第128話 盲信

ヴォイヴォイヴォイ、ズザザァ


新潟県上越市、直江津港にナイン・エンタープライズの豪華客船青龍(旧型)がひっそりと入港する。

世界が謎のウイルスで混乱している現状、入国はろくに審査もなく実に簡単であった。


カツン


「ふん、相変わらず醤油臭い国だ」


直江津港に降り立った貴子が潮風に白衣を靡かせる、その表情はどこか冷めており、久しぶりの帰国だと言うのにそこに郷愁は微塵も感じられなかった。






「加藤所長」


自分を呼ぶ声に振り返る。


「おう、児島。待たせたな」


白衣姿の児島鈴が見えない尻尾を振りながら貴子に駆け寄って来た、去年、成人式を迎え、大人っぽさが出てきて出来る女感が漂っているが、今は師に再会した喜びが溢れ出していた。



「加藤所長、船橋の奴は向こうでしっかり働いてますか」


「ああ、私の設計した機械を片っ端から作ってるな」


「うぅ~、羨ましいです。狡いですよ船橋ばかり」


私怒ってますの雰囲気を出しながら貴子を見つめる児島。誰だこいつ、今と態度が違い過ぎだろ。





貴子が失踪して1年目の冬、貴子を探して日本中を巡っていた児島のもとに中国人が接触してきた、札幌でラーメンを啜っていた自分をよく見つけられたなと思いつつ、手紙と無線機と思われる機械を手渡される。

手にしたその機械から突然電子音が鳴り出した。


ピリリリリリリ


「わぁ、何何、この電話みたいなボタン押せばいいの?」


ピッ


「私だ」


「えっ、加藤所長の声!」


キョロキョロと周りを見渡すが貴子の姿はどこにも無い、この時代に携帯無線機?の発想は流石の児島にも無かった所為だ。


「て言うか何で北海道に居るんだお前、長野じゃないのか」


「所長を探してたんですよ、日本中回ってたんですからね!」


いきなり小さな板切れに向かって話出した児島に、ラーメン屋の店内から憐憫れんびんの視線が集まる、携帯電話なんて無く家に黒電話だけの時代だ、独り言を始めたあぶない女にしか見えないのだ。

そんな視線に気づいた児島がラーメン代をチャリンとカウンターに置いて店を出ると急いで人気のない所に移動した。

ちなみに手紙を渡した中国人の女性はそのまま店内でラーメンを注文している、2杯もおかわりしていた。



「で、この機械ってどう言う仕組み何ですか、小型の無線機?電話?何、勝手に便利なもの開発してるんです!」


「あぁ、それは宇宙に打ち上げた衛星に電波を飛ばして…」


「あ、やっぱり今はその話いいです。それより所長は今どこに居るんです?」


「ちっ、結構凄い機械なんだぞソレ、今から30年は進んだ技術と言っていい」


「うっ、30年も、それは実に興味深い、ですが」


悩み始めた児島に貴子はおかまいなしに応える。


「今は中国だよ、で、お前に頼みたい事があってな」



「………………、わかりました、お任せください」


その後、児島は松代の研究所に戻り、密かに船橋を中国に送り出す、その後貴子お手製の演算機(パソコン)から全てのデータをコピーすると完全消去してから自身も中国に渡った。


