第131話 黒夢の1日(前編)

黒夢くろむの朝は鉄郎のベッドの中から始まる、アンドロイドだけに本当に眠るわけではないが、とにかく鉄郎の布団に潜り込む。

それが黒夢に課せられた使命だから。


第5世代の量子コンピュータを搭載した黒夢は常に複数のプログラムをその小さな身体に走らせている、世界情勢、軍事機密、電話の盗聴、メールの閲覧、およそネットを通じて知りうる事は並列処理しながらも眠ることが可能だ、人工衛星やグリーンノアのサーバーを使えば寝ながら世界中にサイバーテロを仕掛ける事も出来る。

黒夢が凄いのか、その黒夢を作り上げた貴子がイカれてるのか判断に迷うがとにかく無駄に高性能なのだ。



「すー、すー、ん〜〜っ貴子ちゃん、そのボタンは絶対押しちゃらめぇ〜」


小さなこの身を抱きしめながら静かな寝息を立てる鉄郎をまだ薄暗いベットの中で見つめる、鉄郎は一体どんな夢を見ているのやら。

高性能のレンズと赤外線センサーを搭載した瞳は暗闇でも正確に鉄郎の顔を捉えている。

寒冷地である長野にいた時は一緒に寝ると死体を抱いてるようで冷たいと不評だったが、温暖なスリランカにきてからはその冷たさが良いのかいつの間にか抱きしめられる事が増えた、鉄郎の役にたっていることが実感できてちょっとご満悦の黒夢である。


「ん、ん〜、あれ、おはよう黒夢、また勝手に潜り込んだの」


「オハヨウ、パパ。一緒ニ寝るノハ娘の特権」


「まぁ、それはいいけど、服は着ような、色々と誤解されるから」


「ソレガ、礼儀」


裸の幼女が隣に寝ててもあまり動じなくなった鉄郎だが、一応世間体は気にはなるようだ。

モゾモゾと鉄郎の隣でいつも通り黒尽くめのゴスロリ服に着替えると、鉄郎と共に部屋を出る、ちょうど隣の部屋の春子も部屋を出て来て鉢合わせた。


「ふぁぁ〜、婆ちゃん、おはよう」

「オバアチャン、オハヨウ」


「はい、おはよう。鉄、朝っぱらから眠そうにしない、もっとシャンとしな」




食事を必要としない黒夢は鉄郎の朝食をかいがいしく世話をする、隣に座る住之江や貴子には邪魔者扱いで睨まれるが、そんな程度ではこの役目を譲る気はない、それより厄介なのが鉄郎の母である夏子だ。


「ねぇねぇ〜、黒ちゃん、朝ご飯が終ったら、お母さんと良い事して遊びましょ、この前極東マネージャーに大包平おおひらかね貰ったんだけどまだ試し切りしてないのよ〜」


「なっ!こら、バカ娘、いつの間に国宝の刀なんて貰ってるんだい、お前にはもったいない、およこし!!」


日本刀にはこだわる春子が激反応する、大包平と言えば天下5剣に入っていないまでも国宝級の刀だ春子が欲しがるのも無理はない。


「婆ちゃん。……でも国宝の刀って高いんでしょ、よく貰えたね」


「使わない道具には価値はないし、夏子さんなら刀も本望でしょって気前良くくれたわよ、太っ腹よね〜」


「使われない方が良い道具も世の中にはあると僕は思うよ」


貴子がここぞとばかり鉄郎にすり寄って来る。


花琳かりんの奴、金余ってるから感覚おかしいんだよ、鉄郎くんも欲しい物あったら言ってみ、あいつなんでも買ってくれるぞ。……いや、待って!!私が買ってあげる、なんか欲しいものある?」


「欲しいもの? う〜ん、やすらぎ?」


「いくらでも買ってあげる!!」


「プライスレスだよ」





朝食が済んだら今度は鉄郎の武術の稽古につきあう、結局春子に刀を取り上げられた夏子はふてくされてバイクに乗ってどこかに出かけてしまった、おそらくバベルの塔に行ったのだろう。


「さて、黒ちゃん、鉄くんの套路 (武術の型)が終るまで一本付き合いなさいよ」


そう言って黒夢の前に立つのは真っ赤なチャイナドレス姿の李麗華だ、手にはジャラリと八節棍を持っていた。


「黒ちゃん言うナ、デカ乳」



世界最強のアンドロイド黒夢と天才武術家李麗華の立ち会いに自然とギャラリーも集まってくる、中でも鉄郎王国武術師範を勤めるエバンジェリーナの視線は鋭い、世界最高峰の試合に興味新々だ、いつの間にかグリーンノアにいるはずの亜金までもやって来ていた。


「黒夢姉サマ、ガンバッテ」


「ン、問題ナイ」


貴子によって作られたこの身体は麗華や夏子との戦闘を経ながら改良を繰り返し、いまやバージョン5.2まで進化している、そのため同じ個体の黒夢シリーズの中でも頭一つ抜けた性能を誇る長女なのだ。




