京香の想定通りに鉄郎の気を引く事に成功する、そう、気を引く事には成功していた。






「はぁ、やっぱり僕なんかじゃ藤堂会長の彼氏なんて大役は務まらなかったのかな」


朝食を終え、肩を落とし長い廊下をとぼとぼと歩く鉄郎。他の婚約者の事で悩む姿を住之江に見せるわけにも行かず、珍しく一人で屋敷の中を歩いていた。


「京香さんは人類救済計画の重要人物の一人だ、研究施設の充実しているバベルの塔に住むのに十分な理由がる、でも藤堂会長は、はぁ〜、これって愛想つかされちゃったってことだよね」


藤堂会長みたいな美少女が婚約者になってくれたというのに、最近は世界会議やお父さんに会いに大阪に行ったり、バイトしたり定期健診したりと妙に忙しくてあまり会話もしてなかった、これじゃ婆ちゃんに不誠実だって怒られちゃうよな。


「うん、決めた、やっぱり藤堂会長を迎えに行こう!そして許してくれるまで謝り倒そう!」


リカが聞いたら嬉しさと申し訳なさでオロオロしそうな事を言い出して拳を握る、そんな鉄郎に後ろから唐突に声がかけられる。


「なにを謝ると言うのですか」


「ヒエッ、こ、児島さん、吃驚したぁ、いつの間に後ろに」


驚いて振り向けば、いまや制服のようにメイド服を着こなす児島が首を傾げていた。


「驚かせてしまい申し訳ありませんでした、鉄郎様がなにやら元気なく歩いてらしたのでつい声をかけてしまいました」ペコリ


「い、いえ、僕の方こそちょっと考え事をしていたので、でもそんなに元気なさそうでした?」


「それはもう、もし私でよければ相談に乗りますよ」ニコリ






屋敷の中庭、南国スリランカには不似合いの日本庭園、錦鯉の泳ぐ池尻の東屋で二人は腰掛けた。


「ほう、では婚約者をほっったらかしにしてた鉄郎さんのせいで、藤堂リカさんが怒って実家に帰ってしまったと」


「うぐっ、そうストレートに言われると弁解の言葉もありません、でもこのところ結構忙しくて、決してないがしろにしてたわけじゃないんです」


「仕事と私どっちが大事なのよ」ですね、この時代にそんな女性がまだいるんですね、吃驚です」


きょとんとした顔でポニーテールを揺らす児島に鉄郎の目が迷いを見せる。


「どっちも大事なんです、でも今の僕には大事なものがどんどん増えちゃって、人類救済に婆ちゃん、お母さん、李姉ちゃん、真澄先生、京香さん、藤堂会長に黒夢や学院の皆んな、どれも大切で、でも僕には力が足りないから……そんなだから藤堂会長は離れてしまったのかな」


児島が見当違いな弱音をこぼす鉄郎を見て思う、男というだけでもてはやされるこの時代によくもまぁこんな素直で良い子が育ったものだ、春子や麗華はどんな教育を施してきたのかとても興味がわいた、それにどこをどう考えたらあの生徒会長に嫌われたなどととんちんかんな結論を出したのか理解に苦しむ。

鉄郎の立場であれば言い寄ってくる女の10人や20人より取りみどり、簡単にハーレムを築く事も出来る、その状況の中で特別視されるリカや住之江に女として嫉妬を覚える女性も多くいるだろう、かく言う児島もこの時チクリと胸が痛んだ。


「随分と煮詰まってらっしゃいますね、そんな時は一度気分転換が必要ですよ」


「でも、早く藤堂会長に謝りに行かないと……」


「焦っては京香さんの思うつぼ、じゃなかった、鉄郎様は女心をまだ理解なさってませんね、こう言う時は焦りは禁物ですよ、冷却期間を置いて冷静にならないと、ただ漠然と謝るだけでは余計に関係がこじれてしまうだけです」


「そう言うもんですか?」


「そう言うもんです、失礼ですが鉄郎様は今まで女性の方と交際した経験は?」


「は、恥ずかしいですが、男女交際は真澄先生が初めてで、女心はどうにも良く分からなくて……」


「そうですね、色んな意味で全然わかってませんね、0点です」


「そんなに駄目ですか!」


ガ〜ンと頭を抱える鉄郎を児島が微笑ましく見つめる。


「いいでしょう、良い機会です私が鉄郎様に男と女の上手な付き合い方をお教え致しましょう」


「こ、児島さん、本当ですか!」


駄目だしを喰らい、藁にもすがる鉄郎は、児島の言葉に簡単に飛びついた。以前、京香に同じように言いくるめられ初めてを奪われたはずなのだが、この時その経験が活かされることは無いのであった。騙されたとしても鉄郎にとってあまりデメリットがないのが、懲りない理由でもあるが。


「ええ、もちろんです。この児島におまかせください」


そう言って児島は胸に手の平を当てながら優しく微笑むのだった。

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