貴子を教祖とする一種の宗教のような盲信がそこにはあった。



この時秋子が児島の動きに気づけなかったのは、流行り出した新型ウイルスの解析に忙しくなっていた所為であったのは随分と皮肉な事だろう。



話は現在?いや2年後の直江津港に戻す。


「所長、1ヶ月ぶりですね、ちゃんとご飯食べてます、あぁ、また寝癖ついてますよ、白衣もこんなに汚れてぇ、顔色悪いですよ、ラムネ食べます?」


先に日本に帰していた児島がうざい、無視して待っていた車に乗り込む。

車は長野方面に向かって走りだした。


ドゥロロロロ


「で、頼んだ部品と人材は用意できたのか」


貴子が顔をしかめながら隣の児島に問う。


「大丈夫です、今頃青龍に積み込んでいますよ」


「ではメインの仕事を片付けるか」


貴子は窓の外に延々と続く田圃たんぼを眺めがらニヤリと笑った。




この頃は新幹線も高速道路も開通してない、その為新潟から東京に車で行くとなると、それこそ1日がかりの行程になってしまう。


「くそっ、狭い日本でこんなに時間がかかるとは、素直に飛行機で直接羽田に来れば良かったか」


皇居近くの喫茶店でテーブルにぐてっと突っ伏しながら貴子が呟く、外では街中に弔旗が無数に掲げられ、街は随分と静かな雰囲気となっている、これは1週間前に天皇が謎のウイルスで崩御された影響が大きい。九州に視察してすぐの事だったらしい。


「所長、東京まで来て今度は何をするつもりなんですか」


向かいの席に座る児島がコーヒーカップを手に貴子に尋ねる。


「いや、するも何も、もうほとんど終わってるよ、日本は島国だから難しかったんだよ」


「げっ、まさかこの上京の道中に」


「他の国にはもう全部撒いちゃってるから、日本が最後なんだよね、3週間あれば日本全国津々浦々の全てに行き渡るかな」


「はぁ~、そう言う事ですか、どうも日本は感染が少ないと思っていたらまだ撒いてなかっただけですか」


児島は今世界中に蔓延しているウイルスが誰の仕業で拡まってるか知っている、1年前に本人から直に告げられたからだ。まるで世間話のように話されたので最初はこの人何言ってんだろうくらいだったが、今ではその事実を自身の胸の奥底に仕舞い込んでいる、優秀な科学者であった児島にとって貴子の頭脳は神に等しい、神のやる事に人間ごときが文句を言う資格はないと考えてしまった、文句を言えるのは貴子と同じように超常の力を持つ者だけだと。

科学と言う名の宗教、壮大な現実逃避である、これだから科学者という人種は困る。「やっちゃた、てへ♪」じゃない!




「人類皆平等と言うしね、日本だけ特別ってわけにはいかないでしょ」


「川崎はもういいんですか?」


児島は気になっていた男の名を出す、貴子は児島の問いに横を向いて目をそらした。


グリッ


児島が貴子の顔を両手で掴むと自分の方に無理やり向かせる、グキッと変な音がした。


「どうなんです?」


「だ、大丈夫、研究所辺りにはウイルスが来ないようにバリアを貼ってあるから」


「人類皆平等じゃないんですか」


はぁ、とため息をつく児島に貴子が意味不明は反論をし始める。

なんだかんだ言って貴子は矛盾した事をする時があるのだ。


「大丈夫だって、5年もすれば自然消滅するし地球環境には無害だよ」


「なっ、それなら5年間隔離すれば」


「やだなぁ、隔離したくらいで私のウイルスが防げるわけないじゃん」


「この悪魔!!」



その会話が終わると、貴子は立ち上がると面倒臭そうに喫茶店の中にある電話ボックスに向かう。

ピンク電話の上に10円玉を何枚か積むとダイヤルを回した。


ジーコロコロ、ジーコロ、ジーコロ


「はい、警視庁交通部です」


「あ~、ちょっと人を殺しちゃったんですが、ごめんなさい」


「はぁ、いたずら電話ですか?」


「いや、もう億はやっちゃってるかな、世界中に男性が死んじゃうウイルスを撒いちゃって、ははは」


「あのね〜そう言う妄想に付き合う時間は警察にはないから、病院に行ってくれるかな」


「あっ、待ってその証拠に今日東京駅で一杯男の人が死ぬよ」


「あのね、どこの誰かは知らないけど、天皇陛下がお亡くなりになったこの時期にそんな冗談は不謹慎だろ」


ガチャン!!


「…………ふ~〜ん」



カツカツカツ


「児島出るぞ、予定変更だ追加の仕事が出来た」


ホットケーキを頬張っていた児島だったが、貴子の言葉に口の中のホットケーキを慌ててコーヒーで流しこんだ。

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