ビシリと中腰で棍を構える麗華、その切っ先を黒夢に向けて浅く呼吸を繰り返す。

ゆっくりとした呼吸、息を吐いた瞬間、0.1秒にも満たない隙を黒夢は見逃さない、超高速のジャブが麗華の顔面を捉える、まだ届かないと思われた間合いだったが伸縮性を持たせたCNT筋繊維のおかげで思いの外手元で伸びてくるのだ。


「くっ」


咄嗟に首を捻り衝撃を殺す麗華、手首の返しだけで棍を繰り出し迎撃するがすでにそこには黒夢は存在しない、バックスッテプで後方に飛んでいる。

黒夢と言う個体はすでに完成の域に達している、人間の日々の研鑽などあざ笑うように凌駕する性能を遺憾なく発揮出来るようになっていた。踏み込みで蹴り出された地面が爆発する、一瞬で距離を詰めた、アスファルトを粉々に砕くことでスピードを殺す、遅れて舞い上がった土埃が麗華の視界を塞いだ。


「この!!」


接近戦に持ち込まれた麗華だが格闘術では麗華も抜群のセンスを誇る、咄嗟に八節棍を腕に巻き付けて黒夢の手刀を防御する、金属製の棍があっさりとへしゃげるが黒夢の攻撃をしのぐ事に成功した。


「スゴイ、人間のクセに黒夢姉サマの攻撃をシノイダ」


「けど、ここまでね」


亜金とエバンジェリーナが感嘆の声を出すが、次の瞬間には黒夢の回し蹴りが麗華の側頭部を捉えていた、手刀と蹴りによる高速コンビネーションはすでに人類が反応出来る速度ではなかった、麗華の意識が一瞬飛ぶ。


「くあ〜、効いたぁ〜、反則でしょ、その速さは」


ふらつきながら頭を押さえる麗華が降参と両手を上げる、麗華だからこの程度のダメージですんでいるが常人ならば首がもげるレベルの威力だ。


「人間デソコマデ出来れバ充分」


「黒ちゃんって本当に闘う度に強くなるわね、もう春さんぐらいしか勝てないんじゃないの」


そう言われた黒夢は観戦していたエバンジェリーナに視線を向ける、鉄郎王国において四天王と呼ばれるのは麗華、夏子、エバンジェリーナ、春子の四人、今現在黒夢に格闘で勝てる可能性があるのは武田親子とエバンジェリーナぐらいだろう、黒夢と目が合ったエヴァンジェリーナはニヤリと笑う。


「こういう時ジャパンでは「ふふ、奴は四天王の中でも最弱…」って言えばいいんでしたっけ」


「ソレは、死亡フラグ」




午後になると鉄郎と貴子はバベルの塔に視察に向かう、今日は黒夢の操縦するCH-47(ヘリ)で行くので鉄郎も安心だ。

タンデムローターの音を響かせてヘリポートに降り立てば、塔の入口には夏子のNSR500が停まっていた。


「ありゃ?お母さんのバイクだ、やっぱこっちに来てたのか」


「なんだ、国王と女王が来たっていうのに出迎えもなしか、給料減らすぞヤブ医者」


すると玄関のドアが開き中から真っ赤なゴスロリ服の真紅しんくが現れて、鉄郎と黒夢にうやうやしく頭を下げる。


「パパ、黒夢姉様イラッシャイ」


「こんにちは真紅、お母さんも来てるの」


「今は、鑑賞会をシテル」


「鑑賞会?」


「パパと京香ノ、ムグッ」


真紅の言葉を貴子が慌てて口を押さえて遮った、この塔で鑑賞会と言ったら絶対にあの映像の事だ、それは鉄郎に知られては絶対にまずいのだ。


「て、鉄郎君、ちょ、ちょっとここで待っててくれるかな、私が先に中の様子を見て来るから、ほら真紅行くぞ!」


貴子が真紅の口を押さえたまま引きずるように塔の中に入って行く、鉄郎は首を傾げながらそれを見送った。


「貴子ちゃんどうしたんだろうね、何か問題があるのかな、黒夢は知ってる?」


「大丈夫、パパはチャントシテタ、無問題(ノーマンタイ)」


「う〜ん、よくわからん」





「あら、鉄ちゃん早かったですわね、ごめんなさいねちょっと研究に夢中になってて、ついつい時間を忘れてしまいましたわ」


「すみません忙しい時に、あれ、貴子ちゃんとお母さんは?」


「な、夏子さんなら汗かいたとかでシャワーを浴びてますわ、貴子さんは真紅とかたずけを……」


京香は少し乱れた襟元を直しながら慌てたように語る、少し汗ばんだ首もとがほんのり桜色で中々にエロい。黒夢はジッと京香を見つめる、体温、心拍数ともに高め目も少し潤んでいる、一体何をしていたのやら。




「藤堂京香、パパが最初に生殖行為を行った個体」


当初、黒夢のリストには居なかった人物ではあるが、体力、繁殖力に問題ないため黒夢としては気にしていない、それより鉄郎の子供が増える事の方が黒夢にとっては重要だ、黒夢は相手は誰であれ早く弟が欲しかった。



「パパ、時間の無駄、早く行こウ」


そう言うと黒夢はツカツカとバベルの塔に入って行った、慌てて鉄郎と京香が後を追った。

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