第130話 貴子VS春子

「武田春子、なんであいつがここに」


前方で異様な殺気を放っている春子を見て貴子が呟くが、着ている軍服姿からなぜ攻撃して来たかを察する。


「ちっ、政府の番犬め」


「加藤、私に挨拶も無しにどこに行こうって言うんだい」


ニヤリと春子が貴子の方にゆっくり歩き出す、貴子にはそれが自分の死のカウントダウンに感じた。




春子にとってはこの行動は賭けだった、あまり賭事に強くは無かった彼女だが久しぶりの大当たりだった、防衛庁で警察庁舎爆破の報告を聞いた春子は単独ヘリを飛ばして長野に向かう、男性だけを狙った犯行から妹の研究所に務める川崎の顔が頭に浮かぶ、かつて振られた相手に会いに行くと予想し待ち伏せた。(まぁ、貴子は川崎に会う気は無かったのだが)

結果予想はドンピシャで貴子と遭遇する事が出来た、だがこの時の春子のミスは防衛庁で唯一人、加藤貴子を知っていたために単独行動をとってしまった事だろう、部隊を率いていれば或いは……。


「ど、どど、どうします所長。あれって秋子先輩のお姉さんですよね」


「檄おこだな、警察署吹っ飛ばしたくらいで心の狭い奴め」


本能的に春子を倒さなければ逃げられないと悟った貴子は、ダッシュボードのスイッチをそっと押す。

ブゥゥゥゥンとエンジンの音が変わる、それに気づいた春子が手にしていた刀を抜き去った。


ジャコン!キュィイイイイイイイイイイイ


「むっ」


突然貴子の車のボンネットが開くとマッドマックスを連想させるターボ過給器が飛び出した、タービンの音がうるさいほど響く。


「いいか児島、アクセルは全開だからな、絶対に戻すなよ」


「先輩のお姉さんって私達の味方って事は、ないですよね?」


「私の味方じゃなけりゃ、敵に決まってるだろ」


「うわっ、所長って中立を認めない厄介なタイプですね、潔いですけど」



車内で貴子達がバカな事を言っていると、春子が腰を落とし刀をとんぼに構えた、車ごと叩き切る気満々だ。


「貴様ら、このまま逃げれると思うなよ」チャリ


春子と貴子の視線が合った、それを合図に両者が行動を起こす。


「児島アクセル全開!ぶつける気で行けぇ!!」


スキャキャキャキャアアアアア!タイヤから白煙が舞上がる。


「ふん、車ごとたたき斬ってくれるわ!」


貴子の車は春子を轢き殺さんと加速する、対する春子も自身に向かって来る車に怯む事なく加速する。この場で一番恐怖を感じているのはハンドルを握る児島だったであろう。


車のフロントバンパーが春子に当たる瞬間、春子が助手席の方向に避けた、横凪にされた刀がボンネットをかすめフェンダーのミラーを切り落とす、そのままの勢いでフロントガラスに迫る刃。


ギャリ!ギャリギャリギャリ!!


「何ぃ!」


「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!腕折れそう!」


車のピラーを切り抜けた春子の刃を貴子が腕を前にクロスして受け止める、防刃繊維の白衣の下には自ら配合したチタン合金のプレートが仕込んであった、車のフレームにも同様のプレートを仕込んであったので3重の防御壁と言える。


加速を続ける両者が交差する、上に逸された春子の刃が車の屋根を斬り飛ばす。


「ひぃぃぃ」


「こなくそぉ!」


児島が悲鳴を上げながら頭を下げる、貴子はすぐさま屋根の無くなった車から立ち上がり春子に向かってボールを投げつけた。


反転して追撃しようとしていた春子は反射的にそのボールを斬りつけてしまう。


バシャ!


