第127話 致死のウイルス

貴子が日本を去って3年の月日が流れた。貴子は29歳(当然だがまだ処女)になっていた。

もう立派なアラサーである。




貴子が開発した男性のみに反応する致死のウイルス、その存在に世界が気付いた時にはすでに遅かった。

世界各地で自己増殖するウイルスは人類の生活圏の約70%まで現在浸食していた。

最初は東南アジアで男性が何人か酷い倦怠感と発熱を訴え病院に搬送された、当初は風邪やインフルエンザではないかと安易に考えられたのだがその患者数は日を追うごと激増する、しかも患者は男性のみと言う異常事態に政府は緊急対策本部を設立する。あっという間に国中に感染が広まり感染者のほとんどが回復することなく死亡していった。

各国の国民からは、政府の初動の遅れが感染拡大を誘発したのではとの声があがったが、貴子のウイルスには何をしても止まる事はなかっただろう。





中国河南省鄭州市の鄭州大学第一附属病院。


ピィーピィーピィー


「ナース!ナース!人工呼吸器を早く!あっちの患者さんの点滴も交換して」


「はい!」


「はぁ!また患者が搬送されてきたの!きりがないじゃない」


「ドクター、駄目です!患者が多すぎてもうベッドに空きがないです、それに状態が悪化してる患者さん何人かいます」


「くっ、ウイルス対策の科学者はまだ捕まらないの!」


「それがその科学者さん自身が入院してしまいまして、今代わりの学者を当たっていますが…」


「くっ、そもそもなんで男性だけなのよ、まさかバイオテロ?細菌兵器?」


医師にも男性の感染者が多く数が足らない、薬も何が効くのかわからない。世界中の医療施設が大混乱していた。人手も薬もまるで足りない、なすすべもなく廊下に立ちすくむ女医、廊下にまで溢れた患者に疲れ切った視線を向ける。

分厚い防護服のシールドの中で力無く呟いた。


「まるで地獄ね」







テレビでは毎日のように患者数が発表される、その数は瞬く間に億を超えて行く、この異常事態に、当然各国の政府は対応に追われる毎日だ、すでに治安維持すら難しい国も出てきていた。

それは、ここ日本でも同様だった。


「くっ、とうとう日本でもウイルスが上陸したか、九州、四国地方が全滅状態だ!広まる速度が早すぎるだろ!本州の隔離施設の設営を急がせろ!」


「お父さん、やはりどこも男性だけが発症しているのですか」


「ああ、アメリカやヨーロッパ、各国で報告されている症状と一緒だ、なぜか男にだけに感染、発症している」


春子が自衛隊の庁舎で幕僚長である父親と並んで歯噛みする、この日本でも九州・四国でウイルスの感染は急激な勢いで拡大していた、男性自衛官が次々と倒れて数が圧倒的に足りなくなる現状、武田冬治は治安維持の為に娘の春子を松本の駐屯地から東京に呼び寄せた、この時春子は25歳体力的にも全盛期と言ってよい、実際に現役の隊員は入隊試験で誰一人春子に勝てなかった。


「くそっ、原因のウイルスの解析がこうも進まないとお手上げだ」


原因であるウイルスの感染経緯が未だ特定出来ていない以上、対処療法だけで根本的な解決ができない、こうなると政府としても手も足も出ない状態だ。


「秋子の研究所でもまだ解析中と言う事ですが、もしかすると人工的なウイルスの可能性があるかもと言っていました」


長野に居る、ウイルスの解析を依頼している次女秋子は薬学の天才だ、その娘の言葉だけに信憑性がある。


「まさか、これが人為的なものだと!?」


驚く冬治、無理もない世界中ですでに億単位で人が亡くなっているのだ、このパンデミックが人為的なものだとしたら世界最大、史上最悪のテロ事件だ。



驚いている父を見ながら春子は拳を握り考える。


「こんな時にあの天才がいれば…いい加減帰ってきなさいよ」


春子はこのウイルスの解析が出来そうな人物を一人知っている、妹である秋子が天才と褒めちぎる人物、自分も何度か会った事がある女、彼女ならこの殺人ウイルスに対抗するワクチンを作れるのではないかと思わせる何かがある。

自分の知る限り世界で一番優秀な科学者に心の中で愚痴をこぼした。







バタバタバタ


「あぁ、その部品はこっちだこっち」


ナイン・エンタープライスの上海工場、忙しそうに人が行き来するなか白衣の女性が指示をだしていた。その女性に声が掛けられる。


「加藤博士ぇ、花蓮様がお呼びです!」





赤を基調とした豪華な社長室、革張りの椅子に座るのは李花蓮、ナイン・エンタープライズのトップに君臨する女帝だ。

その女帝が貴子を見て優しく微笑む。


「悪いわねこんな忙しい時に呼び出して、でも貴子さんの開発した機械はどこの国でも飛ぶように売れているから多少忙しくてもしょうがないわね」


「まぁ、今はどの国も人材不足ですからね、しばらくはこの状態が続くのでしょうね」


「こうも男性の数が減ってしまうと、貴女の機械に頼らざるをえないですものね、政府も残った男性の隔離を始めたそうよ」


花蓮が舐めるような視線で貴子を見つめる。獲物を狙う蛇を思わせた。


「……」


李花蓮の経営するナイン・エンタープライズは2年前から急激に業績を伸ばしていた、画期的とも言える商品を次々と発表、その勢いは世界中に散らばっている華僑ネットワークによって拡大の一途である。


その年の始めに夫である李大老を事故で亡くしてからは、花蓮が三合会とナインのトップに君臨する、花蓮は女性社員の雇用を大幅に増やして増産体制を進めた、その頃から世界中で男性が死亡するウイルスの存在が騒がれ始める。

男性に頼っていた会社組織の多かった時代だったが、このウイルスの拡大は女性社員を増やしていたナイン・エンタープライズには影響が少なく、追い風にしかならなかった、おかげで現在は世界中から注文が殺到している。


まるでこの世界的危機を予見していたかのようだと噂された。




「で、要件はなんでしょう?」


「ん~、いつまでこの状態が続くのか貴子さんの意見を聞いてみようかと思って~」


ニヤリと笑みを浮かべて花蓮が貴子に尋ねる。


「さぁ、私にもわかりませんが、あと5年は治らないんじゃないですかね」


「そう、5年ね。…そんなに続いたら男性は絶滅しちゃうんじゃない」


「まぁ、それは神のみぞ知るですかね」


「まぁ、貴女ほどの科学者でも神様を信じているの」


「こう見えて信心深いんですよ私は、それよりちょっと日本に足りない部品と人材の調達に行きたいのですが、いいですか?」


「あら、久しぶりに日本へ帰国ね、いいわよしっかりと見届けてらっしゃいな、荷物が多いなら私の青龍を使ってもいいわよ」


「では、ありがたく」



きびすを返し部屋を出て行く貴子に花蓮が声をかける。


「貴子さん。私は、どんなことがあっても貴女の味方よ、困った事があったらいつでも相談してね」


「……」


貴子は小さく頷くとそのまま部屋を後にした。その姿を見届けると花蓮は扇子で口元を隠しながら呟く。


「ふふ、本当に貴女は、世界一最悪で狂おしいほど魅力的だわ」

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