「なっ!」


斬ったボールの中に入っていた謎の液体が春子の体にかかると一瞬にしてピキピキと硬化を始める、春子の動きがピタリと止まる。


「くっ、しかも毒入りか。卑怯者め」


貴子は硬化剤と虎をも一瞬で殺せる猛毒をボールの中に仕込んでいた、こういう所が実に貴子らしい、しかしその毒ですら春子にはしびれ薬程度の効果しかないのだからお互いに常識が通じない。


「児島、そのまま走れ!」


春子を置き去りに屋根が無くなった車が加速する、前方には春子の乗って来た自衛隊のヘリが停まっている、貴子がダッシュボードのレバーを引くと車のトランクからミサイルが飛び出しヘリに向かって発射される。


ガコン、バシュバシュ、ドグワァーーーーン!


車線を塞ぐように停まっていたヘリが木っ端微塵に吹き飛ぶ、なるほどだから対向車が来なかったのか。


「お、おのれ、加藤ぅ~」


爆煙の中に消える貴子を春子が刀を杖にしながら睨むが、毒の所為で体がこれ以上動かない。

こうして貴子と春子の戦いの初戦は貴子に軍配が上がった、この先何十年も続く長い長い戦いの第一歩だった。






後日、松代の武田邸。


「あっ、姉さんもう刀を振ってる!大丈夫なの」


「心配かけたな秋子、もう、なんとも無いよ、やはりお前の薬はよく効くな」


庭で素振りをしている春子を見つけた秋子が眉間を寄せた、普通なら即死レベルの毒を浴びたくせに何をやっているだか。


あの後、全国に緊急配備をひいた警察だったが、すでに貴子の姿は日本から消え去った後だった。





「それにしても所長、とうとう犯罪者に、まぁ以前からその素質は十分だとは思ってましたが」


「そんな才能が開花したとでも言うのか」


縁側で姉妹が座ってお茶を飲んでいると秋子が会話を切り出した。


「昨日、家にも所長から手紙が届きましたよ、私への恨み言が満載でしたけど」


「じゃが、男にふられたぐらいでこんな事をするか?」


「あの人は、中身が子供みたいなものですからね、自分に関係ない人間なんて虫程度にしか認識してないんじゃないかな」


「いい歳こいて、思考がアリンコ潰して遊んでる小学生並みだな、で、一番の原因である川崎はどうしている」


「う~ん、まだ発症はしてないわね、それでも責任感じてるのか研究所に泊まり込んでずっとウイルスの解析してるわ」


「解析出来そうなのか?」


「難しいわね、次々と進化するみたいに変化を繰り返すから、どうしようもないわ、作った本人じゃないと無理ね」


「そうか。では私はもう東京に戻るぞ」


「世界統一政府が出来る話ね、姉さんも参加するのね」


「あぁ、あやつを捕まえられるのは私くらいだろ」



この2年後、地球上の半分近い人口を失った人類は協定を結び世界統一政府を発足した、その初代の軍事部門の総帥には武田春子の名が記載されている。政府はこの事件を加藤事変と命名、人々は加藤貴子の名をその胸に深く刻んだ。


この年に秋子と川崎はなんだかんだで結婚している、やはり何年も二人一緒に研究を続けていたのは大きかったのだろう、結婚式には匿名で新郎には見事な花束が届られ、同時に新婦には不幸の手紙が何百通と送り付けられたたとか。







さらに4年後、不幸な事に川崎の膵臓に癌が見つかる、この頃の医療では癌の死亡率はまだまだ高い、発見が遅れた末期の膵臓癌ともなればなおさらだ、川崎としては昨年生まれた娘(夏子)の事だけが気がかりだった。




病室の1室、息荒くベッドに横たわる男性。


「ハァ、ハァ、秋子、俺が死んだら娘を、夏子を頼む、強い子に育ててくれ」


「あなた、しっかりして、今すぐ薬(鎮痛剤)を追加するから」


薬を取りに行こうとする秋子の手を川崎の手が掴む。顔を見ればもういいとばかりに顔を横に振る。

その表情は何か吹っ切れた感じが見てとれた。


「後、この先もし加藤所長に会うことがあったら、ばかやろーって言って引っ叩いてやれ」


「うん、まかせて!思いっきり引っ叩いてあげる」


秋子の言葉に頷くと川崎はゆっくり目を閉じる、その目が開く事は2度となかった、川崎は最後まで貴子のウイルスには感染することなく死亡した、死因は癌だった。

余談だが川崎の死後、しばらくしてナイン・エンタープライスから癌の新薬が発表されている。

もう少し発表が早ければと、思う者も多かった。


夏子が産まれた年には貴子の撒いたウイルスは消滅している、それ以降に新たな感染者は出ていないが、世界には悲しみと男性出生率の低下の問題だけが依然残されている、世界中の医療機関は結局ウイルスの特効薬を作る事は出来なかった。


結局、事件の爆心地とも言える研究所にいた川崎と秋子の二人は貴子に人生を一番振り回された人物と言っていい、十分引っ叩く権利はある。


しかし人生はそんなドラマチックには進まない、一寸先は闇、何があるかわからないのが人生だ、川崎が亡くなった2年後には秋子もバイク事故であっさりその命を落とした。貴子を引っ叩く役と夏子は春子に委ねられる。







話は再びバベルの塔、現在に戻る。



「「「…………」」」


「まぁ、最後がお母さんのお母さんらしいちゃっ、らしいかな」


「目撃者の言うことには秋子の奴、高速道路で凄い勢いで宙を舞ったそうだぞ、こうポ~ンと」


「バカだからな牛子は」



「……お母さんは気をつけてね」


鉄郎の言葉に目を逸らす夏子。おい、このスピード狂。






貴子が鉄郎の作った鉄火丼を頬張りながら、話の締めに入る。


「と言うわけで、私のウイルスのおかげで、世界中の人々が一つになって平和な世界を築いたんだ、人類史上初の女性による世界統一国家の誕生を感謝するがいいわ」


「殺意から生まれたような世界平和なんて嫌だなぁ、言うほど平和じゃないし」


鉄郎が呆れたように呟く。

いかにもそれが正論とでも言うように、自信たっぷりに言い切る貴子にちょっとムカつく。



「あれ?つまり鉄郎くんのおじいさんとおばあさんは貴子さんのウイルスに一度も感染してないという事ですわ?」


京香の言葉に考え込むそぶりを見せる貴子。


「んん、そうなるな?」


首を傾げながら返事を返す貴子、絶対に深く考えてないか覚えていない。まったく、これだからロリババアは。そのくせ自分を振った男には未練たらたらなのが丸わかりだ、衝動的にウイルスを撒いたものの結局川崎本人は殺すことが出来ず死ぬまでチェックしてた激重女である、これではとばっちりで死んだ男性達も絶対に浮かばれない。最低な結末だ。


「なるほど、その辺に鉄郎さんの精子の謎がありそうですわ、今夜改めてわたくしの身体で検証を」


「何、抜け駆けしようとしてるのよ、今度は私が検証してあげるわよ」


夏子が京香に文句を言うが、鉄郎としてはこの話の後では興味が湧かなかった。


「お母さんとは絶対にしないよ」


「ガ~~~~~~ン、鉄ちゃんが二次反抗期に!!」





「話を聞いてたら、貴様を引っ叩きたくなったぞ、顔を出せ」


春子がゆっくりと席から立ち上がって拳を握る、グーか、グーで行くのか。死ぬぞ貴子。


「やだよ、もう時効じゃん」


「貴様のやったことに時効なんぞあるか!」


貴子はベーと舌を出すとクルリと後を向いて、一目散に逃げ出した。



「あ、逃げた」


「ツカマエルカ?」


黒夢が鉄郎に問いかける、鉄郎が笑顔で頷く。貴子ちゃんには反省が必要だと思う。


「うん、お願い」

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